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信濃路見聞録 陽だまり

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2004年11月06日
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カテゴリ:生活

もうすぐ母と別れた日がやってくる。

8回目の命日。


亡くなっていったのに

どうして「いのちの日」というんだろう。



人はこの世に生を受けてから

お母さんのお腹の中で

十つき十か

水の中の生活をする。



それからこの世での90年ほどの生活。



そしてその後はまた新たな人生を

あの世で迎えるという。


今度は永遠に・・・・・。





母は面白い人だった。

父とはいい勝負。

商店街の人気者で

「ねぇちゃん、ねぇちゃん」と呼ばれて

ちょっとした有名人のよう。

貧乏な中、4人の娘を育ててきた。

貧乏だったけど

根っから明るい人だった。



だけど晩年は病気との闘いで辛かったと思う。



しかし辛いとは一言も言わなかった。



危篤で駆けつけた私に

小遣いまでくれようとした。



いったん回復したが今度は違う病気で入院。



長野から大阪まで

月に2回は見舞いに通った。




「こんな病気になって嫌やておもた?」




そんなぶしつけな私の言葉に

「いいや」と答えた母。



「じゃぁまた来るわな」




それが母との最後だった。



母は私が長野に着いた頃

亡くなった・・・・。




8年経ったけれど

何も変わっていない私。



いまだに母が恋しくて

恋しくて・・・・・












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最終更新日  2004年11月08日 01時13分22秒
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