5.5.――俺があの店と親密になったのは、バイト探しのネットサーフがきっかけだった。 コンビニやファミレスでは時給が低い。 高額時給で高校生でも雇うバイトを探して、自宅のパソコンと向き合っていた。 安全な掲示板やサイトを渡り歩いたつもりだが、リンク先へ飛んだときに妖しい雰囲気を感じた。 紫色の画面に黒文字で<男のコレクション>とサイト名を大きく書いてあり、いかにも淫靡だ。 そして『十八才未満の方の閲覧はお控え下さい』の注意書きがある。 興味本位で入口から入ると、現れたのは下着販売のサイトだった。 肩透かしを食らった気分で、どうせ女性用だろうと高を括って商品画面を見れば、俺が履いていそうなごく普通のボクサーパンツやブリーフが恥かしげもなく載せられていた。 しかも一枚八千円とある。 どうしてこんなに高いのだろう? 俺が履いている下着は定価で税込み千二百円だ。 八千円も出さずショッピングセンターに行けば、二千円でお釣りが来る。 ぼったくり価格の下着が売れるはずがないと、呆れながら見ていると写真の横のコメントに気付いた。 『十八歳・三日着用・染みなし・状態良好・顔写真あり。希望があれば本人の手紙を添えます』 これは一体、何を意味しているんだ? 俺は再度コメントに目をとおした。 『三日着用』がキーワードだ。まさか使用済みの下着を販売しているのか? 以前ニュースにもなった女子高生が使用したブルマや制服を売るブルセラショップが未だに横行しているようだが、何と男子高生版もあったのか。 しかし男の使用済み下着なんて、変な商売が成り立つのか? 誰が買うんだ? 更に画面をスクロールすると掲示板があり、やけに賑わっている。 『十五歳・高校生です。生脱ぎします。染み付きが希望なら、お触りもアリです。二万円で買って下さい。月曜日に店にいます』や、 『二十一歳・フリーターです。一万円でお願いします。木曜日と金曜日に店にいます』と、信じがたい書き込みが延々と続いていた。 (店舗もあるのか) これを買うのはどんな人だろうか。 理解できない、そもそも『お触り』とは何だ? サイトには堂々と店舗の住所と連絡先が明記されていて、そこは俺の通う高校の近くの歓楽街の一角だった。 俺には変態の趣味はないが、付き合い始めた彼女がいる。 この交際費は母から毎月貰う小遣いではとても賄えない。 俺には軍資金が必要なのだ。 俺がこの店に下着を売ったら幾らになるのだろう? 自然と俺は禁断の領域に踏み込んでいき、メールアドレスをクリックした。 『男子高生です。未着用や、一度履いて洗濯をした下着が十枚あるのですが、幾らで買い取ってくれますか?』 このメールに対してすぐに返事が来た。 『メールをありがとうございます。是非試算したく思いますが未使用は対象外になります。尚、当店は価格が変動するので、お手数ですが下着を持って、ご本人様がご来店下さい。当店の営業時間は十七時から二十二時です』 予想外に丁寧な文面だったので、好感触を持った。俺はすぐに下着を鞄に詰めて、その店に出掛けたのだ。 それは雑居ビルの中にあった。 表札の『黒い妖精』が妖しい一室のインターホンを鳴らすと「開いているわよー」と野太いお姉言葉が返ってきた。 中に入ると玄関の壁に男子校の制服が掛けられていた。 そしてずらりと並んだパイプハンガーには、薄汚れたシャツやボトムが、ビニール袋に入れられた状態で掛けられていてよく見ると海パンまである。 しかし新品では無さそうだ、股の部分がよれている。 「いらっしゃあい」 どう見ても男の店長が出迎えてくれた。 「メールをくれた子? うちでは基本的に洗濯したのは売れないのよねえ」 お姉言葉も引っ掛かるが、使用済みとは、今まで履いていて汚れた状態のままの下着を指すとここで初めて知った。 そんなものを売るなんて考えられない。 汚れたものに価値があるなんて、どんなリサイクルだろう。 「でも、きみの顔写真をつけたら、洗濯したものでも二千円はくだらないわ」 「はあ?」 「きみは自分の魅力に気付いていないの?」 店長がいそいそと手鏡を持ってきた。 「自分の顔をよく見てごらん。目元がぱっちりしていて顔が小さくて顎が尖っている。 ここら辺の高校生では標準以上、セクシー王子系だと思うわよー? よく誘われない?」 「誰に、ですか」 鏡には不機嫌そうな俺の顔が映っている。 何と比較して標準以上なのか意味がわからないし。 「きみの顔写真をつけて売ってもいいなら、下着を一枚三千円で買うけど、どうする?」 「あ、いいですよ」 金に目が眩み、即答した。 本名を付けろというなら却下だが、顔だけならリスクは少ないと甘く考えた。 携帯で簡単に撮った写真をつけ、ビニール袋に入れられた俺の下着は五千円の正札がつけられた。 店の儲けは二千円か。 「では五枚あるから一万五千円。それから、きみ、脱げる?」 「はあ?」 店長の言っていることがわからない。 「今、きみが履いているその下着。脱いでくれたら、そうだなー、八千円で買うわよー」 「え。俺にノーパンで家に帰れと?」 「ボトムを履いているからいいじゃないの。そんなに気にすることはないわ。どう、売らない?」 心の中で葛藤した。これ一枚で八千円なんて、どんなバイトよりも割が良い。 「染みがあれば千円プラスしちゃう」 「……染みなんてありませんよ!」 気持が悪い商売だ。理解しがたいものがある。でも……即金ならおいしい。 「脱ぐところはありますか?」 店の奥に設置された更衣室を指され、俺はその日、三十分足らずで二万三千円を手に入れた。 何処のキャバクラ嬢よりも時給が良い。 売買契約上、俺の名前と連絡先を店の帳簿に書かされたので不安が残るが、こんなに楽に稼げる商売は無い。「またおいでねー」の店長の言葉を受けて翌日も学校帰りに下着を売りに行ったのだ。 6話に続きます。 ジャンル別一覧
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