000000 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【ログイン】

GINZA BE☆SEE

10 八田入覚

【八田入覚の説法 vol.2】

医療に仏の教えは必要か?

文・八田入覚(株式会社浄福)text= NYUKAKU HATTA
-------------------------------------------------

「死」、「死への恐怖」そして「後生の世界」、

これは生きるものすべてに永遠のテーマである。

浄土真宗の開祖、親鸞聖人の生きてこられた

鎌倉時代は、飢饉や戦で生と死が一体化した時代であり、

まさに明日をも知れぬ我が「いのち」を生きらた。

理性を超えた「いのち」の世界に触れ、『南無阿弥陀佛』

の名号の中に生かされていることを感謝していたのです。

21世紀、医療は進み平和な時代で長寿社会になったが、

果たして心は満たされているのでしょうか。人間関係に悩み、

うつ病、引きこもり、自殺など、自分の居場所探しで苦しんでのです。

長寿社会になっても最期の寿命を、ほとんどの方が医療機関で迎える。

そして、医療機関で少しでも長く生きれるように医師や看護師に

医療行為をお願いをするのです。

しかし、そこには患者やその家族に対して、精神的な支えとなる宗教面は、

除外しされることの方が多いのです。……………

医療の現場では、医師は1人で大勢の患者さん観て、

看護師は医療処置に追われ、患者さんの精神的ケアまで

行き届かないのが現状です。

さて、そこで皆さんに質問です。

 「病院などに仏教者(僧侶含む)が来られることを、どうお考えでしょうか?」

少し考えてみますと、「まだ、自分の死について考えたことはない」

「死はタブーだ」「長生きしたい」と言う思いが強く、仕事・家事・育児

など。生活に追われ、自分のことについて考える余裕がないのが

正直なところではないでしょうか。

しかし、ここでひとつ必ず言える事があります。それは0歳~高齢者

まで生を受けた私たち全てが、死に行く身であると言うことです。

医療に携わる医師の方々は言います。

「現在の医療では宗教を口に出すことは難しい。しかし、その前に

仏教に触れている必要がある」と…。

患者であろうと医療者であろうと、「あなたも私も、みな必ず死ぬ人

お互いに今夜は分からない我が身」なのです。

これは正に夜桜のようなものです。

夜桜は嵐が吹けば、次の日には見れませんものね。

仏教と医療がもっと歩みより、誰もが自己の問題として考えることのできる

空間がもっと必要なのです。


文/八田入覚(はった・にゅうかく)
---------------------------------

■LINK
株式会社浄福
・どんなことが相談できるのかが書いてあります。じっくりとどうぞ。

八田入覚ブログ
・かなり砕けた感じで書かれています。人となりが出ているかも。。

Heiz銀座
・イベントが盛りだくさんの八田入覚さんの銀座オフィス。遊びにきてね♪

交流会プレゼンテーション映像
・八田さんは1月22日Heiz銀座ビジネス交流会でプレゼンテーションを
されました。そのダイジェスト映像です。

■【イーーー!度(イーのち度)100点】 
 (内訳:TQ度200・BQ度50・銀座度50)
・「いのち」を常に見つめているお坊様だからこそ、入覚さんのコトバにはどこか「やすらぎ」を感じます。人の命を「夜桜」に例えるあたり、我々はやはり自然=宇宙の中にいるのだな・・という事実を実感します。(編集部)
 

目次に戻る

Heiz銀座広報誌【新価値通信BE☆SEE 第2号】 




Copyright (c) 1997-2017 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.