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中世ヨーロッパの歴史を、大急ぎで解説しています。
中世ヨーロッパは、キリスト教会による弾圧・抑圧が人々を苦しめた時代であり、一説には「暗黒時代」とも呼ばれた時代です。 このキリスト教による弾圧は、「オール・オア・ナッシング」思考法のマイナス面が出たものでした。 「オール・オア・ナッシング」思考法は、シロクロをハッキリとつける思考法です。 中間はない。 そういった考え方をする中世キリスト教では、 「教会、法王庁に逆らう者、異教徒には死を! 従う者は死後天国にいける」 という考え方で、多くの人々を指導・抑圧しました。 「地動説」を発表したガリレオ・ガリレイは宗教裁判に掛けられ、一生を軟禁生活させられました。 虐待や暴力は他者への暴力を生みます。 人々は、隣人を「あの人はおかしい、魔女かも知れない」と、教会に密告し、中世ヨーロッパでは魔女狩りが盛んに行われました。 魔女の疑いを持たれた人は、拷問され 「死ねば人間、生きていれば魔女の証拠である」という救いようがないオール・オア・ナッシング思考法によって、殺されました。 魔女狩りによる処刑は公開され、抑圧された民衆のガス抜きであり、娯楽でもあったようです。 執行する側のカトリック教会は、「権力は腐敗する」の法則の通り、堕落しきっていました。 それに対して宗教改革が行われ、プロテスタントが生まれましたが、それは決して人々に解放するようものではなく、「オール・オア・ナッシング」的思考法が強化され、魔女狩りなどは、さらに頻繁に行われるようになりました。 オール・オア・ナッシング。 神の名のもとに。 しかし、14世紀から16世紀に「ルネサンス」という芸術や学問も再生行動が起こり、抑圧されていた芸術・哲学・数学や天文学が大きく発展して行きます。 17~18世紀にかけて「古典派物理学の創始者」で有名なアイザック・ニュートンが出ました。 ニュートンが生涯をかけて研究したのは、「神の実在を証明する」というものであったことはあまり知られていません。 哲学も多いに発達しました。 実際のところ、ニュートンなど現在は科学者と言われている人たちも、自分たちのことを科学者であるとは思っていませんでした。 まだ「科学」という言葉がなかった時代ですから当たり前ですが、ニュートンたちは自分たちを 「自然哲学者」 であると考えていました。 現代、科学とは大学でいう「理系」の総称のようになっていますが、もともと哲学と科学は分離しておらず、天文学者も物理学者も数学者も、神や自然・人間を研究する哲学者と考えられていました。 彼らは、“錬金術師”とも呼ばれており、「魔術を行う者」のような感覚で見られることもありました。 ちなみに中世では、調理人も錬金術師と見られていたりします。 ただの食材を、不思議な術を加えて美味しい料理に変えてしまうからです。 また、18世紀あたりからヨーロッパ・アメリカ文明に新しい“うねり”が表れてきます。 社会思想や経済学という部門です。 経済学の父と言われるアダム・スミスがあらわれ、 「市場(しじょう)は規制するよりも、自由放任にしたほうが良くなる」 という資本主義の考え方で出てきます。 アメリカ合衆国が独立し、フランス革命が起こります。 現代につながる「自由・平等・博愛・権利・義務」という思想が出てきます。 「人道主義」、「人権主義」という考え方であらわれますが、これは宗教の一種と見なされています。 フランス革命の指導者、マクシミリアン・ロベスピエールは、新たに祭壇を作り、巫女を集め、人工的な神を創設したりしたくらいです。 オール・オア・ナッシング。 極端から極端へ。 フランス革命では「人権宣言」のもと、「自由・平等・博愛」を説きながら、一方、反革命的な人物、元貴族、少しでも疑いのある人物を次々にギロチンにかけ、大量虐殺を行っています。 オール・オア・ナッシング。 殺すか、殺されるか。 聖職者や上級貴族の腐敗した政治から、下級貴族や民衆による恐怖政治へ。 また、フランス革命の前に行われたアメリカの独立宣言でも、「人間は平等、基本的人権」を謳いながら、西アフリカから大量に黒人奴隷を輸入し、インディアンといわれた原住民を大量に屠殺しています。 オール・オア・ナッシング。 自由、平等、博愛の名のもとに。 オール・オア・ナッシング。 人権、人道の名のもとに。 革命と虐殺から、民主主義があらわれます。 資本主義の流れから、自由主義と社会主義に分かれます。 これもまた、オール・オア・ナッシングの思考法から生まれたものといえるでしょう。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008年05月19日 08時33分47秒
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