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18話 【Love Triangle!】


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18話 (―) 【Love Triangle!】



宴会場にいる間、千早歴の機嫌は珍しく悪かった。
それと言うのも、麻生にしな垂れかかったり、柾の身体に触れる女性社員の姿が、視界にちらちらと入るから。
(麻生さん、女性が苦手って言ってらしたのに! モーション1つで鼻の下を伸ばすなんて、殿方というのはやっぱり不潔です!
柾さんも、女性と戯れるのが好きで……って、えぇ? ちょっ……いやー!)
麻生のネクタイ、柾の眼鏡を外しにかかる魔の手。凪に知れたら「やはりな」とせせら笑うであろう破廉恥な光景が繰り広げられている。
背筋が凍る思いをしながら凪の姿を探す。……が。奥まった位置で、頬を染めたバスガイドから名刺を渡されている実の兄。
そんなやり取りを盗み見ていた歴だから、「千早、聞いてるの?」と芙蓉に尋ねられた時には飛び上がらんばかりに驚いてしまった。
伊神と杣庄、それに芙蓉が、歴を怪訝そうに見つめている。
「その様子では聞いていなかったわね?
あのね、伊神と杣庄はこれから大浴場へ行くらしいわ。私もリラクゼーションへ行きたいから、解散しないかって話」
食事は終えてしまっている。郷土料理の朴葉味噌焼きに舌鼓を打ったのは、既に数十分も前のことだった。
「千早はどうする?」
「そうですね、私は……あれ、透子先輩と馬渕先輩は……?」
「あのやり取りも見てなかったって言うの? 千早、あなたは柾さんたちを意識し過ぎでしょう」
芙蓉にはお見通しのようだ。歴はうっすらと顔を赤らめた。
「潮と馬渕は入り口付近で話し合ってるわ。どうするのかしらね」
大浴場へ行きたいのは山々で、リラクゼーションも魅力的。でも今は麻生と柾が気になって仕方ない。緑茶が入った急須を注ぎながら、歴は断わりを入れる。
「もう少し、ここにいます」
「そう。じゃあね」
歴は彼らを見送った。とはいえ、1人空しく茶を啜るだけというのも味気ない。
今や宴会場はまばらで、歴の周りに人はいない。いつの間にやら凪もどこかへ消えてしまっている。
(まさか兄さん、バスガイドさんとデート……?)
だとしたら、随分と後味の悪い場面を目撃してしまったものである。
「千早君?」
声を掛けてきたのは柾だ。一緒にいた女性たちは? ――いない。どうやら解散したらしい。
「珍しいな。ちぃ1人なのか?」
麻生もいた。
魔の手によってだらしなく垂れ下がってしまったネクタイを結び直しながら近付くも、酒で体温が上がったためか、しない方が楽だと考えを改めたようだ。
ネクタイを外すと、スラックスのポケットへと収める。カッターシャツの一番上のボタンを外し、深呼吸1つ。
「しっかり食べたか、ちぃ?」
「は、はい……」
絹とのやり取りが、頭の中で再生される。
やはり今の心理状態で2人に会うのは間違いだったか。「はい」か「いいえ」を答えるだけで精一杯なのだから。けれど。
「柾さん……」
歴の口からは、自然と言葉が零れていた。
「何だ?」
「絹さんの占い師めいたチカラは、どれほど正確ですか?」
柾は黙っている。
するとおもむろに、歴が乾杯の音頭の時に一口だけ嗜んだ、飲みかけのビールのコップを持ち上げ――既に気泡は抜けてしまっている――一気に呷る。
「その質問は、君にとってどれほどの意味を持つんだろうか」
静かに尋ね返す柾からは、歴を見る時に顕れる微笑が消えていた。
訊いてはいけない質問だったのだろうか? 歴は慌てて撤回作業に入る。
「ごめんなさい。絹さんを疑ってるわけじゃなくて……」
「絹の木霊の力は万能ではないが、全くのインチキというわけでもない」
歴が言い切るより、柾の発言の方が早かった。次いで、柾の切れ長の目が歴を捕える。
「絹は、僕と元妻、それぞれが浮気することになると言い張り、実際に浮気をしてみれば、それを躊躇いなく涙ながらに言い当てた。
単なる女の勘と思うか? 答えはノーだ。こんなことを言って君に嫌われたくはないんだが……お互い、バレない自信があった」
歴は複雑な心境だった。
柾の過去をどうこう言うつもりはない。そんな権利も持ち得ていないのだし。
だがそんな話をされてしまったら、『絹の見立ては正確だ』と判断せざるを得なくなる。
(つまり、本当に三角関係……?)
歴は柾と麻生を交互に見やる。2人の視線は、歴に注がれていた。


2010.11.11
2019.12.17 改稿


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