2008/12/02(火)16:27
凍結オレンジ。アンタゴニスタ1.
大叔父の家の縁側に腰掛けると、中庭の落葉が見られます。
夏はあんなに活き活きとした緑色の葉を見せていたのに、
秋の色に染まったのかくすんだ茶色に変わり、
しかも踏むと何かを壊したようにガサッと聞こえます。
なかなか風流なのですが、アヤは見飽きた様子です。
季節を愛でるのは年を重ねてからで結構だとばかりに立ち上がると、
ひざ掛けを持っていた男衆に「車は出せる?」と聞きました。
「アヤさん、外出は禁じられていますよ」
「少しくらいなら、いいだろう?」
「いけません、アヤさんにもしものことがあれば…」
男衆は言いかけて口をつぐみます。
アヤが外出して、騒動にならなかった日は無いのです。
「とにかく、無理です。諦めてください」
男衆は精一杯です。
その表情を見てようやく諦めたのか、アヤは部屋に向かって歩き出しました。
男衆はその背中に安堵して、自分の持ち場である門の見張りに戻ります。
アヤは、ふと見返りました。
誰もいないのを見計らって中庭で靴を履くと、
そのまま裏門から外に出てしまいました。
しかし数分歩いただけで嫌になります。
車での移動に慣れてしまったせいか、目はタクシーを探します。
けれどこの不況のさなか、町を徘徊するタクシーはいません。
この我侭な子が諦めてまた歩き出しました。
目指すは街です。そこで買い物をしたいのです。
大叔父の家に入ってから、毎日スーツなので辟易しているのです。
たまには普段着でもいいだろうにと、アヤは溜息をつきました。
じきにお目当ての店が見えてきて、
アヤは開放されたような気持ちになりました。
長財布の中には、志信さんから貰ったお小遣いと、
酔った大叔父がくれるお小遣いが入っています。
いつも以上に服が買えそうな期待に胸を膨らませていると、
「新垣!」と声をかけられました。
苗字で呼ばれるのは久し振りです。
思わず振り返ると見知らぬサラリーマン風情の男がいました。
「誰?」
「覚えていないか、俺だよ。永哉(ひさや)」
「ひさや?」
「幼稚園から小学校・中学校と、一緒だったじゃないか!」
「…へえ」
アヤの記憶の中には、胡散臭いサラリーマン風情の男はありません。
「ああ、わかんないか。俺、すこし痩せたから」
「あ―!子豚の永哉か!!」
…小学生といいますか、子供は残酷なあだ名をつけるものです。
永哉もその餌食でした。
アヤは「あーや」と呼ばれた程度で、助かりましたが。
「思い出してくれた? あ、お茶でも飲まない?」
「はー…」
そういってナンパしてくるチンピラを相手にしているので、ここでも警戒します。
「いいじゃないか、奢るから!」
「そういう意味じゃないんだけど。俺、時間があんまり無いから」
「そっか。じゃあ、電話してよ」
差し出した名刺には『株式会社ヤマモト 営業・田口永哉』とあります。
勿論、個人の携帯番号もありますが、アヤはその名刺を見て愕然としました。
株式会社ヤマモトとは、架空会社なのです。
つまり、表向きは会社を名乗りますが実態は極道もの。
アヤが知っていたのには理由があります。
大叔父が酔った席で、アヤに「どうにも潰せない組がある」と、
つい最近話をしたばかりだからです。
――「淘汰してくれるわ」
大叔父はそう言って天井を睨み付けました。
何か怨恨が絡んでいるとアヤは思いましたが、黙っていました。
潰す組に昔の友人がいる。
アヤは複雑な思いを抱えて、衝動的に駆け出しました。
「新垣ー?」
永哉の声にかぶってベンツのクラクションが鳴ります。
そしてスモークの窓から「アヤさーん!!」と黒ずくめの男達が叫びます。
「新垣…アヤ?!」
永哉がその名を知らぬはずはありません。
昔の友人ですし、その道のものならこの一帯を仕切る極西のものとわかります。
「極道か!」
永哉が目をかっと開いて、走っていくアヤの背中を睨みます。
アヤは鋭い視線を感じますが振り返りませんし、永哉も追いません。
この先の未来に、抗争が待っていると知ったからです。
2話に続きます
久々のアヤです。楽しんで頂けたら幸いです。