14.14.風雅さんの低い声に驚いて振り返ると、あの涼しげな眼は怒りを帯びて俺を刺した。 「なんですか」 「言うことを聞かない奴はお仕置きだ」 外に足を向けると誰かにぶつかった。 「風雅の兄貴の言うことを聞け」 「坊、お母さんを泣かせる気か?」 昨日の黒いスーツの男たちだ。 「泣かせるつもりなんか無い! 俺は早く稼いで母さんを楽にさせたいと思っただけだ」 俺が叫ぶと、聞きなれた靴音がした。見返ると顎を掴まれた。 「手段が間違っている」 ぴしゃりと頬を平手打ちされてしまった。 「痛い! 腫れたらどうしてくれます」 未だ嘗て親や親戚、彼女にも平手打ちなんてされた事が無い。 後からじんじんとくるこの痛みに憎しみすら生まれそうだ。 「ここに立ち入るなと言ったはずだ。弁解よりも先にその瞼の腫れの原因を聞こうか?」 俺を見下す言い方に感情を逆撫でされた。 「……もうひいたと思ったのに」 頬を押さえたまま睨むと、風雅さんは俺の襟首を掴んで引き寄せた。 「キスも知らないから落ち込んで泣いたのだろう? 可愛いところがあるじゃないか」 「……勝手に決めつけないで下さい! あれは、あ。その、そんなつもりではなくて!」 昨日のことを思い出すと歯切れが悪い。 「強気だな。本当に興味をそそられる」 風雅さんは俺を離すと、スーツの上着の内ポケットに手を入れた。 一体何を出すのかと息を呑むと「ほら」と財布を差し出された。 「シンデレラはガラスの靴を落として王子様の気を惹いたが、このお姫様は大事なものを落としては私に拾わせる。この中にはルリさんが働いて得たお金からのこずかいが入っているだろうに、無頓着。全く、呆れた子だ」 届けて貰った感激よりも、罵られて悔しい思いが先にたつ。 唇を尖らせながら受け取った財布を握り締めた。 「無頓着ではないです、凄く捜しました!」 「よく吼えるな。煩い子だ」 そこに店長が封筒を持って近寄ってきた。 「今月分です、梁川さん」 風雅さんは封筒を受け取るとすぐに他の黒いスーツの男に手渡した。 「店主。昨日はまたヘマをしたな。深夜に警官の下端が大きな面をしてオヤジサンに会いに来た。誤魔化してやった礼をよこせとなあ。吐くまで酒を飲ませて記憶を飛ばしたが、次は無い。商売を見直せ」 「は、いや、あたしは何も」 店長は怯えて、その眼は泳いでいた。心当たりがあるのに黙りでやり過ごす気か。 「アキラのことでしょう? 斡旋していないなんて大嘘つきだ。俺達を騙したな」 「おまえだって大人を騙した口だ」 風雅さんの冷静な声音に立ち竦んだ。 「ぬれ手で粟だっただろうが、それで親に胸張って稼いだと言えるか。一晩で万単位の金を手にしたら余計に心配させるだろう!」 その一喝に、俺は二の句が継げない。 「こんな店で働いたら代価を要求されるのはわかっていたはずだ。忠告したのに、そこまで落ちたいのか?」 怒られ続けたが自分が悪いとわかっている、それなのに悔しいのか瞳が潤んできた。 「この店を辞めろ」 「言われなくても……」 自分を安売りするつもりは毛頭無い。 「店主、聞いたな。クレハの契約書ならびに個人情報をここに持って来い。全部破棄だ」 そして客の灰皿の上で契約書を燃やした。 「これでこの店との関わりは一切無い。行くぞ、クレハ。送ってやる」 ライターをしまいながら俺を見下ろすその視線が憎らしい。 「結構です。歩いて帰れます」 「今度は涙目か。本当に表情が変わるな」 「構わないで下さい」 涙を零さぬように目を瞬かせ、天井を見上げて気合で乗り切った。 ふう、と溜息をつくと風雅さんが俺をしっかり観察していた。 「面白いな。そうやって涙を止めるのか」 「涙なんて出ていません」 「強気も良いが一人歩きは危険だ。ここの客に襲われるぞ。守ってやるから来い」 優しいのか冷たいのかわからない。背を向けられて、拳骨で叩いた。 「……風雅さん!」 「誰でも間違う時はある。気付いてさっさと修正すれば良いんだ。宝生クレハ、死んだ父親に誇れるよう羽ばたかないと名が廃るぞ」 「……どうして、それを?」 風雅さんは見返り、微笑んだ。そして俺の拳骨のままの手を取り歩き出した。 「惚れた相手のことを調べたらいけないか?」 15話に続きます。 |