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ヒロガルセカイ。

ヒロガルセカイ。

12.

12.

静かな寝息をたてる母さんの側でぼんやりしていたら呼び鈴が鳴り、出ると知らない人に籠盛りの果物と薔薇の花束を押し付けられた。
贈り主を聞くと『梁川さん』と言う。

「この辺りで梁川と言えばあの筋の者だよ。お宅はお付き合いがあるんだろう?」
 
 長居は無用とばかりに立ち去られ、俺は玄関先で途方に暮れた。
 籠盛りは母さんの大好きな大粒のイチゴやアップルマンゴー、オレンジで構成されてそれぞれの甘い香りが混ざって咽た。
 
 花束も真紅の薔薇が二十本もある。
家には花瓶が無いので、コーヒーの空き瓶に入るだけ挿して、残りは短く切ってグラスに挿した。
見目は美しいが、触れる度に鋭い棘が刺さり、見舞いの品だろうがいい迷惑だ。

「はあ」
 俺はこんな事しか出来ないと落ち込んだ。
 今日の自分の稼ぎをせめて花瓶に変えたい、それだけでも母さんが喜んでくれる気がした。
財布を出そうと、尻のポケットに手を伸ばしたが何も無い。

「え、まさか」
 慌てて鞄の中や制服、思いつく全てを確認したが財布が無い。
店の前で風雅さんから確かに返して貰ったのにどうしたことだろう。
 クラブと出会いカフェに電話を入れてみたが財布の落し物は無いと言う。
後、考えられるのは……車の中だ。
 すぐに携帯を取り出したが胸が痛くて掛けられなかった。番号を見るだけで泣きそうだ。

「もし、落としていたとしても、届けてはくれないだろうな……」
 
 俺は風雅さんを怒らせてしまったのだから。
 キスをしたところで自分を受け入れてくれる保障は無いのに、俺は振られた経験が無いから押したのだ。
いける、と傲慢になっていたのだ。結果は心がずたずただ。
 
思い返せば悪戯と捉えられていそうなキスをした。
緊張したのだが弁解も出来ない。
もう会えないだろうに風雅さんの姿が頭から離れない。
あんなにクールで時々優しくて、そして俺を叱る大人は初めてだ。
焦がれて惚れたが、俺では相手にならないのか。
「畜生」
 また雫が落ちてきた。自分が情けない。




「紅羽、おはよう。あら、どうしたの。目が腫れているわよ!」
 全然眠れなくて瞼が腫れてしまった。病み上がりの母さんが俺のことばかりを心配して、

「早く瞼を冷やしなさい」と肩を揺さ振る。
 冷水を浸したハンカチを瞼に乗せてぼんやりとソファーに寝そべった。
「あら。ちゃんとハンカチを絞ったの? 水滴が流れているわよ」
「あ、うん」
俺は頬を伝う雫を拭った。同時に、鼻もすすった。
すると果物やら薔薇の香りが鼻腔をくすぐり、くしゃみが出た。
「移っちゃった?」
「違うよ、気にしないで」
 俺は匂いに敏感なのかもしれない。起き上がると上着を着た。鏡を見るとまだ目が赤いが、そろそろ行かないと遅刻だ。
「母さん、行ってきます」

折れた心は自己修復ができるだろうか。

 

放課後になると今日も俺は青田と共に出会いカフェに向かった。
「宝生、今日も一万円稼いだら帰るか?」
「そのつもり」
 財布が戻らないので今はポケットが俺の財布代わりだ。
お蔭で歩く度に小銭の音がする。
 不便極まりないが俺はまだ風雅さんが届けてくれないかと淡い期待を抱いていたのだ。  
何度思い返しても悔しい夜だったが、今も胸に描くのは風雅さんだから。


13話に続きます。

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