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02話 【Become Aware!】


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02話 (―) 【Become Aware!】


グーがいけないのだ――。
千早歴は、自らの意思で出した握り拳を見下ろした。


*

誰が事務所へ行くのか?
その、一見単純そうに思えて実は奥が深い指令に、POSオペレータの芙蓉と歴は難色を示したのだった。
「こればかりは、いくら可愛い私の千早が相手でも譲れないわ」
言いながら芙蓉は椅子を回転させた。向き合う相手は歴。先手を打たれた彼女はスカートの上で両手を握り締めている。
「お言葉ですが芙蓉先輩。私もこればかりは譲れません……!」
歴が異論を唱える光景は珍しい。それだけ意に添わないのだろう。
立場上、芙蓉は下手に出たり、上手に出ることだって出来る。その内のどちらを選ぶべきか、それともやはり代表して自分が行くべきなのかを考え――、
「何も私たちが行くことはないのよ。こんな時の潮頼みだわ」
芙蓉は机の上の固定電話に手を伸ばし、内線番号をプッシュする。
(透子先輩、ごめんなさい)
そう心の中で呟いたものの、やはり「自分が行きます」とは口が裂けても言えないのである。
「あ、潮? 今もリビング売場にいるの? 帰りに事務所に寄って、書類を受け取って来てくれないかしら」
すると突然、芙蓉の声のトーンが変わった。組んでいた足を組み換える。どうやら透子は電話口の向こうから異を唱えたようだ。
「人手足りなくてチェッカーに狩り出された? 仕方ないわね、分かったわ。それじゃあ」
芙蓉の鋭い視線に萎縮してしまった歴は、「じゃんけんよ。一回勝負のね」とまで言われ、頷くしかない。
かくして「じゃーんけーんぽん!」という掛け声がPOSルームに響き、芙蓉のパーと歴のグーが出揃った。
「千早……骨は拾ってあげるわ。愛してる!」
「……行って来ます」
そんなやり取りののち、歴はスカートを翻し、事務所へと向かったのだった。
行きたくないと思っても、数十秒あれば事務所に着いてしまう。
「書類を受け取りに来ました」
歴の声に、机に齧り付いて書類整理をしていた実の兄、凪が顔をあげる。歴が来た安堵感と、やりにくさが綯い交ぜになっていた表情だった。
「この紙に必要事項を記入し、明日までに提出してくれ」
「はい」
POSオペレータ3人分の書類を受け取った歴は、周囲をきょろきょろと見回し、誰の視線も自分たちに向いていないことを確かめると凪に囁いた。
「まだ変な感じだわ。兄さんと同じ職場だなんて」
「歴、職場では――」
「兄と呼ぶな、でしょ? でもたった今、私を歴って呼んだわ。私のことは千早と呼んで」
ふぅと溜息をつき、凪は左手で顔を覆う。
「……すまない。大丈夫、切り替えるから。二度と同じ轍は踏まない」
「何だか痩せたみたいだけど……大丈夫? ちゃんと食べてる?」
「あぁ、ちゃんと食べてる。心配するな」
「それなら良いけど……」 
「ほら、早く戻りなさい」
凪は歴を安心させるために笑顔を作ると、事務所から送り出した。


*

食事時に社員食堂を避けるのが、ネオナゴヤ店に配属された凪の日課になっていた。
だからいつも、彼は店内のテナントを利用する。周りの視線に耐えられないから。噂話から逃げるように。
歴と実の兄妹である事実は、公言を差し控えていたものの、すっかり広まってしまっているようだ。
加えて、『何らかの問題を起こし、その結果左遷されたようだ』という話も。
自分はいい。後ろ指を指されても仕方のないことを仕出かしたのだから。
しかし歴は? 自分とは違い、自力でユナイソンに入社した歴には何の罪もなく、自分の所為でとやかく言われては可哀想だ。
だから多数の目がある場所にはなるべく行かないようにしていた。
(それにしても……覚悟はしていたつもりだったが、今の現状がクビにされるよりも辛いだなんて、思ってもみなかったな……)
バックヤードを擦れ違う女子社員たちは、和気藹々と会話をしながらお弁当箱片手に社員食堂へ向かっている。
凪はその流れに逆らうように店内へと向かった。


*

1階フロアのスペイン料理店に入ろうとした凪の胸ポケットで、携帯電話が着信音を奏でた。画面には祖父の名前。一体何事か。慌てて通話ボタンを押す。
「はい。凪ですが」
「やぁ、凪。私だ。実は今ネオナゴヤ店に来ているんだが、キミはどこに居る?」
「なんですって?」
祖父の言葉は理解の範疇を超えていた。凪はケータイを握り直す。
「ネオナゴヤにですか? ……私はこれから食事をしようと、スペイン料理店に入ろうとしていたところですが」
「丁度よかった。『太陽の赤~Rojo solar~』だよね? 一度行ってみたかったんだ。先に中に入っててくれないかな。2分後には着けると思うから」
「それは構いませんが……」
「では、後で」
通話は遮断され、凪は戸惑いながらも店の中に入る。「お一人様ですか?」の質問に「連れが後から来ます」と答えると、案内された席に着いた。


*

赤と黄色が主張し合う店内は、混み合っていて賑やかしい。メニュー表を眺めていると、「やぁ」と声を掛けられた。
「……本当にいらしてたんですね」
祖父である千早為葉に着席を勧め、メニュー表を彼の方に向けた。
背筋のよさや柔和な微笑み、スーツの着こなし方は、相変わらず大企業のトップに君臨していることを思い出させる。
まるで『彼を目標にしなさい』と言われているようだ。内心舌を巻きながら、凪は正面に座る祖父に尋ねる。
「今日は一体どうしたんです? CEO自らアポ無しの訪問だなんて。驚いてしまいますよ……」
「いやいや、今日はオフなんだ。客として来てる分には構わないだろう?」
茶目っけを含めて言われてしまっては、ぐぅの音も出ない。肩を竦めるだけで精一杯だ。
「秘書はどうしたんです?」
「火香かい? 店内で買い物をしているよ。『あわよくば歴に会えたらいいな』とは言っていたっけ」
「一緒に来てはいるんですね」
「住んでいる家も同じ、職場も同じ、では彼女が可哀想だからね。こういう時ぐらいは離れておかないと」
そんなやり取りの間にも為葉は小さく手を挙げて店員を呼び、パエリアやミガス、スパニッシュオムレツを頼んでゆく。
店員がメニューを復唱し、去っていく姿を確認してから、為葉はにこりと笑った。
「さて凪。どうかな、実際の小売店業務は?」
「……やはり、本社とは違いますね。お客様と接するわけですから、戸惑う日々の連続です」
「事務職だし、実際に店に出ることは少ないんだろう?」
「いえ、それが」
そこで一度、深い溜息をつく。
「電話での苦情応対がありますからね。モロに直撃ですよ」
合点がいったとばかりに、為葉は大きく頷いた。
「電話だと、相手が見えない分、お客様も攻撃的になりやすい。実際に売り場で言われるよりも、堪えることが多いかもしれないね」
「えぇ」
「凪、笑っているかい?」
真面目で厳しい質問だった。凪は返答に詰まってしまう。為葉はどんな答えを望んでいるのだろう? それに応えたかったのだが。
「……あまり」
出て来た言葉は悲しいかな、期待に添えないものになってしまった。
「お客様相手には、まず何より笑顔だよね。……分かる?」
「痛いほど。……頭では理解しているつもりです」
でも、実際に笑顔でいられるかどうかと問われれば、答えはNOだった。
作り笑いならば、いくらでも作れる。昔からそんなものは容易くて、造作もないことだった。
今はそれすら億劫で、事件が尾を引いて心にわだかまりが出来てしまっている。到底笑う気になどなれやしない。
「歴と同じ職場だけど、どうだい?」
「正直、とてもやり難いです。あの子に無様な姿を見せたくないから、私も必死ですよ」
そんなこと、妹には口が裂けても言えないけれど。そもそもプライドが許さない。しかし、吐き出さずにいられないのもまた事実である。
「それは歴だって同じじゃないかな。多分あの子も、キミに失態を見られたくはないはずだよ。お互いさまだね」
そうやって為葉は、いちいち優しくシコリを解きほぐしてくれる。いつだってそうだった。そう、この前の事件の後だって。
「キミがユナイソンに転職していたことを、歴はずっと知らなかったんだってね」
「えぇ。隠してましたからね。あの時期はしんどかったです。当時は歴を避けていました。手が汚れていくにつれ、会い辛くなってしまって。
どんな顔をして会えば良いのか、自分でも良く分からなかった。
今だからこそ言えるんですが、歴が就職活動先にユナイソンを選んだ時、本当は腕づくでも阻止するつもりだったんです」
「へぇ?」
初耳の話題に為葉は目を細めた。面白そうに口元を緩ませて。
「自分が言うのもなんですが、歴に魔の手が及んだらどうしようかと気が気じゃなかった。でも……本人には言えなかった」
「なぜ?」
「とにかく会うのが怖かったんです」
会って阻止したとする。きっと歴はこう尋ねただろう。「なぜ私が入社してはいけないの?」と。
そう訊かれた時に、自分は何と言って入社を諦めさせるのだ? 
『店では枕営業が横行している。お前を危険な目に遭わせたくない』、とでも? ――馬鹿な! そんな本音など、言えようはずもない。
葛藤した。これでもかというぐらい。いやというほど。結局、黙秘を続けてきたのだ。その時は『己の保身』を選んで。 
「俺はひょっとして歴を愛していないんじゃないかと、正直凹みました」
凪の一人称が普段使いの『俺』になっていることに、為葉は気付いた。これこそ凪の本音なのだろう。為葉は言い聞かせるように告げる。
「キミは歴を愛しているんだよ。ちゃんと愛せているよ」
「……え?」
「キミは歴に嫌われたくなかったんだ。それはつまり、彼女が愛しいからだろう? そうじゃなかったら、どうだって良かったはずだ」
「あ……」
まるで初めてその考えに行き当たったみたいに、凪は呆けた。数拍ののち、「そうですね」と小さく呟いた声に、為葉は微笑む。
おあつらえ向きに料理が続々と運びこまれ、為葉はエビを嚥下しながら凪を見た。
「その様子では、まだ何か抱え込んでいるね? 処分に納得がいかないのかい?」
まさしく凪が最も多くの時間をかけていた悩みだった。為葉は心の中が読めてしまうのだろうか? 千里眼の祖父が怖くなる。
「……えぇ、納得いきません。なぜもっと重い処分を下してくださらなかったのかと、よく考えるんです」
「都築のように、警察のお世話になると思ってた?」
「覚悟してました」
「彼の場合は、潮さんに対するレイプ未遂だからね。話が違うよ」
「似たようなものです」
吐き捨てるように凪は言う。
「加納と都築を止められず、被害者を出してしまった。潮さんや、八女さんのように。他にも数名……」
涙を浮かべながら訴えた八女芙蓉の姿が蘇る。
『あなたが加納を味方につけたのね!? だから私が枕営業させられる羽目に……!
『加納をかばって、本部のバイヤーとして引き入れたわよね!? 私は受付からPOSオペレータへ異動させられたっていうのに……!』
彼女が誤解している部分もある。しかしこうなってしまった一端には、誰かが不幸になると想定していなかった浅はかさが根底にある。
それは変えられない事実なのだ。
(八女さんも潮さんも俺を憎んでいるだろうな。当然だ。自分はそれだけのことをしたのだから)
許されたいと望むことすら傲慢で。彼女たちや歴と同じ職場内に居ることが罰だというのなら、辛いけれど受け入れる。
「凪。都築は越えてはならない一線を越えてしまった。彼は自らの意思で、墜ちることを選んだんだ」
(あぁ、確かに。命令はしていないさ。そもそも都築に対して『潮さんと接触を図れ』とは一言も言ってない。だが……)
あの頃は加納を筆頭に、性の取引が横行していた。そんな風潮が都築を突き動かしたのだとしたら? 責任がないと言い切れないではないか。
(ふざけたやり取りを止めたかったが、俺では……俺だけでは止められなかった。俺はなんて無力なんだ……)
「凪」
為葉の呼び声には、これ以上ない慈しみと優しさが含まれているようだった。
そんな風に呼んで貰える理由などなく、立場でもないのに。
胸を刺す痛み。心臓の高鳴り。弾かれたように、ハッと為葉の目をまっすぐ見る。眼差しすら温かかった。
「査問会で、こってり絞られただろう? これ以上の罰を、キミは望むの?」
噂に違(たが)わない、拷問のような査問会だった。いっそ引導を渡してくれ――。会が設けられるたび、何度そう願っただろう?
それでも、その場から解放されてしまえば、まだ足りないような気がした。減俸や降格では不平等な気がした。そんなものでは到底埋まらない。
「じゃあどうしたい? 何をすれば贖えると思ってるんだい?」
「それが分からないんです……」
知らず、伝う涙。木のテーブルに落ちる雫は、ひとつ、またひとつと、小さな輪を重ねてゆく。
「俺は……償えない……。どうすれば良いのか……彼女たちと向き合うことすら怖いんです」
彼女たちの姿を見るたびに襲う後悔の念、会いたくない気持ち。避けられるだけ避けて通って来た。どんな顔をして会えば良いのか分からなくて。
この期に及んでまだ逃げている。罰なら受けると誓ったはずなのに。申し訳無いと思う気持ちでいっぱいなのに。
でも一体、それをどう伝えろと言うのだ? どうすれば伝わると言うのだ?
「きっとね、凪。一回で終わらせようとするから駄目なんだ」
為葉は言う。
「謝ったすぐその場で許して貰おうと思うから、言葉が出て来ないんだよ。それでは駄目だ。絶対に伝わらない。
凪、大切なのは、謝罪の言葉を前もって考えることではないよ。大切なのは姿勢だ。
正面から向かい合った瞬間に、言葉が突いて出る。しどろもどろだろうけど、支離滅裂で何を口走っているのか自分でも分からないだろうけど。
でもそんな言葉こそが本心であり、誠意であり、心のどこかで『こう償いたいんだ』という漠然とした思いが、形となって現れるんじゃないかな」
「……。」
「凪の場合、勝手に深みにハマっているだけじゃないか。ぐるぐるぐるぐる、ひたすら同じ事を考えて。それではマイナス思考の堂々巡りだよ。
それとも何かい? 考えて考えて考え抜けば、いつか良い案が浮かぶとでも?」
「……思いました」
「そうだね、浮かぶかもしれない。でも、あれから既に4ヵ月も経ってしまっているんだ。
その間、キミは謝罪文や償い方ばかり考えて、肝心の『本人への謝罪』を忘れてしまっているのでは? それでは話にならないよね?」
「あ……。……あぁ……っ!」
(本当だ、――しまった!)
「そんな事だろうと思ったよ。昔からそうだった。悩みを自分一人で抱え込んで。その癖、治ってないね」
「――すみません。……その……色々と。取り乱しました」
「仕方ないよ。ウチの家系は、涙脆い連中ばかりだからね」
「……有り難う御座います」
そのフォローも。さり気ないアドバイスも。いつだって適した言葉をくれる。それが祖父だった。
(壁は……やはり高いなぁ……)
ハンカチで目頭を押さえながら、凪は痛感する。
「許して貰えないかもしれないね。でもそれで良いんだ。許して貰う為に謝るわけじゃないからね。もう分かるだろう?」
「自分が申し訳無かったと伝え切ることができるまでぶつかり続ける……その姿勢こそが大切、なんですよね?」
「あぁそうだ。許す・許さないの判断を下すのは相手側だからね。器量の問題もあるし、どうしようもないことでもあるんだよ」
肩を竦ませてから為葉は空いたコップに水を注ぎ、料理の締めくくりとばかりに大きく呷った。
凪は、残った皿に手を伸ばして引き寄せると、フォークでアスパラを刺す。
「実のところ、『祖父と孫の買い物』というのは嘘なんでしょう?」
「ん?」
「俺が心配で話しておきたかった。実際に様子を見ておきたかった。違いますか?」
「やれやれ。キミは聡いね」
「感謝してます。あなたの孫で、本当に良かった」
「私も、凪や歴の祖父で良かったと、心から思っているよ。キミたちだけでなく、火香や因香、そよ香も。私の可愛い孫たちだ」
柔らかい笑みを、為葉は向ける。凪も笑い返す。今度こそ本物の笑みだった。
「よし、では行こうか」
すっかり料理を平らげ、為葉が伝票を掴もうとした時だった。
「お祖父様!」
火香の声に、2人がそちらに身体を向ける。両手に抱えきれないほどの紙袋を携えた火香と因香が歩いてくるところだった。
「お祖父様、ネオナゴヤ店ってば最高ですわ! ほら、1時間弱でこんなにも素敵なお洋服を見付けてしまって」
「ジジ、申し訳無い。カード貸してくれないかなー? あと3店舗ほど見過ごせない店があるんだけど、お金無くなっちゃって……」 
「因香姉さんがソファーを買うからいけないんです」
「火香だって、素敵素敵って連呼してたじゃないの」
「騒ぐだけならタダですもの!」
「なにをぉー!?」
「……前言撤回します。『祖父と孫の買い物』を大絶賛満喫中じゃないですか……」
「人聞きが悪いよ、凪。買い物を楽しんでいるのは、どう見ても彼女たちだけじゃないか」
「あぁ、そうですよね。現に、キャッシュカードをたかられてますしね……」
「おかしいなぁ。てっきり2人は買い物を少しだけして、歴のところへ行ったとばかり思っていたのに」
「それが、レキに会わせて貰えなかったのよー」
「八女さんが、『仕事中で忙しいから駄目』って許可をくれなくて。……くすん」
「……会おうとはしていたみたいですね」
「歴を溺愛しすぎているからね、この子たちは」
「あら。誰かと思えば、凪じゃないの」
「本当だわ、ナギくんじゃない!」
「……歴しか見えていないようですが」
「……歴を溺愛しすぎているからね、この子たちは」
「凪、ほらこれ持って」
いつの間にか因香の荷物を手渡され、彼女は鞄1つの身だ。
「紳士たるもの、女性が荷物を持っていたら速やかに持つべし!」
「相変わらず強引ですね、因香さん……。火香ちゃん、そっちも持つよ」
「え? いいよいいよ、私は」
「俺には持てないとでも思ってる?」
「そういうわけじゃ……」
「火香、男性がこう言っているのだから素直に甘えるべきだよ。凪に持って貰いなさい」
為葉の言葉もあり、火香は申し訳なさそうに凪に紙袋を渡す。
「ありがとう、ナギくん。いつの間にか頼もしくなったね」
火香の、その何気ない一言にビックリして。凪は受け取った荷物をその場に落とす。因香が「きゃあ! 私のシャネルN゜5!」と悲鳴をあげる。
言った火香本人は「どうしたの?」と首を傾げ、為葉はと言えば会計で忙しい。
(俺も少しは成長しているのだろうか)
そうだといい。もし、そうでなくても。
(八女さんや潮さんに、まず謝って……。話はそれからだ)
1歩でも、近付ければいい。踏みしめる歩幅が小さくても。確実な1歩。
千早為葉という、尊敬する祖父に。
(いつか、近付けるといいな)


2009.09.18
2019.12.03 改稿


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