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Birdman's Blog

・世界から見た日本像

世界から見た日本像
 「日本は経済的に豊かで国民は勤勉」というかっての日本の定番イメージが変わりつつある。新聞等で見られた方も多いと思うが、2004年1月12日付けの内閣府の「世界青年意識調査」で世界および日本の青年を対象にしたアンケートによると日本に対するイメージで「経済的に豊か」というのが前回調査に比べ、国内外で軒並みランクがさがっているというのだ。
 これは、日本国内のデフレ不況の長期化を反映した格好で、経済面のみを見れば、マイナス・イメージ(確かに失業、就職難については政府は早急に手をうつべきである!)と思われがちだが、僕は、あえて、ここで新たに浮上してきた日本のイメージに注目したい。アメリカ、スウェーデンでは「経済」に代わりトップを占めた日本のイメージは「優れた文化・芸術がある」であった。これは注目に値すると思う。
 かつてエコノミック・アニマルといわれ、海外で多くの批判を受けた日本人および日本像があった。僕自身もオーストラリア在住中、当時はバブルの時代だったので、何度かこのような意見を周りで聞いたし、日本人といえば「Rich!」とアジアの留学生やオーストラリア人からもいわれた。日本人であるというだけで、個人的な中傷を受けたこともある。これについては、あえて反論はせず、事実のみを伝えるようにしていた(ところで日本人には国に対する批判を個人の批判と受け取ってしまい反論するという妙な愛国心があるらしい。これについては別の機会に語りたいが)。つまり、『国や大企業はリッチであるが、個々人の「生活の質」および経済のみを追求した結果「失ったもの」を考慮すると日本人は「豊か」とは言えないよ』とだけいうようにしていた。実際、オーストラリアの観光地などの土地を買いあさり、進出していた日本企業の事や日本国内ではゴルフ場開発のためにせっせと森林を切り開いていた日本企業の事を日夜、目の当たりにしていた僕にとっては、とても日本という国を弁護する気にはならなかったからだ。戦後、「経済的豊かさ」を「幸福の尺度」として、追い続けてきた日本。それによる「経済力」を盾に戦前の「軍事力」の代わりに海外へ進出・侵略していった日本という国は、戦後も相変わらず、周辺の国々に対して傲慢とも思えるような行為をしてきたのではないだろうか。
 ある意味「文化」や「芸術」は、人間が「自然」から送られたメッセージを自分たちの言葉や感性で表現しているものであるとはいえないだろうか。古代文明を振り返っても明らかなように自然を破壊してきた文明は、自らの文化や芸術の衰退を招き、その末路は、自らの文明そのものの滅亡をみるという歴史を繰り返してきている。これは、自然からのメッセージを捉えることのできなくなった衰弱した感性からは、もはや、自らの文明を維持しゆく「豊かな心」は育たないという歴史の教訓であるのかもしれない。
 元来、日本人は自然を楽しむ豊かな感性をもっており、その上に多様な芸術・文化という華を咲かせていた。バブルがはじけ、夢から覚めた日本人は、やっと周りを冷静に見れる時期にきているのではないだろうか。次の時代への転換期を迫られている今だからこそ、「周り」からの声を謙虚に受け止め、日本人が本来持っていた「心の豊かさ」や「豊かな感性」などといったものをもうじっくり一度見つめなおし、世界から本当の意味で「優れた文化・芸術がある」国として認められるように努力する時代が来ているように思えてならない。For Japanese people, now is the time to think about the ture meaning of our ecological identity.

13/1/2003


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