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ヒロガルセカイ。

ヒロガルセカイ。

5

5.

「こんなところじゃイヤです、誰かに見られます!」
アヤが精一杯の声を出しました。
触られると吸いつくようで。熱くて、息が辛いけれど。
「それにっ・・あの子を抱いた腕はイヤです」
「抱きはしていない、義理の弟に手は出さない」

志信さんは肝心なところが抜けています。

「俺をなんだと思っているんですか!
こんなに・・あなたが好きなのに。
俺をいいように扱わないでください、それだけの相手になんかされたくない!」
アヤが志信さんを振り切って、給湯室に駆け込みました。
乱れた襟元。
ネクタイも歪んでいます。
ベルトが腰まで落ちて、シャツに大きな皺が寄っています。
「・・」
息が苦しい。
こんなに気持を駆り立てられたことはありません。
指が震えます、テーブルに寄りかかってようやく立っていられるような状態です。
「・・アヤ」
志信さんが追いかけてきました。
「来ないでください!」
顔も上げません。
「俺は・・欲情の捌け口ですか?」
受付に来た見知らぬ男を思い出します。
あんなのと・・同じなの?
自分ばかりが志信さんを好きで、嫉妬までしているのに。
どうして抱いてうやむやにしようとするの。
それは卑怯。
志信さんがもてるのはわかります。
誰が見ても、惹かれるとは思います、でもでも。
そのひとが、アヤを捉えたはずなのです。
アヤに愛を教えてくれたはずなのに。
「俺ばっかりあなたが好きで。・・こんな曖昧なのはイヤだ・・」
言い切ると崩れてしまいました。
テーブルの上に置かれていたクリスマス用のプレートや、籠に盛られたお菓子がガサガサと床に落ちます。
まっしろいマシュマロが床に崩れたアヤの肩に落ちました。
黒いベロアのジャケットに、点々・・と足跡のようにマシュマロが。
「アヤ」
志信さんがアヤの目の前に座りました。
「軽率だった」
ぼそっと呟く許しを請う声。
でも顔を上げれないアヤ。
乱れた襟元を隠すように、うなだれたまま
「どうして!」
アヤが拳で空を切ります。
ぱすっと志信さんが受け止めます。
「・・私の傲慢だ。浮気ではないけれど、アヤ以外のものを腕に抱くのは許されるものではない。でも弟だから、要が私に好意を寄せているのにも気づいていたから」
「だから抱くんですか、・・そんなひとだとは思わなかった!」
「アヤ、」
「俺が・・このイライラした気持の行き場もなくて、どうしたらいいのかもわからなくて・・無駄に過ごした時間をどうしてくれますか?」
志信さんがアヤの拳を解いていきます。
「あなただから。俺は、あなただから・」

アヤは声が出ません。
こみ上げる感情を堪えるのに必死なのです。
泣くもんか。
泣いてたまるか。悔しすぎる。
そんなアヤに、志信さんは・・
ゆっくりと指を絡めていきました。
乱れた襟元を片手で直しながら、「アヤ」
呼びかけると唇を重ねました。
受け入れないアヤに気づくと、小鳥がするようについばんで。
頬にもキスをして、ゆっくりゆっくり・・アヤに近づきました。
「私もアヤしか許せない」
アヤの髪をかきあげて、
「悪かった。こんなに不安にさせてしまった」
「・・見ないでください」
「アヤが大事だ。傍から離したくない」

「愛している」
落ちたマシュマロごと・・志信さんはアヤを抱き締めました。
甘い甘い匂いがふたりを包んでいきます。
「・・やだ」
アヤが鼻声です。
「俺はこんなにわがままなのに?」
「わかっている」
「俺は・・あなたにイラッとしたのに、」
「俺のせいだ」
「もうやだ・・」
ずずっと鼻をすすりながら、
「嬉しいのに・・泣けてくる・」


→→幸せになるんだよ。6話に続きます。


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