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仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2013年04月01日
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カテゴリ:仙台
センバツでは今日仙台育英が惜敗した。昨秋の神宮で優勝して期待も高かったが、まずは善戦をたたえたい。

ところで今年のセンバツのTV中継で、試合と試合の合間に過去の名場面を見せる。その中に大逆転勝ちというテーマの一コマがあって、逆転サヨナラ本塁打が従来2回しかない(?)という説明のもとで、あの04年(平成16年)第76回大会の準々決勝、済美×東北が取り上げられた。8回まで6-2で東北のリード。9回裏に大逆転を喫するのだが、マウンドにいたのはダルビッシュではなくマカベッシュだった。

ああ、そうだった、と思い出した。

あの年、宮城県民は東北高に全国制覇の夢を本気で託していた。仙台を選んでくれた超高校級の天才ダルビッシュ有と、地元宮城出身の実力派で黒メガネの真壁賢守の2人が投手として人気だった。それに加えて、投手では采尾もいて層があつく、打撃では加藤、横田、大沼、森などがいたと思う。頂点を十分ねらえる布陣だった。

ダルビッシュが1年生の年、東北高校は秋の東北大会で優勝。03年(平成15年)第75回センバツでは3回戦で惜敗。その年の夏第85回選手権は、ダルビッシュと真壁を中心に勝ち進む。初戦の筑陽学園戦はダルビッシュが2回で降板するも真壁がロングリリーフした。3回戦の平安戦はダルビッシュが延長11回154球で勝利。続く準々決勝光星学院戦は先発真壁が6回追いつかれるとダルビッシュを投入して逃げ切る。準決勝江の川戦は采尾と真壁で見事に勝利。そして迎えた初の決勝では、炎症をかかえたダルビッシュを先発に立て、常総学院に4-2で敗れる。

そして、県民の期待を受けた04年春のセンバツは、初戦の熊本工業を相手にダルビッシュが見事にノーヒットノーラン達成。2回戦の大阪桐蔭は真壁のリリーフで逃げ切る。迎えた準々決勝は、真壁がマウンドを任されていた。9回裏の大逆転劇に、ダルビッシュをなぜ送らなかったのかとの意見も、たしかにあった。

しかし、当時の若生監督はこう説明している。
(若生正廣『日本最強右腕の原点 東北の名将が授けた「大投手への10ヵ条」』ベースボール・マガジン社、2012年)
------------
2回戦は優勝候補と言われた大阪桐蔭との対戦である。だが、めいっぱいの投球だった1回戦の後、ダルビッシュはやや肩に来ていたらしい。
(中略)
ただ、桐蔭の強力打線に対してはダルビッシュが頼りだ。真壁にしても、腰に痛みがあって本調子ではない。ダルビッシュで行けるところまで行って、真壁につなごうとハラをくくった。(中略)2回以降は球速が140キロにも達しない。6回にもふたたび中村君にホームランを打たれ、7回からは真壁にスイッチした。試合は結局2対2と同点の8回裏に大沼が決勝2塁打を放ち、ベスト進出。(中略)ただ、どうも、ダルビッシュの肩の具合が思わしくない。
(中略)
登板すれば中2日となる済美戦前にはとことん話し合った。「行けるか?」「(中略)ダメですね」(中略)投げたいという自分のエゴを押し通すとチームに迷惑がかかると考えたのだろう。
そこで私はダルビッシュを投げさせるわけにはいかない。よしっ、先発は真壁。

済美との準々決勝は東北のペースで進んだ。序盤に4点を奪い、6、8回にも加点して、真壁が好投する。9回の守備についたとき、6対2と4点リードである。(中略)9回裏、済美の反撃で2点差に迫られたが、2死走者なしまでこぎつけた。(中略)真壁は腰痛を抱えながら、ここまですばらしい投球を見せていた。8回に146キロを計測するなど気迫もあふれていた。
一番打者が(略)右翼ファウルグランドに飛球を打ち上げる。(略)風に押し戻されて二塁手がグラブに触れながら落球。次のタマを右前に運ばれる。さらに次打者が左前ヒットで2死1、2塁。三番打者を簡単に2ストライクに追い込む。ここからはまるで狐につままれたようだった。私の目論見は(略)2-2からシンカーで勝負だ。(略。ファウルで粘られてカウント2ストライクからの5球目で)サインは当然「はずせ」。だがシュート回転して内側に入った真壁のボールが完璧に捉えられる。逆転3ランをレフトの守備位置で見送ったのはダルビッシュだった。

この試合に関しては、なぜダルビッシュを投げさせなかったのかという疑問の声をよく聞く。確かにこの時ダルビッシュは6回頃から「肩は大丈夫です。行けます。」といっていたし、9回にはレフトの守備位置で肩をぐるぐる回しリリーフ登板をアピールしていたのだ。

だが、なぜダルビッシュをというのは、私に言わせれば何も知らない外野の無責任発言である。

まず、真壁の調子が尻上がりに良くなっていたこと。ボールも走っていたし、6回から8回は三者凡退だった。また、リリーフをアピールはしても、ダルビッシュの肩はかなり深刻だったと思う。ベンチ前でのキャッチボールを見ても、ボールは山なりだったのだから。真壁の9回の投球を見てチラッとかすめたとすれば、ダルビッシュよりも采尾への継投だった。

それよりなにより、ダルビッシュは日本の野球を背負う大投手になる可能性を秘めているのだ。その宝を高校野球で終わらせてもいいのなら、いくらでも投げさせた。(略)この大会は優勝できる自信があった。もし済美戦に勝つことを優先し、東北に初大旗を...という野望に目がくらむ監督だったら、有を投げさせていただろう。
でも、私は違うのだ。そのことは、強調しておきたい。
------------

そしてその年の春季大会は真壁が中心となってダルビッシュを休ませる。夏の甲子園は満を持してダルビッシュが活躍する。初戦は北大津と続く遊学館戦をダルビッシュが連続完封。3回戦は初出場の千葉経大付。ダルビッシュは9回2死まで無得点に抑える。あと1人。しかし雨でぬかるんだグランドに内野手横田が足を取られて1-1と同点を許す。大会初失点のダルビッシュは、10回表にあっさり勝ち越しを喫してしまう。そしてその裏の最後の打者として三振をしたのも、ダルビッシュだった。






Last updated  2013年04月01日 21時48分23秒
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