130.大本営発表(10)大本営の中枢である戦争指導班長でさえ、このような認識だった
(ヒラメ)では台湾沖航空戦の真実の戦果は、どうだったのでしょうか?(カモメ)「大本営発表・海軍篇」(青潮社)によると、空母35隻を含む米軍の艦隊の損害は、なんと日本軍による撃沈はゼロだった。巡洋艦ヒューストンとキャンベラの二隻を大破させただけだったんだ。米軍の飛行機も1機も撃墜していない。これが真実の戦果でした。(ウツボ)だが大本営参謀も、当時、この真実の戦果を知っていて嘘の大戦果の発表をしたわけではない。現地部隊から上がってきた報告に基づいて発表を行なった訳だ。(カモメ)そうですね。例えば空母六隻撃沈の報告が現地の部隊から上がってきて、大本営が疑問に思って「三隻位ではないのか?」と問い合わせても、「そんなことはない」と反論されれば、打つ手がないのです。なにしろ、日本の大本営にいて、戦場にいないのですから。(ヒラメ)否定する根拠がないのですね。(ウツボ)現地部隊からの報告を否定できないから鵜呑みにせざるを得ない訳だ。それに景気のいい話は国民に発表しやすい。だから嘘ではないかと徹底的に調査することをしない。(カモメ)「幻の大戦果・大本営発表の真相」(NHK出版)によると、現地の攻撃部隊の航空参謀として実際に鹿屋基地で戦果判定を行なっていた田中正臣氏の話が掲載されています。(ウツボ)それによると、報告を受けた場合に、搭乗員の戦果を確信もないのに否定すると、「どういう理由でおまえはそういうふうに、これ当っとらんと言うのか」と言われたそうだ。(カモメ)否定したら、その否定したところの部隊長が「そうなに言うならおれが腹切ってでも保証する」と言ってきた。(ウツボ)「当たっていないと言うなら、おまえ証明せい」とも。「本当におまえの言うとおりだったら、おれは腹切る」と言われたら、引っ込まざるを得なかった。このように田中正臣氏は証言している。(ヒラメ)う~ん、そういったスタンスで、戦果報告が決定していくなんて、信じられません。まるで恐喝や脅しで戦果が確定していくみたいじゃないですか。(ウツボ)それはね、日本軍も、この時点では敗戦を重ねて、戦況は厳しい状況だった。それを一番肌で感じていたのは前線部隊の兵士やパイロット達だったはずだ。ところが、そのパイロット達やその上官達が、このような報告をするというのは、当時はまさに末期的症状だったといえる。(カモメ)大本営海軍部の情報参謀だった吉田俊雄氏は、「国民に真相を告げた場合は、軍部に対する批判が巻き起こる危険を恐れたのではないか」と述べていますね。(ウツボ)そう。日露戦争のとき賠償金が少なかったといって国民が怒って騒動になりましたね。群集が焼き討ちをしたりした。担当者の家に肥桶をぶっかけたり。当時の指揮官の留守宅も滅茶苦茶になったそうだ。そういう状況があったのだね。(カモメ)「大本営報道部」(光人社NF文庫)によると、種村大本営戦争指導班長の「大本営機密日誌」には次の様に書かれています。(ウツボ)読んで見よう。「本日(昭和十九年十月十二日)、台湾沖海戦における海軍航空隊の大戦果が発表され、久しぶりに、軍艦マーチが放送の電波にのって鳴り響き、天皇陛下より御嘉賞の勅語さえ拝した」(カモメ)そして、この後に(註)として「後日これ等はすべて幻想ともいうべき実在しない海戦であったことが判明した」書かれていますね。(ウツボ)大本営の中枢である戦争指導班長でさえ、このような認識だった。「組織のもろさが、これほどまでとは」と記されている。(ヒラメ)大本営の中心にいる人物でさえ、真実を知らなかったとは、不思議といえば不思議なことだったですね。(ウツボ)そうだね。「組織のもろさ」とは、今で言うセクショナリズムの弊害だね。少しニュアンスは違うが、陸軍でも軍の中枢である司令官または師団長と、参謀長が余り話し合いをしなかったという例もある。(カモメ)今の会社でも、会社員どうしで、話す人とは話すけど、話さない人とは一日中口をきかなかったりすることは多々ありますね。(ウツボ)ああ、それは人間の根本的な話だね。その場合は価値観の相違から、そのような現象が出てくる。価値観を共有する人とは、コミュニケーションを頻繁にとる。本能的なものだね。(ヒラメ)確かに話がかみ合わない人と話すと、相手の言うことが理解できないから、うわべだけで話を合わす、ということもありますね。(カモメ)しかし、それもだんだん疲れてきて、やがて遠ざかっていく。(ウツボ)本能に従えばそうなる。人間の一番身近な夫婦だってそうだ。おしゃべりもするが喧嘩もよくする夫婦はかえって長持ちする。(カモメ)逆に、会話がない、喧嘩もしたことがない夫婦というものは、どうなんでしょうか。(ウツボ)そんな夫婦が一度喧嘩したら、すごいことになるのではないかね。(カモメ)そんな大喧嘩を避けるために、夫婦間でお互いに大本営発表をやり始めたりして。(ヒラメ)そんな、夫婦間で大本営発表なんて、わたし、いやだな。(ウツボ)ハハハ、そんなことしたら、まさに夫婦の危機だね。ところで、ヒラメ、「意外な戦史を語る」の対談に参加して、どうだった? (ヒラメ)お二人とも、意外と早口で、話がどんどん先に進んでいきましたので、ついていけなかったかも。でも、戦史の真実というのは、残酷ですね。溜息が出ます。 (ウツボ)確かにね、残酷だね、現実は。でも、ヒラメは初めてにしてはよく頑張ったと思う。ありがとう。 (ヒラメ)こちらこそ、ありがとうございました。(カモメ)現実は残酷ですけど、俺は戦争映画になると、ヒーローがいたりして、感動したりしますけど。 (ウツボ)感動ですか。映画はたとえ、真実を描くといっても、やはり作り物だと俺は思ってしまう。現実ではない。「現実暴露の悲哀」と「落ちた偶像」という言葉がありますよね。 (カモメ)はあ、「落ちた偶像」ですか、確か映画がありました。かなり古い映画ですね。 (ウツボ)映画、あったね。それでね、「現実暴露の悲哀」というけどね、最初から隠さなければ、悲哀はない。「落ちたと偶像」にしても、もともと偶像というのは宗教的な意味だけど、例えばある人物とすると、それは落ちたのではなく、それこそ最初からその位置にいた人だ。暴露するにしろ、落ちるにしろ、結局は真実が見えたということに過ぎない。違いますか? (カモメ)あの、ウツボ先生、失礼ですが、話が広がりそうなので、これぐらいにして、終わりにしましょうよ。弁当とビールをこちらに持ってきますので。 (ヒラメ)私も手伝います。おなかすいちゃった。 (ウツボ)そうか、わかりました。弁当とビール。これが現実だね。俺、今日は徹底的に飲むからね。 (ヒラメ)では、私も、徹底的に飲みます。 (ウツボ)だめ、だめ。ヒラメは、ほどほどにね。お母さんがあとから迎えに来るのでしょう。 (ヒラメ)大丈夫です。今夜は飲んで、ウツボ先生に、大本営発表ではなく、私の真実を見せてあげます。 (ウツボ)ええっ?ドキッとしたけど、しかし、それは本音で語り合おうという意味だろうね。(ヒラメ)あっ、ハイ、そうですね、そういうことですね。(ウツボ)嬉しいね。ヒラメと胸襟を開いて語り合えるのは。 (カモメ)ハハハ、飲み終わって、ウツボ先生の脳裏に、「落ちた偶像」という言葉が浮かんでこなければいいのですが。 (ヒラメ)カモメくんには、ビールついであげないから!ハイ、ウツボ先生どうぞ。 (「大本営発表」は今回で終わりです。次回からは「サイパン島の玉砕」が始まります)。