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カテゴリ:歴史・現代考察
先日、「365歩のマーチ」の解釈の難しさは魏志倭人伝の解釈の難しさに通じるというのを書いたんですが、書いた後に邪馬台国の論争本を読みたくなって手にとったのがこの本です。
東大の白鳥説や京大の内藤説という学閥・学説争いだけではなく、在野の郷土史家の奇説も取り上げており、その説の概略を読みやすくまとめてあります。 邪馬台国の候補地は日本中あちこちにありますが、その中には「これはないだろう」という場所も邪馬台国候補地に名乗りをあげています。 具体的には、四国の山地全体が邪馬台国であったという説や、(先日、世界ふしぎ発見でも紹介された)東南アジア説、昔読んだ本の中であった福島県八幡平説なんかは、自分の感覚的には「ありえないだろう」という説です。 しかし、この本で紹介されている、それらの説の根拠を読むと 「なるほど、そんな考え方も出来るのか」と頷くところまではいきます。 例えば東南アジア説ですが、倭人の説明の中に「麻、絹、綿を産す」という件に注目し、日本列島への伝達が鎌倉時代であったはずの「綿」が書かれているのはおかしい(木綿の原産は東南アジア及びインド)と主張し、中国人から見た「倭」は東夷すべてが含まれるという解釈で説明しています。 この説でいくと、魏志倭人伝をそのまま読むと邪馬台国は東シナ海になってしまうという疑問が何の問題もなく解消されてしまいます。 また、当時の中国が三国時代であったことに注目し、南方を押さえた呉の勢力圏を抜けるため、魏への朝貢は沖縄-九州-朝鮮ルートでなされたと主張しています。 当時の東南アジアの人々にとって、中国の正統王朝である魏へ朝貢するメリットがあったかは疑問ですが、説明としては理にかなっています。 この邪馬台国・・・やはり古代史ロマンをかきたてるのは、所在が不明というところでしょう。 日本版「アトランティスの謎」といったところでしょうか。 昔読んだトンデモ本の中には 「魏志倭人伝の記述はすべて正しく、日本の地盤プレートの移動により日本列島そのものが変化してしまった。昔は日本の大和地方は九州の南にあった」というのもありましたが・・・これは学説と言うよりMMRの世界ですね。 自分としては、大和の纏向遺跡の構造(日本各地の文化が時代ごとに集中している)から考えて、纏向遺跡=邪馬台国説ですね。 そう考えると、大和政権と邪馬台国の系譜の問題が生じ、古事記になぜ邪馬台国が記載されなかったのかとか楽しい謎が増えてきます。 一度はゲームで「邪馬台国はどこにあったのか?」という謎解決シナリオでもやってみたいものです。 クトゥルフかゴーストハンターですかね・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.06.01 17:37:24
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