意外な戦史を語る~ カモメとウツボのメクルメク戦史対談

2015/07/23(木)21:43

344.戦争と文学・陸軍(4)のらくろというのは、実は、兄貴、ありゃ、みんな俺の事を書いたものだ 

戦争と文学・陸軍(20)

(ウツボ)小林秀雄は、「漫画」という作品の中で「のらくろ二等卒」について次のように述べている。 (カモメ)読んでみます。「世間には、作者田河水泡は、戦犯だと思っている人も、存外多いかも知れないが、作者に『のらくろ』の続き物の執筆を禁じたのは軍隊であったのを知っている人は、少ないだろう」 (ウツボ)「『のらくろ』のあのだらしない行動は、皇軍を侮蔑するものである、まさかそんな大人気ない事も言うことはできなかったが、その内に、情報局は、うまい口実を見つけた。それは、凡そ次のような次第であった」 (カモメ)「『のらくろ』が書き始められたのは昭和六年だが、この新兵は大尉に昇進するのに十一年かかっている。『のらくろ』をひいきにしている子供たちは、『のらくろ』が早く出世すればいいと思っていた」 (ウツボ)「作者にしてみれば、それは判っているが、出世させるのも考えものなのであった。上官になっては、新兵なみに馬鹿な失敗もそうそうできない道理だから、そこで、しぶしぶ出世させることにして、大尉になるのに十一年かけた」 (カモメ)「さて、次は少佐という順序だが、どう考えても少佐では拙い。一方、『のらくろ』ファンの勢力は、一向衰えなかった。軍隊をしくじらせ、浅草あたりで、おでん屋でも開かせる外はあるまい、と作者は考えた。それが、対戦の盛期である」 (ウツボ)「『のらくろ』大尉は、悶々として満州に渡った。大東亜の共存共栄が、当時の政府の掲げた理想であり、『五族協和』は満州の憲法であった事は、誰も知るところだ。勢い、『のらくろ』も、満州に行くと、仲間以外の付き合いもしなければならず、といって、作者としては、漫画の構成上、人間を出すわけに行かず、ロシア人めいた熊や、朝鮮人めいた羊や中国人めいた豚を登場させる仕儀となった」 (カモメ)「ある日、作者は、情報局に呼び出されて大目玉を食った。ブルジョワ商業主義にへつらい、国策を侮辱するものである。特に、最友好国の人民を豚とは何事か。翌日から紙の配給がなくなった」。 (ウツボ)以上が「のらくろ」中止に至る内訳話だ。少年倶楽部が『のらくろ』の連載を打ち切ったのは昭和十六年十月号だ。太平洋戦争が起こる二ヶ月前だね。 (カモメ)当時の子供たちは、どのような経緯で連載が終わったのか知らなかったが、戦後の小林秀雄氏のこの文章を読んで初めて明らかにされたのですね。 (ウツボ)そうだね。だが、小林秀雄氏によれば、義弟の田河水泡氏が『のらくろ』を続けられなくなったのは、軍部に執筆を止められた他にも事情があった。これについて、小林氏は次のように述べている。 (カモメ)読んでみます。「外で、『のらくろ』発禁事件が起こったのと同時に、彼の内では、愛犬失踪事件が起こった。この二つの画を重ねて、透かして見ることは、実に難事だったのである」 (ウツボ)「前の事件は、消えたが、後の事件は、彼の心のうちに、尾を引いていた。いや成長を続けたと言っていいかも知れない」 (カモメ)「彼とは、たまに会うと、酒を呑み、馬鹿話をするのが常だが、ある日、彼は私に、真面目な顔をして、こう述懐した。『のらくろというのは、実は、兄貴、ありゃ、みんな俺の事を書いたものだ』」。 (ウツボ)この小林秀雄氏の文章から、『のらくろ』が田河水泡氏の自伝であり、私小説であったと聞かされて、多くの読者は意外に思った。だが、この漫画には真実味が感じられ、なるほどと納得したのだね。 (カモメ)次は、昭和十六年十二月八日の太平洋戦争の勃発、真珠湾攻撃を皮切りに、マレー作戦など南方作戦について、当時の文学者の心境や論評を見ていくのですね。 (ウツボ)そうだね。最初に、前述の小林秀雄氏の太平洋戦争開戦当時の心境を見てみよう。「現地報告」第五十二号(昭和十七年一月)に「三つの放送」と題して、小林氏は次のように述べている。 (カモメ)読んでみます。「『来るべきものが遂に来た』という文句が新聞や雑誌で実に沢山使われているが、やはりどうも確かに来て見ないと来るべきものだったという事が、しっかり合点できないらしい」 (ウツボ)「『帝国海軍は、今八日未明西太平洋に於いてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり』いかにも、成程なあ、という強い感じの放送であった」 (カモメ)「一種の名文である。日米会談という便秘患者が、下剤をかけられた様なあんばいなのだと思った。僕等凡夫には、常に様々な空想で徒に疲れているものだ」 (ウツボ)「日米会談というものは、一体本当のところどんな掛け引きをやっているものなのか、僕等にはよく解らない」 (カモメ)「よく解らないのが当たり前なら、いっそさっぱりして、よく解っているめいめいの仕事に専念していれば、よいわけなのだが、それがなかなかうまくいかない」

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