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ヒロガルセカイ。

ヒロガルセカイ。

3。

   3。

アヤはだんだん呂律が回らなくなっています。

<言いたいことが、ひとつも言えていない。
頭が働かない。唇まで言葉が降りてこない。どうして・・?>
「・・・。」
口の隙間から歯を少し覗かせたまま、アヤは言葉を失いました。

初めて飲んだアルコールなのです・・。

「アヤ。送っていくよ。タクシー呼んだから。」
先生がアヤをゆっくり立ち上がらせようとしましたが
「いいです。ひとりで。」
でも足が別物みたい。くたん・と足が曲がりそう。
「タクシー来るまで座ってていいから。」
会計を済ませに先生がいなくなりました。

<熱い。どうしてだろう。・・アルコールってこんなもの?>
ぺたんと椅子に深く座り込んでいます。
体がだるい。はあ、どうしましょうか。
握った携帯がまた震えました。
「あ!!」
慌てて着信相手も確かめずに「・・・はい。」
期待をこめた声でした。
そしてその期待を志信さんは裏切りませんでした。

<アヤ。外まで出ておいで。>
「・・歩けません。」
<俺が呼んでるんだ。歩いて来い!>
「どこにいるんですか。」
<アヤを迎えに行くといっただろう?・・いいから出て来い。>
「・・志信さん。」
<携帯はきらないから。このまま聞いているから。・・アヤ?おいで。>

携帯を耳にあてたまま。アヤは立ち上がりました。
頭が痛いかも。でも、歩かないと会えませんよ?

「いつもこうなんだ。」
<・・減らず口を叩く元気はあるのか。>
踏み出した一歩は、確かなものでした。
あら。歩けるじゃない?

「・・あなたはいつも強気で。」
<何がいいたいんだ?>
ぐっと顔を上げたら、店内が普通に見えました。
さっきまで熱くて、ちゃんと見えていなかったのに。

「どうしていつも・。」
<・・いつも、なんだ?はっきりいいなさい。>
会計を通り越し、ドアを開けたら。涼しい初夏の風が顔にかかりました。
携帯を耳にあてたまま、夜の街に黒光りするセンチュリーを見つめました。

「俺に会ってくれるんですか。」
アヤの声に、黒い影が動きました。

携帯をぱちんと閉じた音が聞こえました。
「それは携帯越しに聞くことじゃないだろう。アヤ?」



アヤのこころに居座る大人。火をつけてしまったひと。
志信さんは携帯を手のひらに載せて、アヤを見つめています。
黒い髪。冷たそうな目つきを、アヤは何故か待ち焦がれていました。
「アヤ、そんな格好で。強姦手前か。自分で脱いだか。」
ネクタイ外して、シャツもはだけていたらそう思われても仕方ないかも。
「他に言い方は ないんですか。」
楯突く言い方をしながらも。
見つめる瞳にさらわれたい。
祈るように、携帯をぎゅっと手の中で握り締めます。
届くかな。どういえば届くのかな。

遠くの横断歩道の信号が赤くなり。車の往来が激しくなる道路沿いのこのお店の駐車場。
「何を言わせたいんだ、今更。」
こつっ。革靴の音がします。
「昨日も会ったな。その前も。」
こつっこつっ。
アヤのほうに歩いてきました。
「俺はアヤを手放さないといわなかったか?」
目の前に立たれると威圧感を感じます。
「・・聞いてない。」
「この減らず口が。綺麗な顔していなかったら、海の底に沈めるところだぞ。」
怖いことを言いながらも志信さんは、そっとアヤの腰に手をまわしました。
「飲んだな?」
まだ赤い頬を触りながら聞きました。
「コップ一杯。」
「いつもよりからだが熱い。」
「そんなことない。」
強情なアヤは、本当は言いたいことがあるくせに顔を見ると・・
いつものように言い返してしまいます。
「・・送ってやる。乗りなさい。」

乗りなれたセンチュリーが停めてあります。
今言わなくちゃ。
今言わないと、いつもと同じ、お金で成立する関係のままです。
違うよねアヤ。お金じゃない。
「待って。・・志信さん。聞いて。」
「金か?」
「違う!」
志信さんの腕を取りました。
「アヤ?どうした。」
志信さんが驚いてアヤを見ます。
「・・・会いたかったんです!俺。志信さんに。」
言い切ったアヤは、緊張したまま息を凝らして志信さんを見上げました。
「昨日も会ったし。一昨日も。アヤ?酒で混乱してるのか?落ち着きなさい。」
すがりつきそうなアヤの両頬を手で包み込むように温めます。
でもその手をふり払いました。
「あなたがどんな職業のひとでもかまわないんです。いつもあなたに会いたいんです。」
「どんなって・。」
「志信さんが好きなんです!もうお金の関係じゃなくて、そうじゃなくて。
お金が前提の関係を抜きにして、俺に会ってください。
俺は、お金じゃなくて、あなたに会いたい。
時間もなにも関係なしで、あなたの傍にいたいんです!」
アヤは言いながら指輪を外しました。
「今までのお金は返します。使った分は少しづつでも返していきます。だから・・。
俺はあなたと・・普通につきあいたいんです。」
だんだん視界がぼやけてきました。
頬に何かがこぼれます。
「アヤ。泣く姿まで見せてくれるのか。」

4へ。


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