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04話






たとえどんな展開が待ち受けていたとしても、自ら選んだ道ならば後悔はしない――。
そう心に刻んだライアーとアシャイアだったが、林道を抜けた先に鬱蒼とした森が現れたら、その決意も鈍って当然だ。
先を行くタームはまるでそこに道があるかのように堂々と突き進んでいく。そのさまは確かに心強かった。
だが、タームは客人の存在を失念している様子でもある。タームを見失わないよう前方を注視しつつ、
「アシャイア、大丈夫か?」
「はい、ライアー。平気です」
こうしたアシャイアを気遣うやり取りは、早くも10回を超えている。
いつしかライアーにとってアシャイアは旅の供としてなくてはならない存在になっていた。
シダ植物がアシャイアのふくらはぎに纏わりつく。気味が悪くても、ライアーが隣りにいる事実で不安はかなり相殺された。
「着きましてよ」
タームは2人を忘れてなどいなかった。足を止めて2人を振り返ると、右手をすっと挙げ、なにかを指し示す仕草。
暗闇の中に浮かび上がるのは塔の群れ。
不気味ながらも幻想さに圧倒されたアシャイアはぽかんと口を開け、12歳という年齢に相応しい反応をしてみせた。
一方で眉間に険しいしわを作ったのはライアーだ。
「何の真似だ……」
初めてタームに出会った時と同じように、後ろ手に剣の柄を握る。アシャイアは驚き、不安げにライアーを見上げた。
いったい彼は何に対して怒りを覚えたのだろうかと、ライアーとタームの会話から必死に読み取ろうとした。
「なぜここへ連れて来た。俺たちがこんな生活を強いられている理由は知っているだろう、ターム」
「……えぇ、当然分かっていますわ。戦乱後ですもの」
「ここはその原因を作った王族らが住まう城じゃないのか!?」
ライアーの言葉を耳にしたアシャイアは、弾かれたように塔を見上げた。
ここはお城だったのか。ならば広大な敷地面積にも納得がいく。
しかし、真夜中特有の暗さを差し引いても、草は生え放題、瓦礫の山は散乱。お世辞にも手入れが行き届いているようには見受けらない。
まるで朽ちる寸前。廃墟の城だ。
「城だというのに朽ちかけている建物に驚いていらっしゃるのですわね、アシャイアさん」
心の内を読まれ、アシャイアは胸の位置で力強く拳を握った。そんなことをしても、思考は筒抜けたりしないというのに。
「王の住まう主城は、もっともっと南にありましてよ。ここは、皆から疎まれ、忘れ去られた小城なのです。
この棟の名はアラバ・モダ。城のほんのごく一部、敷地の端の、言うなれば僻地に位置しておりますの。どうぞお見知りおきを」
「神と同じ名を冠した朽ちた小城のことなど俺にはどうでもいい。それよりも、言うなればここは俺たちの仇だ……!
ターム、お前が王族の従者だというのなら、俺はお前をこの場で斬り捨てることも厭わない」
王族、仇、斬り捨てる。つまり、殺すということ? ライアーが、タームを?
「わたくしを切り捨てて……うふふ、あなた様はアシャイアさんをどうなさるのです?」
塔の前に立ち、まるでアシャイアを人質に取ったかのような余裕綽々な発言、そして笑み。
そうだった。ここへ来たのはアシャイアの保護が目的だ。
タームを斬るのは容易いだろう。が、それで困るのは自分であり、アシャイアだ。
柄から手を放したライアーをタームはじっと見つめ、なにごともなかったかのように塔へと歩き出した。
「取り敢えず、中に入りませんこと?」
目以外はあらゆる布で覆われたタームだ。その表情を窺い知ることは出来ない。
それでも、その声音に含まれているものは柔らかく、温もりが感じられた。


*

果たしてタームはどこへ連れて行こうとしているのだろう。
いま3人が歩いているのは、宿のように部屋が幾つも並んでいる長い廊下だ。しかし、既に何部屋をも通り越している。
おびただしい部屋数だというのに、例えば、なぜこの――まさにいま通過している≪サモ・ネラ≫と書かれた――部屋では駄目なのだろう。
全てのドアが閉められているので、どのように中を使い分けているのか、ライアーもアシャイアも見当すら付けられないでいる。
数あるドアの中から、タームは≪デル・ルド≫と掲げられたプレートを選んだようだ。
部屋の前に立つと、腰に引っ提げていた鍵束から1つを取り出し、右に回転させる。
「どうぞ、中へ」
左手でドアを押さえながら、右手をスッと室内へと差し向ける。
この時の2人の反応は、まるで違っていた。
誰かが襲いかかってきやしないかと素早く四方八方に視線を巡らせ、注意深く入室したライアー。
対してアシャイアは半歩ほど進みはしたが、その後は完全に足を止めてしまった。
「アシャイアさん?」
「あの……私……」
立ち竦むというよりは躊躇っているようで、両足をもじもじとさせている。
タームはその心情を見事に言い当ててみせた。アシャイアの背丈に合わせるように、少しだけ屈むと、
「よろしいのですよ。どうぞ中にお入りなさいな。大丈夫、汚れたりしませんわ」
カーペットも、シャンデリアも、天蓋付きベッドも、調度品も、アシャイアには初めて見る贅沢な内装だった。
血がどこかに付いてしまわないか、もしそうなったら大変だ。アシャイアはそう考えて、部屋に入るのを躊躇っていたのだった。
本当なら、いますぐにでも駆け出して、自分の背丈以上の位置にあるベッドに身体を預けてみたい。
12という年齢に相応しい、実に子供じみた素直な感情だった。
「こちらがアシャイアさんに休んでいただくお部屋、≪デル・ルド≫ですわ」
アシャイアの待遇は、ライアーが思っていたよりも遥かに良く、内心胸を撫で下ろしたライアーである。
「うそ……。あの……ターム、さん。私、本当にこんなにも素晴らしいお部屋で寝ても良いんですか……?」
恐る恐る尋ねるアシャイアに、タームは「えぇ」と頷いた。
「いますぐ入浴の準備をして差し上げますわ。もう少しだけお待ちいただけるかしら」
こくん、と頷くアシャイアの頭を撫でると、タームはライアーへと顔を向けた。
「ライアーさんには別のお部屋を御用意いたしますわ」
「ライアーで良い」
ぶっきら棒に告げるライアーに、アシャイアは「えぇっ」と声をあげた。「ライアーと離れちゃう……んですか?」
タームは諭すように優しく告げる。
「アシャイアさん。これには事情があるのです。初経を迎えた貴女は、もう立派な女性なのですわ。
そうと知りつつライアーと同じ部屋で寝起きを共にするのは、はしたないことなのですよ。万が一に間違いでもありましたら……」
「間違い……? 何の……?」
そんなわけあるか、と呆れつつも、溜息1つついただけで特に口を挟むこともないライアーを、アシャイアは残念そうに見上げた。
「……良く分からないけれど、分かりました」
「……分かっていなさそうだな」
「タームさんの仰る通り、ライアーとはさよならします。でも、明日は会えるんですよね?」
「勿論ですわ」
その答えを聞いて安心したのか、アシャイアはやっと笑顔を作り、ライアーに手を振る。
「ライアー、少しここでお待ちいただけますかしら。アシャイアさんをお風呂に入れて参りますので」
「あぁ」
どさっと体躯を床に預けベッドの柱に寄り掛かるライアーは、どうやらその体勢でうたた寝することにしたらしい。
その様子を見届けたタームは、アシャイアの背中を軽く押しながら浴室へと案内した。


*

その浴槽に浸かるのはアシャイアだけだとタームが言うので、アシャイアは慣れない浴槽に身を沈めたのだった。
「月の物のときは、どうしても身体が冷えてしまうの。こうやって湯船に浸かって、身体を温めるとよいのですわ」
「でも、血が……」
「入浴中は大丈夫でしてよ。でも初日、2日目は湯船から出たとたん流れる場合があるので、大浴場など公の場での入浴は避けましょうね」
あくまで個人のときのみ、とねんおきしたタームは、この際ですからと前置きし、アシャイアに月の物に関する知識を教授した。
「質問はありまして?」
「説明が上手だったので、とても分かり易かったです。必要なもの、全て揃えて下さったし……何から何までありがとうございます。
ところで、さっき会話の途中にでてきた『間違い』っていうのはなんですか?」
「それはまた今度、ですわ」
ほほほほ、と口に手を当てるタームである。
「では戻りましょう、アシャイアさん」
「どうかアシャイアと呼んで下さい」
「分かりましたわ、アシャイア」


*

タームが用意した寝巻は簡素で見頃も大きかったが、それでもアシャイアにしてみれば極上の新品であることには違いなかった。
しっかりと髪を乾かし、歯を磨いたアシャイアは、いままで体験したことのないふくよかなベッドの上に身体を滑り込ませた。
えへへ、とはにかむアシャイアを見下ろし、ライアーは僅かに笑みを向ける。
自分には到底してやれない、恵まれ過ぎた環境。敵地ではあるが、アシャイアが救われたなら良かったと、心から思える。
「良かったな、アシャイア」
「お休みなさい、良い夢を。明日の朝、起こしに参りますわね」
「はい、お休みなさい、タームさん、ライアー」
アシャイアのために最低限の灯りだけつけておき、2人は部屋を後にした。
カチャ、と無機質な金属音がした。タームが例の鍵を使ってドアを施錠したのだろう。
どうしてそんな必要が――?
そんな疑問が頭に浮かびつつも、瞼は既に重く、答えを見付ける間もなくアシャイアは眠りに落ちていった。


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(→5話に続く)

2014.04.11


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