40.2.26事件(10) プスッという弱装薬を使った銃殺用の射撃音が聞こえた
(ウツボ)青年将校の処刑の時、代々木練兵場の方から小銃、機関銃の空砲の音がひっきりなしに聞こえてくる。大蔵大尉は、しばらくして空砲の音に混じってバリバリという実包の音が、かすかながら聞き分けられたというんだ。(カモメ)空砲の音と実包の音は、軍人は聞き分けられるのですね。(ウツボ)そうだろうね。訓練でやっているからね。(カモメ)その時大蔵大尉は「殺られた」思わず叫んだ、とあります。二回目、そして三たび「万歳」の声が起こった。「大蔵さん、さよなら~」安田優少尉の声が明らかに聞こえたとき、大蔵大尉は返事をすることができなかった、と記されています。(ウツボ)「恋闕(れんけつ)」(日本工業新聞社)の著者の黒崎貞明氏は元陸軍中佐で、中尉のとき2・26事件に連座し逮捕され東京代々木の陸軍衛戍刑務所に収監された人だが、やはり、処刑時のことを記している。(カモメ)彼は、後で軍法会議に送致されたが不起訴になりましたね。(ウツボ)そうだね。同志ではあったが、決行にはかかわっていなかったからね。(カモメ)黒崎よると処刑の時、7月12日ですが、処刑される同志が黒崎の監房の前を通り過ぎていく。安田優は黒崎に向かって「死ぬなよ。後を頼むぞ」と強い口調で叫んだと記しています。(ウツボ)ただニヤッとこちらを向いて笑って去った栗原中尉の顔は今でも忘れる事はできない、とも記している。(カモメ)最後まで栗原らしい態度ですね。(ウツボ)そうだね。処刑場は黒崎の居る監房の50メートル先位のところだ。「はるかに響く演習の小銃、軽機の射撃音と喚声の間に天皇陛下万歳という叫びと、栗原と思われる詩吟が聞こえてきた。(カモメ)まもなく、プスッという弱装薬を使った銃殺用の射撃音が聞こえた。それが幾たびか聞こえて、やがて静かになった。ひとつ置いた北さんの房からは、ひときわ高い読経が流れてきたと。(ウツボ)その時、ただ瞑目して刑場の方向に向かって正座した黒崎は、怒髪天を衝いていた。ようやく我に返って暑さを感じたとき、蝉の声だけが聞こえた。冷たい汗が腰まで流れていた」と記している。(カモメ)黒崎はしばらくして、向こう側に村中と磯部が生きているのを発見した。「ドウシタノデスカ」と信号を送ると「マダコロサレナイ」という返事が返ってきた。(ウツボ)村中と磯部は北と西田との関係で刑の執行が遅らしたんだ。随分むごいことをするものだ。(カモメ)「最後の青年将校~二.二六事件への挽歌」(読売新聞社)によると、著者の大蔵大尉は15名が処刑された後の初七日の日、独房の中で考え込んでいた。(ウツボ)外は雷鳴が荒れ狂い、雨が激しく降っていた。(カモメ)ふと脳裏に「南無阿弥陀、他殺は酷だ死ねないや」という句が浮かんだ。17文字だった。(ウツボ)処刑された15名と村中、磯部を合わせると17名だ。野中四郎大尉と河野寿大尉は処刑ではなく自決だからね。(カモメ)大蔵大尉は、ふと17名の頭文字を、さっき浮かんだ句に当てはめてみた。すると、驚いたことに、全部当てはまったというんですね。一瞬、大蔵大尉は全身に冷水を浴びせられた気がした述べています。(ウツボ)じゃあ、その17名を句の文字の順に言ってみよう。(ナ)中橋基明中尉、(ム)村中孝次元大尉、(ア)安藤輝三大尉、(ミ)水上源一、(ダ)竹島継夫中尉、(タ)田中勝中尉、(サ)坂井直中尉、(ツ)対馬勝雄中尉、(ハ)林八郎少尉、(コ)香田清貞大尉、(ク)栗原安秀中尉、(ダ)高橋太郎少尉、(シ)渋川善助、(ネ→ニ)丹生誠忠中尉、(ナ)中島莞爾中尉、(イ)磯部浅一元主計大尉、(ヤ)安田優少尉。(カモメ)大蔵大尉の頭に浮かんだ句が偶然一致するというのも、驚くべき事ですね。(ウツボ)確率からいっても、ありえないね。不思議だ。(カモメ)(「戒厳指令・交信ヲ傍受セヨ」(日本放送出版協会)によると昭和53年、NHKスタッフは安藤大尉の奥さん、房子さんに取材をしています。(ウツボ)房子さんは当時静岡で安藤洋裁学院を開いていた。洋裁を教えながら2人の子供を育てた。スタッフは2.26事件当時盗聴されていた安藤大尉の肉声を房子さんに聞かせたんだね。(カモメ)43年ぶりに夫の肉声と出会った訳ですね。(ウツボ)厳しい人生を、生きてこられたんだね。(今回で2.26事件は終りです。次回からは人間魚雷回天が始ります)