13.13.カランカランと鐘を鳴らして店内に入ると、昨日より客が増えている。 舐めるような視線をかわしながら部屋に入り、周りを見渡すがアキラがいない。 「アキラは休みなのかな」 「ここは自由出勤制だからねー」 青田は気に留めていないようだ。 「子豚相手に、大丈夫だったのかな」 「なーにが?」 青田に聞いても無駄だ。俺は部屋を出て店長に聞くと「あー、それね」と鼻で笑った。 「アキラちゃんはホテルに連れ込まれたけど逃げ出したのよ。それであの子豚が金を払ったのに逃げられたって警察に話しちゃってさ、あたしは警察に絞られてクタクタよー」 「この店は摘発されるのですか?」 「やーねー。危ないことはしていないから平気よー。逆に淫行の疑いで子豚が檻の中よ」 本当に買春斡旋をしていないのだろうか。 アキラはあの毅然とした態度からしてホテルに連れ込まれるような奴では無い。 疑惑が頭をもたげるが、部屋に戻りパソコンを見たら十五件もメールが届いていた。 一々読んで返事を書くのは内職感覚だな。構わずに同一文を送ろう。 『カツサンドを食べさせて下さい』と送信して頬杖をついた。 すぐに食べられるかと待っているとメールが届いた。 『褒美をよこせ』と書いてある。カツサンドを注文してやったからお礼を言え、なのか? それにしては脅迫めいた感じだが。 青田に相談してもわからないと言いそうだ。 何せ、俺がカツサンドを頼んだので、おこぼれがあると目先の事で喜んでいるのだから。 (褒美か) 下着姿を見せて挑発したアキラを思い出した。そういう事だろうか。 脱ぐのは抵抗があるが、ベルトを外したら次々とメールが舞い込んでくる。 しかもどれも脱衣を促すばかりで背筋が寒くなる。 相手に出来ないのでわざとスルーした。 十分程過ぎたのでそろそろカツサンドが届いたかと部屋を出たら、信じがたい光景が目に飛び込んできた。 帰ろうとした男子を客がドアの前で待ち伏せして交渉をしているのだ。 「何だよ、あれ」 青田を呼んだがマンガに夢中で返事もしない。それを無理矢理に引っ張って、見せた。 「ああ。あいつは前にも自宅までつけられたと言っていたなー」 「客に?」 「それ以外に誰がいるんだよー?」 様子を見ていると店長が出てきた。仲裁するのかと思いきや、男子に札を数枚握らせた。 「え!」 男子は鞄に札を突っ込むと外に出た。 客は店長に凄まれ、財布からお金を出そうとしたが財布ごと店長に取り上げられている。 カツアゲじゃないか! こんな所に深入りしたら危ない。俺はようやく目が覚めた。 いくら客をスルーした所で、この店の出入り口は一つしかない。身の安全の保証は無い。 「俺、帰るわ」 「え! まだ一時間くらいしか……」 俺は鞄を抱えて店長に「急用がある」と嘘をつき、外に出ようとしたがドアの前で数人の客に取り囲まれた。 「クレハちゃーん。どこ行くの? 代価をまだいただいていないよー?」 「おまえ目当てに来て、こちとら入場料だけで一日五千円も払ったんだぜ? それ相応のサービスをして貰わないと困るなあ」 「カツサンドは食べないのかな?」 血走った目が俺を射抜いた。店長に助けを求めようと振り返ったが店長は傍観していた。 その態度で俺は確信した。店長は買春の斡旋をしている。 俺がこの連中に屈したら札を握らされるのだ。 「おいおい、クレハちゃん。何とか言えよ」 ばしりと肩を叩かれてよろけた。じわじわと間合いを詰められている。 「一人を選べないなら乱交でも良いぜ」 「決まりだな。おい、店長!」 何が決まりだ、信じられない。 「俺は体を売る気は無い!」 「生意気だなー。客に逆らうのか」 胸を突き飛ばされて怒りが頂点に達した。 道を塞いでいた客の腹を蹴って横倒し、ドアを開けようとノブを掴んだ。 「わ、こいつ!」 後ろから襟首を掴まれてぐいと引き寄せられた。その容赦ない力に息が一瞬出来ずに咽た。胸を押さえながら呼吸を整えていると、俺の手に何かが押し込まれた。 「は……」 一万円札が五枚だ。 「初心じゃあるまいし、揉め事は沢山よー」 店長だ。どうして笑っているのだろう? 「斡旋、しているじゃないか!」 俺が叫んだと同時に、カランカランと鐘が鳴り、ドアが開いた。 この隙に逃げようとしたら店長に腕を掴まれた。 「おい、店主。離してやれ」 (この声って) そこに風雅さんが立っていた。 威圧感を与えるその風格に慄き、店長が俺を解放した。 「ふ、がさん」 風雅さんは咳き込む俺に構わず店内に入ってきた。 「店主。ミカジメ料を徴収に来たぞ」 「あ、は、はい!」 店長が慌ててレジを開けて札を数えている。 客は風雅さんに威圧されて、俺に手を出し損ねたまま棒立ちだ。 今のうちだ。俺は札を床に叩きつけ、風雅さんをすり抜けて店を出ようとした。 「宝生クレハ。そこで待っていろ」 14話に続きます。 |