江戸型神輿ミニチュアと山車ミニチュア

土浦祇園祭の歴史と現在の詳細について

土浦祇園祭の歴史と現在の詳細について

 土浦祇園祭は土浦市唯一の郷社、土浦八坂神社の夏季大祭で例大祭と併設して毎年7月下旬に挙行されています。約300年の歴史を解る範囲で紐とき、現在の詳細についても言及していきたいと思います。


土浦八坂神社
  土浦八坂神社は社伝などによれば元弘3年の創建と伝えられています。この年筑波山麓の大形村(現 つくば市大形)より桜川に流された素才鳴尊(スサノウノミコト)神像を霞ヶ浦で漁師の久松嘉左衛門と色川弥次兵衛が拾い上げたのがそもそもの始まりと言われます。ご神体を川などに流す風習は中世によくあった事例です。集落に祭られた神々を流すことにより災いも供に流してしまうという風習で、雛祭りの流し雛や精霊流しなどはその名残りです。ましてこのとき流されたのは素才鳴尊のご神像ですからこの年大形村では疫病の流行があったものと推測されます。
 2人の漁師はご神像を霞ヶ浦湖畔に小さな祠を作って祭りました。(現在の川口2丁目、湖南通運の後ろ側で常磐線線路際です。天王松の記念碑が建っています。)後年この場所は水害に毎年見舞われ天王様の祭る場所として相応しくないとの考えから現在の真鍋台へと遷宮されました。応永元年(1394)と伝えられています。
 この伝説には異説があります。流された御神体は南北朝時代の後醍醐天皇による綸旨だったという説です。大形村は位置的に小田城に隣接しているため、一応もっともな説といえます。
 また、創建の年代も現実の地形的歴史上もっと新しいとも言われています。つまり現在の天皇松付近が陸地化したのが天正年間であることから天正5年(1577)という説です。こちらの方が正しいと思われます。
 祭神は素才鳴尊。江戸時代までは他の八坂神社と同じく牛頭天王、したがつて社名も午頭天王社でした。午頭天王と素才鳴尊の同一神思想は日本への仏教伝来からのもので両方の神とも簡単にいうと地獄の番人という点で共通しています。もっとも素才鳴尊自体も謎の多い神様で活躍の舞台となった出雲地方には全く祭られた神社がないと言う研究報告もあります。
 江戸時代には土浦城の鬼門除けとして手厚く保護された模様です。拝殿屋根の「三ッ石」の定紋は土浦城主、土屋家のもので現在の社殿は江戸時代中期に土屋家が造営したものと思われます。
 江戸時代までは土浦のほかに真鍋、虫掛、常名、殿里も氏子でしたが明治政府の神社格つけ政策で分離され、現在のような土浦の産土神となり市内唯一の郷社に格付けされました。明治5年の事です。土浦市内には郷社より上格の神社ないため八坂神社が市内一の神社となります。この結果不思議な現象が出来あがりました。すなわち氏子地域内に産土神の神社がなく神社だけが飛び地になってしまうという現象です。このような例は全国的にもたいへん珍しいと思います。


江戸時代の土浦祇園祭

 土浦祇園祭がいつ頃から開催されるようになったのかは、明確な資料が存在せず現段階では正確なことは言えません。有名な資料として文化9年の祭礼絵巻が土浦市立博物館に展示されています。それ以前の寛政年間にも挿し絵的なものが残っています。年代を追って解説して行きたいと思います

寛政年間
 土浦出身の町人学者「沼尻墨遷」が寛政年間(1789~1803)の記録を残しています。これによると寛政3,5,8年に大祭が挙行された模様です。墨遷が描いたと思われる挿絵的な絵図もあります。
 寛政5年、一本柱山車の飾り物や人形が詳細に描かれています。中城町は鯛の上に万灯、その上に三味胴高覧を設け松竹梅の飾りと一斗樽などの縁起物です。大町は三宝に天細女尊の巨大神楽面と神楽鈴に御幣。下方に垂れ菖蒲の吹流しです。田宿町は大扇子の上に大亀と浦島太郎の人形。見送り松も飾られています。この年は以上の3枚が残されています。所蔵は土浦市真鍋の本間隆雄氏です
 寛政8年。寛政5年と同様の描き方です。中城町は朝日に鶴の上に万灯る。石垣の上に鳥居と太鼓橋、灯篭2基。松と梅。これは中城町にある「中城天満宮」を表した物でしょう。田宿町は寛政5年とほぼ同様で浦島太郎と大亀。見送り松松が波に変わっています。この年はこの2枚が残されています。所蔵は同じく本間氏です。
 



文化9年

土浦市指定文化財「土浦御祭礼之図」が当時の様子を克明に描いています。元土浦の豪商国分家(現国分缶詰)に伝わった物です。「文化九壬申歳六月」と最後部分にあるのでこの年のものとわかります。作者は下総佐原(千葉県佐原市)の絵師「西村万七」で自身のものとみられる署名も同じく巻末に見えます。先頭は虫掛村で露払いの獅子舞。囃子屋台が続きます。四つ車で綱曳き、後部に梃子棒で押す姿も見られます。そして正一位牛頭天王の幟旗2本、鉾、触れ太鼓、榊、猿田彦(道先案内の国津神)、ご幣、先触れ神官、権宮司、神輿、馬持ち、神官用御馬と続きます。ここに描かれている神輿とそっくりの神輿が現在でも八坂神社の拝殿に安置されています。私見ですがこれこそ当時のものだと考えます。しかも絵図によれば白丁を着た人々が渡御しているところから神輿というよりも御鳳蓮に近かったと思われます。次に東崎町の花万灯と龍(八叉の大蛇か?)の担ぎ山。その後が本町。2基の花万灯の一方には三番そうの剣先烏帽子が付いていますので露払い的意味なのでしょう。四つ車の山車には日天と月の幣足飾り。三本足のヤタガラスと月のウサギが大万灯へ幣足と供に飾られていますので天下泰平の賀をあらわしたのでしょう。次が中町の朝鮮通信使模倣仮装行列。田町は前年に全町規模の大火があったため万灯だけの参加だそうです。もっとも弥勒の山車を町内に飾り置いたと沼尻墨遷が記録しています。弥勒の山車とは茨城県内に点在する人形舞(石岡にもかつて木之地町に弥勒があったと言われています。)だと思われます。続く横町が大名行列。川口町の道成寺をモチーフにした一本柱飾り(道成寺の釣鐘と般若の大面、撞木を一本柱に飾った物)、天幕緋縮緬と注意書きのある底抜け屋台、高さ六丈(約18m)の吹流しをつけた一本柱四輪山車と続きます。次が桃太郎の万灯に牡丹の山車。底抜け屋台の中城町。田宿町は米俵に御所車の一本柱の飾り物、底抜け屋台。裏町は万灯。田中と西門は合同で亀の四輪山車。最後が大町で花万灯と四輪山車。山車の正面では神楽舞いの姿も見えます。以上が文化9年の絵図の詳細です。総じて江戸天下祭りの模倣的特徴が見られます。まさに直輸入だったと思われます。

明治27年
 当番町 中城町
   中城町が山車を購入した年です。購入先は東京神田周辺と伝えられますが詳細は不明です。購入当初は回転構造にはなっていなかったと思われます。旧中城町の保立俊一氏によれば白木の山車だったと語られています。もし白木であったなら神田周辺で新調された物だったのか?それとも白木に磨きをかけたのか?いずれにせよ江戸時代の山車が白木のまま汚れもせずに明治27年まで保管されていたとは考えにくいと思います。私見ですがこの山車はあの彫刻の見事さからみて上高覧や中高覧など部分的なものを購入してきたのではないかと考えます。当時の東京では山車のバラ売りがあったことを栃木市の山車会館で照会しています。この山車の構造をじっくり見てみると上中高覧の彫刻が立派なのに引き換え唐破風や下周りがそうでもありません。江戸期の山車であったなら当然下周りにも彫刻などが見られるはずですし車輪も御所車風であったと思います。柱隠しの彫刻もありませんしその細さも似合いません。結論として上中高覧は東京神田周辺で購入しそれをもとに土浦で製作された山車だと推測します。ゆえに当初白木であったのではないかと考えます。ただ山車人形は新調したものだと思われます。明治末期の千代田新報という新聞に山車人形作者の「古川長延」氏の山車人形回記がのっており、その中で土浦に頼政と早太の人形を製作したと書かれているからです。

大正12年

当番 大和

参加 大和 横町 東崎 鷹匠 本町 築地 田町 川口 仲町 大町 中城 外西 田宿

大和は推測だが町として成立後初の当番ではなかったか?
山車と獅子、芝居の3つの余興を出している。
山車は石岡中町からの借用。


大正13年

当番 東崎

東崎 山車(本町山車借用)

以下詳細不明

大正14年 

当番 田町

詳細不明


昭和10年

当番 大和町

参加 大和 川口 本町 敷島 

大和 屋台
川口 山車
本町 山車 
敷島 獅子

詳細不明

大和町に残る祭礼日誌によれば大和町青年会から大和町町会への陳情書が記録されている。
内容は揃いの浴衣を是非町内の「大野呉服店」にて取り扱って欲しいというもの。




昭和21年
当番 三好 大和
参加 三好 大和 川口 東崎 田町 本町 仲町 祗園 横町 築地 前川 鷹匠 立田 内西 中城 外西 田宿 大町 田中 西門 下田 千束 敷島 朝日 匂町 栄町 小桜

終戦を記念し全町が参加したという伝説の祭礼。
大和に祭礼日誌が現存するものの内容は序文と各町への祝儀金額のみ。
序文によれば本来当番の三好から終戦後すぐなので単町では当番を受け難い。親町(三好は大和から独立した)へ協力を求めた。昭和20年の当番は大和だったが終戦間近の混乱期で祭礼自体執行出来なかったため二町で当番を受けることになったとある。推察だがこれが連合当番制のキッカケではないかと思う。
大和は石岡国分町より山車を借り、一晩がかりで国道を曳いてきたという逸話もある。


昭和26年

当番 大町 田宿 田中 千束 下田 西門 外西
参加 田宿 匂町 大和 敷島 本町 仲町 田町 川口

田宿 獅子
匂町 獅子
大和 獅子
敷島 獅子
本町 山車
仲町 子供屋台
田町 山車
川口 山車

お仮屋 田宿交番前(現染谷石材店前)
競演  桜橋交差点


昭和27年

当番 中城 内西 鷹匠 立田 築地 前川
参加 中城 内西 鷹匠 立田 匂町 横町 田町 仲町

立田 獅子
田町 獅子
中城 山車 葛西囃子菊岡家
内西 屋台
鷹匠 屋台
匂町 屋台
仲町 子供屋台

内西、鷹匠、匂町の3町が屋台新調。

競演 保立前交差点


昭和28年 

当番 本町 田町 横町 仲町 東崎 祗園
参加 本町 田町 横町 仲町 川口 三好 築地

本町 山車 六斗囃子
田町 山車 神田囃子大房もどき会
横町 屋台(借りた町は不明) 石岡囃子三村連
仲町 子供屋台 仲町子ども会
川口 山車 石下神田囃子
三好 獅子
築地 獅子

東崎は祭礼資金を九州の洪水被害への義援金にする。

お仮屋 本町郵便本局前(現安田生命ビル付近)
競演  本町郵便本局前


昭和29年

当番 大和 川口 三好

参加 大和 川口 三好 敷島 本町 祇園

三好 獅子
敷島 獅子
祇園 子供獅子
川口 山車 石下神田囃子
大和 山車 岩井神田囃子
本町 山車 六斗囃子

大和は山車新調。総額\600.000(当時価格)

お仮屋 駅前噴水広場
競演  魚捨前交差点


昭和30年

当番 敷島 朝日 匂町 栄町 小桜町
参加 敷島 朝日 匂町 栄町 小桜町 大和 川口 三好 田宿 田中

三好 獅子
田宿 獅子
田中 獅子
匂  屋台 六斗囃子
敷島 ?
朝日 ?
小桜 ?
栄  屋台
大和 山車 石岡囃子三村連
川口 山車 石下神田囃子

お仮屋 匂町 青果市場内
競演  敷島町交差点(現ウララ2前)



昭和31年

当番 大町 田宿 田中 西門 下田 外西 千束
参加 大町 田宿 田中

大町 山車 昭和16年の土浦大洪水で流失した山車を再建。
田宿 ?
田中 ?

詳細不明


昭和32年

当番 中城 内西 鷹匠 築地 前川

参加 中城 内西 鷹匠 三好 大和

中城 山車 葛西囃子菊岡家
内西 屋台
鷹匠 屋台
築地 獅子
三好 獅子
大和 獅子

お仮屋 亀城公園
競演  保立前交差点



昭和33年

当番 本町 仲町 田町 東崎 横町 祗園
参加 本町 横町 田町

本町 山車 六斗囃子
横町 ?
田町 山車
祇園 屋台(匂町より借用)おかめ会
詳細不明

この年初めて「お船祭り」開催される。




昭和34年

当番 川口 大和 三好
参加 川口 大和 三好 祇園

三好 獅子
川口 山車 石下神田囃子
大和 山車 岩井神田囃子
祇園 屋台(匂町より借用) おかめ会

お船祭り開催。

お仮屋 駅前噴水公園
競演  魚捨前交差点


昭和35年
当番 敷島 朝日 匂町 栄町 小桜町
参加 敷島 匂町 栄町 小桜町

敷島 獅子
匂町 屋台
栄町 ?
小桜町 ?

お船祭り開催。この年が最後。
土浦港より匂橋まで。途中鉄橋工事の仮設橋で船首が引っかかり立ち往生。仮設橋を切り取って脱出。

お仮屋 匂町地内
競演  八間通り土浦劇場付近。


昭和36年

当番 大町 田宿 田中 外西 西門 下田 千束
参加 大町 田宿 田中

大町 山車
田宿 内西屋台借用
田中 ?

詳細不明



昭和37年

当番 中城 内西 前川 立田 築地 鷹匠
参加 中城 内西 築地 鷹匠

築地 獅子
中城 山車 葛西囃子菊岡家
内西 屋台
鷹匠 屋台

詳細不明



昭和38年

当番 本町 田町 東崎 仲町 横町 祗園
参加 本町 田町 東崎 仲町 横町 祗園 三好

本町 山車 六斗囃子
田町 山車
東崎 ?
仲町 子供屋台
横町 ?
祗園 屋台(匂町屋台借用) おかめ会
三好 獅子

詳細不明



昭和39年

当番 川口 大和 三好
参加 川口 大和 三好 田町

三好 獅子
田町 獅子
川口 山車 石下神田囃子
大和 山車 岩井神田囃子

笠揃いが雨だった。
田町の獅子が商店のガラスを割って鼻をへこましたとの逸話あり。

お仮屋 駅前噴水広場
競演  魚捨前交差点



昭和40年 

当番 敷島 朝日 匂町 栄町 小桜町
参加 なし。

お仮屋 亀城公園



昭和41年

当番 大町 田宿 田中 千束 西門 
参加 なし

お仮屋 亀城公園



昭和42年

当番 中城 内西 鷹匠 立田 前川 築地
参加 中城 内西

内西 屋台 囃子?(江戸囃子系には違いない)
中城 山車 葛西囃子菊岡家

お仮屋 亀城公園
競演  保立前交差点



昭和43年

当番 本町 田町 東崎 仲町 横町 
参加 本町 川口

本町 山車 六斗囃子
川口 山車 石下神田囃子

お仮屋 亀城公園

昭和44年

当番 川口 大和 三好
参加 なし。

お仮屋  亀城公園



昭和45年 

当番 敷島 匂町 朝日町 栄町 小桜町
参加 なし。

お仮屋 亀城公園


昭和46年

当番 大町 田宿 田中 西門 外西 下田 千束
参加 なし

八坂神社奉賛会の天王様神幸祭にトラック屋台が付いていた。

お仮屋 亀城公園


昭和47年 

当番 中城 内西 立田 鷹匠 前川 築地
参加 中城

中城 山車 葛西囃子菊岡家

中城として最後の参加。以後は町名変更により内西と合併、中央1丁目になる。
中城の雨降り人形の異名どおり雨模様だった。
中城は最低当番だけは山車奉納を続けた唯一の町だった。

お仮屋 亀城公園
独演  中城通り



昭和48年

当番 本町 田町 東崎 仲町 横町
参加 田町

田町 獅子 土浦駅前商和会屋台借用

田町としての参加は最後。以後町名変更により城北となる。
現在では廃棄された土浦駅前商和会(商店街)所有の屋台を獅子屋台として活用。たまにテープによる囃子でO工務店のO氏が踊る。おそらく屋台での踊りはデビューと思われる。

お仮屋 亀城公園
独演  田町祭典事務所前


昭和49年

当番 大和 川口 三好
幹事 大和
参加 大和 川口
開催日 7/22-24

7/22 雨
7/23 晴れ
7/24 晴れ曇り

大和 山車 石下神田囃子
川口 山車 岩井神田囃子

大和は10年ぶりの山車奉納。川口は5年ぶりの山車奉納。

お仮屋 旧大谷金物店跡(現 小松屋隣駐車場)
競演  大和町魚捨前交差点



昭和50年。
当番 桜町1、2、3、4丁目。
幹事 桜1
参加 桜1、3、4 川口。

桜1 旧内西屋台借用 石岡囃子三村連
桜4 駅前商和会屋台借用 岩井神田囃子
桜3 旧匂町屋台使用 六斗囃子
川口 山車 石下神田囃子 背面に広告提灯を仮設しての巡行。

桜1は屋台屋根の上に獅子舞用の囃子道具を乗せ、休憩のたびに獅子を踊る。

事件は競演で。桜3の飾り花に仕掛けた花火が飾り花に引火。飾り花が燃え出して大騒ぎに。それまでは爆竹なども使っていたのに翌年からは花火が一切禁止になりました。

昭和51年。
当番 大手町、大町、田中1、2、3、生田、千束、文京。
幹事 大手
参加 大手、大町、田中2、桜1、桜4。
大手町が借りたのは旧本町の山車。囃子は三村囃子連。
狐が足拍子を踏んだところでナント床が抜けた。
長年使ってなかった山車で床板が傷んでいたらしい。
大急処置をして巡行を続けていた。
大町は石下神田囃子。
田中2はおかめ会。
桜1は獅子。某旅館の黒獅子を借用。現在は桜2の公民館に安置されている。
桜4は屋台を400万で新調。I工務店作。囃子は岩井神田囃子。

昭和52年は土浦祗園祭の中興の年。
当番 中央1、2、立田、城北。
幹事 中央1
参加 中央1、2、立田、城北、川口、大和、大町、田中2、大手、桜4の10ヶ町。
中央1は葛西囃子菊岡家社中
中央2は六斗囃子
城北は新川囃子新城組社中 初出演
川口は石下富田家神田囃子深川流
大和は石岡若松囃子
田中2はおかめ会
大町は三村囃子
最終日に川口の車軸が折れた。フォークリフトで搬送してきた。
礎会の初担ぎもこの年。
異様に燃えた年であった。

昭和53年。
当番 大和、川口、東崎
幹事 川口
参加は東崎、立田、桜1、川口、大和、桜2、3、4、中央1、2、城北の11ヶ町。
東崎 獅子
桜1 獅子
立田 獅子
川口 山車 全面塗装直し 石下富田家神田囃子深川流
大和 山車 全面塗装直し 車輪作り直し  松本源之助社中
桜2 屋台 荒川沖から屋台借用  大房もどき会
桜3 山車 山車に改装  六斗囃子
桜4 屋台 桜町4丁目お囃子会(将門囃子の前身)
中央1 山車 葛西囃子菊岡家社中
中央2 山車 三村囃子
城北 山車 旧鷹匠町屋台を借用 山車に臨時改装 新川囃子新城組 

警察の交通指導が厳しい。
駅前通りと八間通りの花向け禁止。交差点での回転禁止など。
この年の競演も警察がハンドマイクで誘導しようとしていた。
後にこの指導方法がマスコミに取り上げられ大問題に。
民間の祭事に警察が介入するとろくなことがないのは今も昔も変わらないようだ。

昭和54年。
当番は桜1、2、3、4。
幹事 桜2
参加は生田、田中1、桜1、2、3、4、文京。
大和囃子は丸井(当時)駐車場で掛け屋台。
前年のマスコミ攻勢が効いたのか警察の介入はほとんど無かった。
桜1 旧鷹匠町屋台借用 新川囃子新城組
桜2 幹事当番町 800万で新山車。芸者囃子はこれが最後となる。しかし午前の山車は「い組囃子」がほとんどだった。
桜3 山車 六斗囃子
桜4 屋台 排禍囃子
文京 旧内西町屋台借用 菅谷囃子
生田 立田町獅子屋台借用
田中1 桜4旧獅子屋台借用
将門囃子が桜4と決別したのはこの年の5月。
将門はこの年、出演していない。

昭和55年
当番 大町、大手町、生田、文京、田中1、田中2、3、千束
幹事 大町
参加 田中1、生田、立田、桜1、大町、田中2、文京、大手、中央2、城北、桜2
一応市制施行40周年記念という位置づけだった。
大手 900万で屋台新調。三村囃子
生田 獅子屋台新調。
桜1 獅子新調。
大町 山車 三村囃子。この山車最後の曳かれ姿。次回に上部を改装。
田中1 獅子。昨年同様元桜4の獅子屋台借用。
立田 獅子。1m幅の獅子頭使用。立田内の某氏製作。
田中2 旧内西屋台借用。おかめ会。
文京 桜4屋台借用。菅谷囃子。
中央2 旧本町山車使用。石岡囃子金丸連。
城北 旧鷹匠屋台借用して山車に一時改装。旧中城町人形借用「頼政の首に早太の胴」
桜2 屋台。将門囃子。
三村囃子が大町と大手町の両方に乗演。競演では両町にロープを渡し獅子が渡っていった。
11ヶ町の参加はこれが最後。
将門は桜2に初乗演。前年の銀座祭参加の縁による。以後将門のホームに。
文京もこの年まで山車の参加。以後は獅子になる。

昭和56年。
当番 中央1、2、立田、城北。
幹事 中央2
参加 立田、生田、中央2、城北、中央1、大和、川口、大手。

立田 獅子
生田 獅子
中央2 旧本町山車使用。中丸囃子。
城北 旧鷹匠屋台借用一時的山車改装。新川囃子新城組
中央1 旧内西屋台使用。葛西囃子菊岡家社中。
大和 山車 大和囃子。
川口 山車 石岡囃子金丸連。
大手 屋台 石岡囃子三村連。

中丸囃子、大和囃子は山車初乗演。競演での立田の大獅子は迫力充分。城北の白扇は揃っていて綺麗だった。

昭和57年
当番 大和、川口、東崎。
幹事 東崎
参加 桜1、東崎、川口、大和、桜3、中央2

東崎 実に大正13年以来の山車奉納。桜4屋台借用。八郷排禍囃子。
川口 山車。全塗装直し。人形作り変え。新川囃子新城組。
大和 山車。大和囃子。
桜1 獅子。
桜3 山車。前年の銀座祭参加で下周りを改装。将門囃子。
中央2 旧本町山車使用。旧本町山車最後の姿。中丸囃子。
 
後半は大雨になる。雨の中での競演は準備も演じるのも危険だった。

昭和58年
当番 桜1、2、3、4
幹事 桜3
参加 文京、生田、田中1、桜3、4、2、城北、中央2

文京 獅子。屋台も新調。
生田 獅子。
田中1 獅子。立田獅子屋台借用。
桜3 幹事当番。山車。大和囃子。
桜4 屋台。排禍囃子。
桜2 屋台。将門囃子。
城北 旧内西屋台借用。屋根に三味線胴を1段だけ仮設。新川囃子新城組。
中央2 旧鷹匠屋台使用。中丸囃子。
高架道の建設が始まっており翌年は祗園祭開催が危ぶまれ城北と中央2は翌々年の迎えの意味で参加。
山車の屋根からの転落事故が2件あった。
桜1は当番でも不参加。他の桜町から非難を受ける
なぜなら昨年の迎えでは参加していたから。
少し雨模様。

昭和59年
当番 大手、大町、田中1、2、3、生田、千束、文京
幹事 大手
参加 生田、田中1、文京、大手、田中2

生田 獅子
田中1 獅子。立田獅子屋台借用。
文京 獅子。
大手 屋台。将門囃子。
田中2 屋台。旧内西屋台と旧中城の山車人形「頼政」の首だけを借用。石岡囃子金丸連。
高架街路建設ピークの中でのお祭りでコースに多々制限があった模様。
大町の参加がなかったのは残念でした。
田中2には石岡金丸連が乗演。
大手の将門も初。
時折、雨が激しい日もあった。

昭和60年
当番 中央1、2、立田、城北
幹事 城北
参加 立田、文京、城北、中央2、1

立田 獅子。
文京 獅子。
城北 初の幹事町。旧内西屋台借用。三味線胴1段のみ仮設。新川囃子新城組。
中央2 旧鷹匠屋台使用。中丸囃子。
中央1 旧中城の山車使用。最後の姿。葛西囃子菊岡家。

科学万博開催中でおおいに盛り上げようと事前に全氏子町会議を開催したものの、むしろ科学万博で仕事が忙しいのが災いして夢の全町参加は立ち消える。

コース取りなど色々工夫がみられた。
この年よりお仮屋の設置場所がほぼ現在と同じになる。

昭和61年
当番 大和、川口、東崎
幹事 大和
参加 大和、川口、東崎

大和 幹事当番町 山車 大和囃子
川口 山車 新川囃子新城組
東崎 旧鷹匠屋台借用 中丸囃子
笠揃いは雨。
迎え祗園からは快晴、高温になる。
この年から礎会との交歓会が始まる。
交歓会はお仮屋前。会場に侵入直前、連絡ミスから大和、川口が大形屋前で横並びに並んでしまい、そこで競演状態に。後ろの東崎が残されてしまい大激怒。
大和の人形を降下する際に金具が囃子の踊り手控え要員に当たり流血。救急車で搬送されるも裂傷で済み、すぐに帰ってきた。

昭和62年
当番 桜町1.2.3.4
幹事 桜4
参加 桜町1.2.3.4
桜1 獅子。獅子屋台新調(N工房)。
桜4 旧鷹匠屋台借用。中丸囃子。
桜2 屋台。将門囃子。
桜3 山車。大和囃子。

桜1は7年ぶりの参加。
桜4は幹事町。自町の屋台は修繕に多額の費用が掛かるのを懸念して旧鷹匠屋台を借用。

前半は晴れていたが最終日の午後、スコールに見舞われ一時中断。

競演 桜4明治生命ビル前。


昭和63年
当番 大町 大手 田中1、2、3、生田 文京 千束
幹事 大手
参加 田中1、2、大町、大手、生田、文京、桜1
田中1 獅子 立田獅子屋台借用
文京  獅子
生田  獅子
桜1 獅子
田中2 屋台新調。水海道神田囃子。
大手  屋台。将門囃子。
大町  山車 上部改装。中丸囃子。

4日間とも快晴だったが酷く寒かった。なにしろ熱燗を飲んでいたくらい。
最終日の昼、日テレが生中継に入るが「潜水艦なだしお衝突事件」の影響でほとんどOAされなかった。


平成元年
当番 立田、中央1、2、城北
幹事 立田
参加 立田 中央1、2 城北

立田 初の幹事当番町。獅子。私の記憶では獅子での幹事は初だと思う。
中央1 旧内西屋台使用。緞帳は町内のS氏より寄贈。葛西囃子菊岡家。
中央2 旧鷹匠屋台使用。中丸囃子。
城北 新川囃子での新山車製作。新川囃子新城組。

昭和天皇の崩御で開催が危ぶまれたが予定どおり開催。
城北の山車はO工務店の製作。新川囃子新城組の所有。人形は手作りの「聖徳太子」。
暑い4日間だった。

平成2年
当番 川口 大和 東崎
幹事 川口
参加 桜1 川口 東崎 大和

桜1 獅子。
川口 山車 新川囃子新城組 幹事当番町
東崎 旧鷹匠屋台借用 中丸囃子
大和 山車 大和囃子

今年度より週末開催に要望書が八坂神社奉賛会に幹事当番川口より提出され認証される。
これにより以後23日の例祭日に式典のみ挙行し神幸祭は週末開催に変更になる。尚、数年後7/20が海の日にんり休日になったことから本来の祭礼日である20日に戻すことになり神社庁よりの許可を得て現在では7/20が式典挙行日となる。

7/26-29の開催。

桜1は来年の幹事当番を意識しての参加。このあと回転式、山車形態へ改装される。
川口は幹事町としてかなり力の入った感じ。
東崎、大和は例年どおり。
7/27の朝、川口はブレーキワイヤーを切断される悪戯にあい集合時間に遅れた。

お仮屋 モール滝の広場
交換会 モール滝の広場前車道
競演  モール滝の広場前車道

平成3年
当番 桜1,2.3.4
幹事 桜1
参加 桜1.2.3.4.東崎、川口  
開催日 7/25-28

東崎 獅子。昭和53年以来の獅子奉納。獅子屋台改装。
桜1 山車。昨年まで使用していた獅子屋台を回転式、櫓設置に改装。N工房。
   幹事当番町。龍の飾り物。電動で上下させながら巡行。
   新川囃子新城組
桜2 屋台。将門囃子。
桜3 山車。大和囃子。
桜4 屋台。中丸囃子。
川口 山車。新川囃子新友組。

東崎と川口は送り。昨年の桜1の参加に対する返礼の意味。
7/26の午後、大手町土浦幼稚園前付近で桜3の山車の心棒が欠損する事故がある。そのため回転が不可能になり以後花向けせずに巡行。花の返礼には踊り手がそちらを向くという緊急手段。その夜に応急修理。次の日からは回転可能になる。

お仮屋 元助川医院跡(現ウララ3付近=当時は桜1の町内だった)
交換会 駅前バスターミナル付近。
競演  駅前バスターミナル付近。

平成4年
当番 生田、田中1.2.3.大町、大手、千束、文京
幹事 生田
参加 田中1、文京、生田、大町、大手、田中2

田中1 獅子。立田獅子屋台借用。
文京  獅子。
生田  屋台。桜2屋台借用。大和囃子。
大町  山車。石岡囃子あおき連。
大手  屋台。将門囃子。
田中2 屋台。真和会。

生田町は初の幹事当番町。初の屋台奉納。
大町の「あおき連」も初。囃子だけでなく山車廻りも手伝う。
大手は花飾りを付けての屋台は最後。
田中2の「真和会」は平成2年の市制50周年記念大祭(1990,11.3)での要請からの縁。4日間フル出演は初。

お仮屋 モール滝の広場
交換会 モール滝の広場
競演  大手町5差路(高架道下)

平成5年
当番 中央1,2,城北、立田
幹事 中央1
参加 立田 中央1 中央2 城北 生田

立田 獅子。
中央1 旧内西屋台。幹事当番町 葛西囃子菊岡家
中央2 旧鷹匠屋台。中丸囃子。
城北 山車。新川囃子新城組
生田 桜2屋台借用。大和囃子。

立田は手頃な赤獅子を使用。立田内のI氏が製作。
中央1は16年ぶりの幹事当番。かなり力の入った感じだった。
中央2は例年どおり。
城北は新川囃子の山車を昨年改装。この年塗装。「聖徳太子」の山車人形も昨年購入。
生田は送り。賑やかだった。

天候は悪く、後半大雨に祟られる。梅雨明けしなかった。
寒い気温のお祭りだった。

お仮屋 旧京成跡地(現観光協会駐車場)
交換会 ファマリーマート中央1店前交差点。
競演  関東銀行本店前交差点。


平成6年
当番 東崎 川口 大和
幹事 東崎
参加 東崎 大和 川口

開催日 7/22-25

東崎 旧鷹匠屋台借用 中丸囃子
大和 山車 大和囃子
川口 山車 新川囃子新城組

東崎は屋台奉納が最後。以後獅子になる。
大和は往年の山車飾り小屋を仮設(現ウララ周辺が建設前で空き地が多かったため実現したまた、当時まだ健在であったY工務店会長の思い入れも多かった)。全面塗装直し。
川口は例年どおり。

開催日は金から月。最終日は平日。23日は八坂神社が例大祭でご神体が神社に必要なため本来の開催日程にのっとり開催となる。
警察の規制が特に厳しい年でした。
本年より後半2日を午後巡行とする。多少の無理はあったが予定どおり遂行した。

お仮屋 モール滝の広場
交換会 モール滝の前車道。
競演  モール滝の前車道。

平成7年 
当番 桜1.2.3.4
幹事 桜2
参加 桜1.2.3.4
開催日 7/21-24

桜2  屋台 将門囃子
桜3 山車 大和囃子
桜4 山車 中丸囃子
桜1 新川囃子山車借用 新川囃子新城組

開催日が例大祭と曜日の関係で調整が大変だった。結果連合の町祭りは7/21-24。神社の神幸祭は7/23-25という変則的開催になった。
そのため礎会の神輿渡御が7/24の平日に実施。交換会と競演が合同で行われた。
桜4は山車を新調。飾り物は獅子頭。7/22夜、車輪が廻らないトラブルが発生。後半の2日間は真鍋新町の山車を借用して参加した。

お仮屋 モール滝の広場。
競演及び交換会 モール滝の広場前車道

平成8年
当番 大町 大手 田中1.2.3 生田 文京 千束
幹事 田中連合
参加 田中1 文京 大手 大町 生田 田中2
開催日 7/25-28

田中1 獅子 幹事町。
文京 獅子
大手 屋台 将門囃子
大町 山車 石岡囃子あおき連
生田 新川囃子山車借用 新川囃子新城組
田中2 屋台 真和会

田中1は平成5年に新調した獅子屋台をバージョンアップ。龍の彫刻など手作り。
大手の屋台が金の唐獅子牡丹で豪華に改装される。

お仮屋 モール滝の広場
交換会 モール滝の前車道
競演  大手町高架道下変則5差路


平成9年
当番 立田 中央1.2 城北
中央2
参加 立田 中央1.2 城北
開催日 7-24-27

立田 獅子
中央2 旧鷹匠屋台使用 中丸囃子 幹事町
城北 新川囃子山車 新川囃子新城組
中央1 旧内西屋台使用 葛西囃子菊岡家

中央2は16年振りの幹事町。前輪の舵を直したが26の午後動かなくなるトラブル発生。以後幹事町なのに最後尾を歩く。27日には山車先頭に戻った。

27日最終日の夜、駅前で同好会同士の喧嘩が発生。一時パトカーも数台取り囲み騒然となる。

お仮屋 モール滝の広場
交換会 茨城銀行前交差点
競演  ヤマハル前交差点

平成10年 
当番 大和 川口 東崎
幹事 大和
参加 大和 川口 東崎 桜1(最終日のみ)
開催日 7/23-26

東崎 獅子
桜1 獅子
大和 山車 大和囃子 幹事町
川口 山車 将門囃子

東崎は当番での獅子奉納は20年振り。
桜1は連合の誘いで最終日のみの参加。
大和は12年振りの幹事。
川口はこの年から将門囃子に切り替える。要因は次の当番から当番枠組みの変更により城北がこの当番枠に組み込まれるため。

全日午後からの開催。天王様の土浦入りは連合役員のみが城北で出迎える。山車獅子は午後旧小網屋付近で遭遇。
後半、雨に祟れた寒いお祭りだった。

お仮屋 モール滝の広場
交換会 ウララ広場前車道
競演  ウララ広場前車道

平成11年
当番 桜1.2.3.4
幹事 桜3
参加 桜1.2.3.4
開催日 7/22-25
 
桜1 獅子
桜3 山車 大和囃子 幹事町
桜4 山車 新川囃子新友組
桜2 屋台 将門囃子

桜3は山車の上部を改装。
桜4は新川囃子新友組に囃子を変える。山車製作者への気遣いか?
桜1は以後獅子だけを奉納すると宣言。
桜2は車輪のゴムが磨り減り修理。

お仮屋 モール滝の広場
交換会 ウララ広場
競演  うらら2.3側車道

平成12年
当番 文京 生田 田中1,2,3 千束
幹事 文京
参加 文京 生田 田中1,2 雅連合
開催日 7/28-29 笠揃えは7/23

文京 獅子 幹事町
田中2 屋台 真和会
生田 新川囃子山車借用 新川囃子新城組
雅連合 真鍋新町山車借用 新川囃子新友組
田中1 S工務店所有(当時)山車借用 新川囃子なみき組

文京町の初幹事だったが手不足感は否めない。礎会との交歓会も直前まで開催仕様が出来ていなかった。笠揃えが前週の日曜日開催なのも初。以後定着感もある。
雅連合(市内祭礼愛好同好会の集合団体)としての山車奉納には賛否両論あり。

お仮屋 モール滝の広場
交歓会 モール滝の前車道
競演  土浦二高前八幡通り。

平成13年
当番 大町 大手 中央1.2 立田
幹事 大町
参加 立田 大町 大手 中央1.2
開催日 7/19-22

立田 獅子 獅子屋台新調。
大町 山車 S工務店の山車を購入。新川囃子新友組 幹事町
大手 屋台 将門囃子
中央1 旧内西屋台使用 葛西囃子菊岡家
中央2 旧鷹匠屋台使用 中丸囃子

立田は獅子屋台を新調。O工務店。白の獅子頭。
大町は旧山車を新川囃子なみき組に売却。S工務店の八角櫓山車を購入。
まとまった祭礼だったとの好評価がある。

お仮屋 モール滝の広場
交歓会 ウララ広場
競演  大町交差点



平成14年

当番町 東崎町 大和町 城北町 川口町(巡幸順序)
幹事町 川口町
日程  7月26日(晴れ)迎え祇園
      27日(晴れ)本祇園
      28日(晴れ)送り祇園
渡り付け 7月21日

笠揃い 7月25日 大和町 川口町 城北町

交歓会 ウララ広場
競演  モール滝の広場(お仮屋)前

猛暑のお祭り。4日間通して暑い日だった。
コースの設定上、時間調整が大変そうだった。
東崎は獅子屋台の額を新調。
大和は山車の状態が良くなくほとんど人形を上げなかった。四方幕新調。
城北はいつもどおりの新川囃子新城組の山車。この組への初組み入れ。
川口は小まめに全層を上げての巡行。好感的。


平成15年

当番町 桜町1丁目 桜町2丁目 桜町3丁目 桜町4丁目 
幹事町 桜町4丁目
日程  7月20日 (晴れ)    迎え祗園
     21日 (晴れ)  本祗園
     22日 (曇り雨)   送り祇園
渡り付け 7月15日

笠揃い 7月19日 

交観会 ウララ広場前
競演場 モール滝の広場(お仮屋設置所)前

20日以外は午後の巡行。
本来の日取りで実施。最終日が平日のため少し参加者より不満があった様子。
梅雨が明けきれず4日間を通して肌寒かった。
コースの設定上時間調整が大変そうだった。
桜町1丁目の獅子はいつもどおり。進行も早い。
桜町2丁目の提灯デザインが変わる。車輪のゴムが磨り減ってしまい使用可能か検討されたそうだ。
桜町3丁目は山車を再改装。すっきりとまとまった。
桜町4丁目は屋根後部を取り外し櫓をすっきりと出した。山車人形「卑弥呼」を新調。



平成16年

当番町 生田町 千束町 文京町 田中1丁目 田中2丁目 田中3丁目
幹事町 生田町 千束町
日程  7月23日 (晴れ) 迎え祗園
     24日 (晴れ) 本祗園
     25日 (晴れ)   送り祇園
渡り付け 7月17日

笠揃い  7月18日 生田町
     7月22日 千束町 田中1丁目 田中2丁目 文京町

交観会 ウララ広場前
競演場 ロイヤルホームセンター駐車場

猛暑のお祭りでした。特に25日は最高気温34゜C
文京町は花飾りをピンクと白に改装。獅子頭は立田町のI氏より借用。
生田町は前回同様新川囃子新城組の山車を借りる。囃子も新川囃子新城組社中。笠揃いは獅子でやったようです。
千束町は連合に初参加。明神囃子屋台(当時)を借りての参加。囃子は新川囃子新城組。
つまり新川囃子新城組社中は生田と千束の両方に乗った。しかも助っ人を入れない約束だったそうで、人員が双方にそがれいつもの迫力が感じられなかった。
田中1丁目は昨年(平成15年)に新調した新山車での参加。囃子は新川囃子新友組社中。重そうな山車。てこ棒の扱いが逆で曲がるのに苦労していた。
田中2丁目は一昨年(平成14年)に改修した山車での参加。長年山車を出しているので舵きりは上手かった。囃子は真和会。
全体的には散漫なコース取りで、何故か人手が少ない。最終日は当番地区だけを巡行していたので何となく寂しいお祭りだつた。
将門囃子が自前の屋台を新調。お仮屋横に設置して居囃子。

平成17年

当番町 大手町 中央1丁目 中央2丁目 大町 立田町
幹事町 大手町
日程  7月22日 (曇り晴れ) 迎え祗園
     23日 (晴れ) 本祗園
     24日 (晴れ)   送り祇園
渡り付け 7月18日

笠揃い  7月19日 大町
     7月21日 大手町 中央1丁目 中央2丁目 立田町

交観会 ウララ広場前
競演場 モール滝の広場(お仮屋設置所)前

暑い祭礼期間でした。幹事町の連合役員がピンクの半天というのが印象的でした。
立田町の獅子は例年どおりでしたが随所で紅白2頭の獅子を振り、めでたく好印象でした。
大手町の屋台も金箔が落ち着いてきた様子でした。車輪にゴムが廻してあるのですが無理に曲げずに加重による方向転換をしていて囃子方には負担がないようでした。
中央1丁目の車輪が新調されていました。屋台の塗り直しがあったようです。
中央2丁目は例年通り。飾り花が少し垂れ過ぎの感がありました。
大町の車輪がバージョンアップしていました。
全体的にまとまったお祭りでした。23日のPM4:30頃少し大きな地震がありましたが祭礼参加者はほんんど気づいていませんでした。
競演後、大町が人形を看板にぶつけてしまい破損したようです。

平成18年

当番町 東崎町 大和町 城北町 川口町(巡幸順序)
幹事町 東崎町
日程  7月21日(雨。夜曇り)迎え祇園
      22日(曇り)   本祇園
      23日(曇り一時雨)送り祇園
渡り付け 7月16日

笠揃い 7月17日 東崎町
    7月20日 大和町 川口町 城北町

交歓会 モール滝の広場(お仮屋)前
競演  モール滝の広場(お仮屋)前

全体的には雨で湿りがちなお祭り。東崎だけが17日に笠揃いだったが小雨模様だった。
東崎は獅子屋台の屋根の上を一新。花飾りを廃止した。獅子での幹事町は立田以来。
大和は笠揃いの前半で車輪の中心が腐ってボロボロになり走行不能になる。ジャッキアップで乗りきる。迎え祇園でももう1輪がダメになる。本祇園からは田中ニ丁目の車輪を借りる。山車全体はかなりの修理をしたが車輪までは気付かずいた。
城北はいつもどおりの新川囃子新城組の山車。
川口は昨年お披露目をした新山車。人形昇降機がスムーズでなく大変そうだった。


平成19年 

当番 桜1.2.3.4
幹事 桜1
参加 桜1.2.3.4
開催日 7/19-22  桜1.2は笠揃いを7/16に実施

桜1 城北山車借用 新川囃子新城組 幹事町
桜2 屋台 将門囃子
桜3 山車 大和囃子
桜4 山車 新川囃子新友組

桜1は16年ぶりの幹事町で山車奉納。山車か獅子かで町内大騒ぎだった。
桜2は例年通り。先頭に高張り提灯を持つ形が定着。
桜3は山車の状態が良くなかったようで人形、櫓の昇降がなかった。
桜4は例年とおり。

7/21の夜礎会との交歓会で喧嘩騒ぎが勃発。途中で中止。会場は異様な雰囲気。
翌日の最終日競演は警察による厳戒態勢。

翁会による神楽奉納。お仮屋横仮設舞台。初。

お仮屋 モール滝の広場
交歓会 モール滝の前車道
競演  ウララ横八間通り


平成20年

当番 田中1、田中2、田中3、生田、千束、文京
幹事 田中2
参加 田中1、田中2、生田、文京、大手
開催日 7/25-27
笠揃い 7/20 生田
    7/21 田中2、文京、大手
    7/24 田中1

生田 獅子 
文京 獅子
田中2 山車 真和会
田中1 山車 新川囃子新友組
大手  屋台 将門囃子

生田は24振りの獅子奉納。
文京は例年とおり
田中2は単独幹事町初
田中1は26日夜の出発前に舵が壊れる。
大手は迎え参加で絶賛。
最終日の夕立で競演中止。
昨年の騒動の影響で礎会との交歓会は取りやめ。礎会は単独のセレモニーをウララ広場で開催。

お仮屋 モール滝の広場
競演  田中八幡通りサイゼリア前予定だったが豪雨のため中止。


平成21年

当番  立田、中央1、2、大手、大町
幹事  中央1
参加  立田、中央1、2、大手、大町
開催日 7/24-26
笠揃い 立田 7/20
    中央1 7/23
    中央2 7/20
    大手 7/20
    大町 7/18

立田 獅子
中央1 屋台 葛西囃子菊岡家社中
中央2 山車(人形なし) 中丸囃子。
大町 山車 新川囃子親友組社中(一部道新組会員を使う)
大手 屋台 将門囃子

中央1は16年振りの幹事町。車輪新調。菊岡家社中。大拍子を4日間打っていたI氏に注目が集まる。大拍子と笛しか聞こえないほどの凄さだった。独演は「悪鬼退治」に「変わり面」を挿入した特別版。競演では恵比寿大黒に獅子舞。屋根の上で狐と獅子。後半は踊りなし。
中央2は一昨年新調の山車。緞帳を新調。山車人形は次回幹事当番までには製作予定とのこと。独演は梯子を使った狐4頭。屋根で獅子。
立田は紅白獅子。さすがに赤の大獅子は凄い迫力。
大町は新川囃子道神組ができたもののほぼ親友組の仕切り。独演は狐。照明がやや暗い。八角山車はやはり大きい。
大手は昨年に引き続いてのパワーあり。独演は「紅葉狩」の立ち回りシーンだけを抜粋。
前半は雨が少し降るものの、後半は晴天。ただ風が強くお仮屋のボンボリが倒れるほど。
礎会との交歓会はないものの花向け奉納を実施。

お仮屋 モール滝の広場
競演  関東つくば銀行本店前

平成22年

当番 大和 川口 東崎 城北
幹事 大和
参加 大和 川口 東崎 城北

開催日 7/23-25
笠揃い 7/22(全町)

城北 獅子
東崎 獅子
大和 山車 大和囃子
川口 山車 将門囃子

昨年9月に全町区長による連絡協議会が発足し、協議の結果土浦八坂神社奉賛会の主催としての開催となる。幹事町大和町は連絡協議会と協議しながらの祭事催行を目指す。
城北は町内で意見がまとまらず、新川囃子新城組が参加できなくなり、結果として獅子の奉納になった。しかし弊害は多く祭事に関する理解者が少なくまた参加者も激減していて連日の進行がもっとも遅れる。先頭であったため遅れ気味の巡行になってしまった。前半の獅子囃子もまとまりに欠けていた。
東崎は昨年獅子屋台を新調。屋台型となり回転可能。屋台ごと向けての花向けも要所要所で披露していたし、交差点での回転も見せていた。
大和は昨年新調した車輪で初巡行。花飾りを廃止して変わりに高張り提灯を前に出した。
川口は唯一、楽しそうな山車だった。前回よりは人形、三味線胴の上げる機会が少なかったようだ。
23日の迎祇園では天王様行列が土浦入りする場(旧北門後)で巡行安全祈願祭を催行。
24日の夜は「本祇園共演」として開催。第一部の共演。第二部の大行列。第三部の宮入。
全体的に間延びした感じは否めない。
25日の夜、競演開催直前に突風と雷雨。激しい風雨に競演は中止。
尻切れで終ってしまった。
4日間を通じて酷暑のお祭りだった。


平成23年

当番 桜1、2、3、4
幹事 桜2
参加 なし。ただし自町内曳き:大町、中央1、2、文京、生田、千束、田中1

7/22~24

3/11の東日本大震災により当番町が山車、獅子の奉納を自粛。3月中の決定。
寂しいとの声が多かったが当番4町は自町曳きも自粛。
天王様神幸行列は例年どおり。7/22に新川土手付近で桜町2丁目の発案により「将門囃子」よる行列お迎えあり。7/24には筑波銀行本店前にてやはり「将門囃子」による見送りあり。
7/23の礎会渡御。子供御輿、女御輿も。35周年イベントとしてウララ広場で太鼓競演を開催。開催前から不評。太鼓の競演と神輿渡御に直接的関係がないことが要因。
市内囃子団体の連合組織が結成され、ウララ広場を中心に囃子披露を行う。

平成24年

当番 田中1、田中2、田中3、文京、生田、千束
幹事 田中1
参加 文京、生田、田中1、田中2、大手、桜3、桜4

文京 獅子
生田 獅子
田中1 山車 新川囃子幸友組
田中2 山車 真和会
大手  屋台 将門囃子
桜3  山車 大和囃子
桜4  山車 新川囃子新友組

お仮屋   モール滝の広場
本祇園共演 ウララ広場
競演    田中八幡神社前
開催日   7/20~22(全日曇り気味 涼しい)
笠揃い   7/16(全町 快晴 酷暑)
渡り付け  7/15(全町)PM4:00~6:00

昨年の震災で自粛した桜町3、4は年明けから参加を表明。大手町も4年前から迎え参加していることから本年も参加表明。大手の正式参加表明は4/15の町総会後。
久しぶりの7ヶ町参加による賑やかな祭礼となった。
文京の祭礼事務所はマンション入り口。獅子舞での参加は毎年町内巡りはしているので手馴れた感じ。
生田の祭礼事務所は生田町公民館。獅子舞での連合参加は4年前と同じ。中丸囃子メンバーの手伝いが多数。やはり毎年町内巡りしているので手馴れた感じ。
田中1の祭礼事務所は田中1公民館。単独の幹事町は初だと思われる。笠揃いは獅子舞。3日を通しての新川囃子幸友組は初。
田中2の祭礼事務所は田中八幡社務所。山車の運行は慣れているはずの町だが、少し山車廻りがばたついていたよう。
大手は例年どおり手慣れた山車運行。
桜3、4ともに昨年の分を取り返すような勢い。山車運行はスムーズ。

20日の天王様お迎えは天王様に山車正面を向けての形だったが、通り過ぎたあとは後ろ向きになってしまったのはちょっと違和感。全町音を止める。止めた理由は不明。
21日の本祇園共演はセレモニーが長すぎる。わずか300m程度の巡幸に礎会が途中一旦神輿降ろすのも違和感。
22日は当番地区のみの巡幸。八幡様付近で天王様を見送る。
2年ぶりの競演は見物者多数。
全日を通して参加者が少なめだった印象。20日はまだ夏休みにならないので仕方ないが、それ以外にも高校総体などが重なっていた様子。
競演後、桜3だけは自町までレッカー移動。桜3町会判断らしい。


 



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