55.「こんなところじゃイヤです、誰かに見られます!」 アヤが精一杯の声を出しました。 触られると吸いつくようで。熱くて、息が辛いけれど。 「それにっ・・あの子を抱いた腕はイヤです」 「抱きはしていない、義理の弟に手は出さない」 志信さんは肝心なところが抜けています。 「俺をなんだと思っているんですか! こんなに・・あなたが好きなのに。 俺をいいように扱わないでください、それだけの相手になんかされたくない!」 アヤが志信さんを振り切って、給湯室に駆け込みました。 乱れた襟元。 ネクタイも歪んでいます。 ベルトが腰まで落ちて、シャツに大きな皺が寄っています。 「・・」 息が苦しい。 こんなに気持を駆り立てられたことはありません。 指が震えます、テーブルに寄りかかってようやく立っていられるような状態です。 「・・アヤ」 志信さんが追いかけてきました。 「来ないでください!」 顔も上げません。 「俺は・・欲情の捌け口ですか?」 受付に来た見知らぬ男を思い出します。 あんなのと・・同じなの? 自分ばかりが志信さんを好きで、嫉妬までしているのに。 どうして抱いてうやむやにしようとするの。 それは卑怯。 志信さんがもてるのはわかります。 誰が見ても、惹かれるとは思います、でもでも。 そのひとが、アヤを捉えたはずなのです。 アヤに愛を教えてくれたはずなのに。 「俺ばっかりあなたが好きで。・・こんな曖昧なのはイヤだ・・」 言い切ると崩れてしまいました。 テーブルの上に置かれていたクリスマス用のプレートや、籠に盛られたお菓子がガサガサと床に落ちます。 まっしろいマシュマロが床に崩れたアヤの肩に落ちました。 黒いベロアのジャケットに、点々・・と足跡のようにマシュマロが。 「アヤ」 志信さんがアヤの目の前に座りました。 「軽率だった」 ぼそっと呟く許しを請う声。 でも顔を上げれないアヤ。 乱れた襟元を隠すように、うなだれたまま 「どうして!」 アヤが拳で空を切ります。 ぱすっと志信さんが受け止めます。 「・・私の傲慢だ。浮気ではないけれど、アヤ以外のものを腕に抱くのは許されるものではない。でも弟だから、要が私に好意を寄せているのにも気づいていたから」 「だから抱くんですか、・・そんなひとだとは思わなかった!」 「アヤ、」 「俺が・・このイライラした気持の行き場もなくて、どうしたらいいのかもわからなくて・・無駄に過ごした時間をどうしてくれますか?」 志信さんがアヤの拳を解いていきます。 「あなただから。俺は、あなただから・」 アヤは声が出ません。 こみ上げる感情を堪えるのに必死なのです。 泣くもんか。 泣いてたまるか。悔しすぎる。 そんなアヤに、志信さんは・・ ゆっくりと指を絡めていきました。 乱れた襟元を片手で直しながら、「アヤ」 呼びかけると唇を重ねました。 受け入れないアヤに気づくと、小鳥がするようについばんで。 頬にもキスをして、ゆっくりゆっくり・・アヤに近づきました。 「私もアヤしか許せない」 アヤの髪をかきあげて、 「悪かった。こんなに不安にさせてしまった」 「・・見ないでください」 「アヤが大事だ。傍から離したくない」 「愛している」 落ちたマシュマロごと・・志信さんはアヤを抱き締めました。 甘い甘い匂いがふたりを包んでいきます。 「・・やだ」 アヤが鼻声です。 「俺はこんなにわがままなのに?」 「わかっている」 「俺は・・あなたにイラッとしたのに、」 「俺のせいだ」 「もうやだ・・」 ずずっと鼻をすすりながら、 「嬉しいのに・・泣けてくる・」 →→幸せになるんだよ。6話に続きます。 |