605.陸軍撃墜王列伝(25)ドーンという衝撃音とともに弾丸が白焰を吐きつつ砲口を飛び出した
(カモメ)戦隊長・阿部勇雄中佐は、樫出中尉の報告を受けると、すぐに戦闘指揮所に入り、指揮をとりはじめたのです。(ウツボ)「敵大型機編隊、朝鮮、釜山上空を、東南進中。命令、各隊は緊急姿勢に移行すべし」。戦隊の拡声器が興奮を帯びた口調で新情報を伝えた。(カモメ)その後、出動命令が出ました。後方同乗者の田辺軍曹とともに、樫出中尉は、<川崎・二式複戦「屠龍」双発複座重戦闘機>で離陸し、午後十一時十八分要地上空に達しました。高度は所定の三〇〇〇メートル。(ウツボ)「敵大型機編隊、高度五〇〇〇、対馬上空、東進中」と情報が入ってきた。樫出中尉は直ぐに上昇に移った。(カモメ)樫出中尉は、「只今より試射する」と田辺軍曹に伝えました。同時に編隊各機に、三十七ミリ機関砲を北方の海上に向かって、一発ずつ発射することを指示しました。引鉄を引くと、弾丸が砲口から青白い炎を吐いて、機体に相当な衝撃を残して飛び出しました。(ウツボ)敵編隊は高度四〇〇〇メートルで、要地上空に侵入してきた。戦隊長の攻撃命令が出され、同時に、照空灯がさっと一斉に照射された。(カモメ)敵機の巨体が夜空に浮かび上がりました。数十本の光芒が敵の一番機に集中しています。初めて見る敵は四発の大型機<ボーイングB-29「スーパーフォートレス」(超空の要塞)四発大型爆撃機)>でした。想像していたより遥に大きかったのですね。(ウツボ)そうだね。四発だから巨体だ。敵は機体を照射させたまま、ゆうゆうと侵入してきた。樫出中尉は「この野郎!」と独り言を言った。敵の攻撃目標は、工業都市、八幡であろうと樫出中尉は推察した。(カモメ)刻々と樫出中尉は敵機に近づきました。敵機は若松手前の海岸線上空に達した時、突然、照明弾を投下しました。草木も眠る丑三つ時の漆黒は、一瞬にして真昼の如く照らし出されて、八幡市街は完全に暴露されました。もはや一刻も早く先制攻撃あるのみだったのです。(ウツボ)待機中の第一攻撃隊長・小林公二大尉から、「敵機発見、若松上空、高度四〇〇〇、只今より攻撃」と無線放送が聞こえた。(カモメ)続いて、西尾判之進准尉機から「敵機発見、戸畑上空、高度四〇〇〇、只今より第一撃」と無線放送が入りました。(ウツボ)敵の爆撃法は、単縦陣で目標上空に侵入してくる。これは邀撃する味方機にとっては、まことにお誂え向きの陣形だった。(カモメ)味方の照空灯は、単縦陣で入って来る敵機を、一機ずつ補足して一機も逃さず、三本の光芒をもって、整然と敵機を捕捉照射してくれるのです。(ウツボ)敵の三番機は、若干遅れながら、若松方向から八幡上空に侵入し、さらに、樫出中尉の待機する空域に最も近づいてきた。(カモメ)「樫出、敵機発見、大型四発機、若松上空、高度四〇〇〇、ただいまより接敵」と無線放送を終えると、樫出中尉は高度四二〇〇メートルより、機首を若干突っ込み加減にして、直前方突進し、敵機の直前下方に入って占位しました。(ウツボ)すぐに愛機の標識灯(友軍機である旨の標識)を点滅(地上に対して攻撃に入る旨の表示)させながら、さらに突進を開始し、距離約一〇〇〇メートルまで接近して照準眼鏡を覗いた。(カモメ)続いて、精密照準に移り、距離五〇〇メートル付近に近接した。樫出中尉は、小型機同士の空中戦闘の経験はあったが、今度は大型機です。その上、夜間です。心構えも、空戦技も、一工夫を要すると思いました。(ウツボ)距離が二〇〇メートルに詰まった時点で、樫出中尉は、後席同乗の無線士・田辺軍曹に「おい、田辺、撃墜するぞ」と、伝声菅で声をかけた。(カモメ)田辺軍曹の緊張した声が、跳ね返るように聞こえて来ました。「はい、教官殿、頼みます」。樫出中尉は<ボーイングB-29「スーパーフォートレス」(超空の要塞)四発大型爆撃機)>との距離をさらに詰めたのです。(ウツボ)敵機は照準眼鏡から完全にはみ出している。樫出中尉は歯を噛みしめて、ぐいぐい肉薄した。射距離八〇メートル! 「よーし、撃つぞ!」と、気合をかけた。(カモメ)同時に三十七ミリ機関砲の引鉄を引きました。三十七ミリ砲は、<川崎・二式複戦「屠龍」双発複座重戦闘機>の誇る唯一の大型砲ですね。(ウツボ)そうだね。一発必中! ドーンという衝撃音とともに弾丸が白焰を吐きつつ砲口を飛び出した。機体に若干の衝撃を残して。弾丸はまっしぐらに敵機の左翼取り付け部付近に命中した。(カモメ)これは敵機の致命傷部であったようです。敵機はそこから火を発し、その火はたちまち拡大したのです。この時、樫出中尉機と敵機の距離は、わずかに五〇メートル、衝突寸前でした。(ウツボ)<ボーイングB-29「スーパーフォートレス」(超空の要塞)四発大型爆撃機)>の巨体が覆いかぶさるように迫って来た。