谷の秋
胃ガンを内視鏡で切除してから5年になる。胃カメラは、最初の年は3ヶ月、翌年は半年、3年目くらいからは1年に1度になったが、過剰反応をするので切除の時から全身麻酔を使うようになった。涎や鼻水や涙でドロドロになりながら画面に表示される胃の内部を見、医者の説明を聞いても何のことかわからない。それならば施療中は死せる豚のごとく眠っていても同じか、というとそうでもない。怖いモノ見たさの思いが閉ざされた悔いが残る。 運命に逆らうつもりはないが、かといってすなおに従うことができるかといえば、自分の事ながら自信はない。人生も半分過ぎようとしているのだから、そろそろ、そうした心の準備や修行もしなければ、いざというとき醜態をみせないとも限らない。それだけはしたくない。さぁ、どうしたものか。 昨日から遠来のお客様が来ていて、ほぼ1日、おつきあいした。なにか夢中になるモノがあれば、あるいは運命と併走できるのではないか、などとボンヤリ考えながら人の話を聞いていた。 客人を案内しながら、谷を走りまわる。谷の紅葉が始まったらしく、時折、はっとするような美しい景色に出会う。一期一会、末期の眼が景色を美しくする。自然は実にその幕引きが上手だ。己の生を閉じて、眠りにつき、次の生に生を引き継ぐ。自身の生もそうありたいものだ。