『残酷な神が支配する』■義理の父親に犯され続け、鞭で打たれ、とうとう彼を殺そうとして、自分の母親まで殺してしまったジェルミという少年と 彼の悲惨な実情を気付けず、彼の話をも信じられなくて、ジェルミを傷つけたと後悔し、今また彼を助けようとして、愛と努力を傾ける義理の兄、イアンの物語です。 ■美しい母親、サンドラと、ボストンに住んでいたジェルミは、黒髪の巻き毛も麗しい16才の少年。 ボランティアに勤しみ、ガールフレンドとの初旅行などを計画している普通の少年だった彼でしたが、母親に求婚していたグレッグというイギリス人にキスされそうになります。 それに抵抗すると、男は母親との婚約を解消し、それを嘆いた母親が自殺未遂を犯すのです。 「一度だけ抱かれたら、母親と結婚する」という、男との契約の元、ジェルミは悪夢に落ちて行くのでした。 ■しかし、その婚約者=グレッグは、ジェルミとサンドラがイギリスに行って一緒に住むようになっても関係を迫ります。 義理の兄、イアンと同じ寄宿学校に逃げ込んで、週末にも家に帰らないようにすると、義父は学校にまで迎えに来て、ホテルに連れだし、『罰だ』とジェルミを鞭で打つのでした。 父親と会った後、泣きながら学校に帰って来たジェルミをおかしく思いつつも、父を疑ってもいないイアンは、 「ボストンのガールフレンドとの話で取り乱している。」という父の説明を信じているのでした。 まぁ、しょっちゅうジェルミが泣いているんで、ちょこちょこ面倒をみてはやってるんですけどね。ボートに乗せて、歌を歌ってやったり…(とっても象徴的な美しいシーンです。) ■犯され、鞭打たれているジェルミの様子を垣間見た、イアンの叔母のナターシャも、グレッグ恐さに口をつぐみ、 2人の関係を知って、グレッグを威そうとしたメイドのシャロンは姿を消す中、グレッグの行為はエスカレートし、ジェルミの首を絞めて失神させるまでになります。 限界に来たジェルミは、グレッグの新車の欠点を利用し、事故に見せかけて彼を殺害したのでした。 ところが、その車には、最愛の母も乗っていたのです。 彼女の為にこれまで辛酸をなめていたのに…。 「こんなはずじゃなかった」 呆然となり、思わず言葉を洩らすジェルミ。 それをイアンが聞きとがめ、 『ジェルミが父を殺したのか』と、疑いを持ち、彼を問い詰め始めるのでした。 ■イアンは、保険調査員のリンドンと共に、ジェルミの真実を突き止めようとします。 しかし、車は『もともと欠陥車だった』ということになり、刑事的にはまったく疑われていないジェルミ。 ただ、自分が母を殺してしまったショックは大きいようす。それでも絶対にイアンに口をわりません。 威し、なだめすかし、泣かせては、慰め、ジェルミに向き合うイアン。 しかし、とうとうジェルミが真実を口にしたのに、父がそんな背徳的な人物だったと信じられないイアンは、「それはお前の作った空想だ」とジェルミを突き放し、ボストンに帰してしまったのでした。 後に父の撮った傷だらけのジェルミの写真を見て、イアンは真実に気付き、 自分のした無慈悲な仕打ちを償わなくてはと思うのでした。 ■ボストンに帰ったジェルミは、グレッグの魔の手からは逃れたものの、今だ彼の幻影と自己の罪の重さに押しつぶされて、普通の学生生活を送れず、薬に手を出し身を売るまでになっていました。 そこへイアンが迎えに行き、またイギリスに連れて帰ります。 ■今ではすっかりイアンの相談役となっているリンドンは、彼がジェルミを連れ帰ったことに反対します。 そして、彼の予想通り、イアンは、ジェルミと共に崖からまっさかさまに落ちるごとく、彼の嵐のような世界へ飲み込まれていくのでした。 ★私は、この物語を、イアンとジェルミの愛(もしくは信頼)の育まれる物語として読みたかったのですが、もちろんそんな甘いだけの話ではありませんでした。 結果的には、2人の間にある種の信頼が生まれてはいます。 ジェルミはイアンのおかげでまた、人を愛することができるかもしれないと思いはじめましたし、 毎年、12月には(ジェルミが義父と母を殺した日のあと数日間、発作が起こるので)アパートで、イアンとジェルミ2人が、ベッドに身を潜めて、時の通りすぎるのをやりすごすのでしょう。 ★それでも最初、この物語を読んだ時は、ジェルミにはバレンタインという同じような傷をもって分かりあえそうな女の子が存在し、 イアンも大学でガールフレンドができたらしいエンディングに非常に不服でした。 2人が恋人同士のようになって欲しかったんですね。私は…(笑) (ホント、BL小説読みの弊害が出ているなーと実感。2人がラブラブになって当然…と思うところはやっぱり腐女子独特の感覚ですか。) でも、何度が読み返すうちに、この2人の結びつきが、それぞれのガールフレンドなどよりもずっと深いと、 普通の恋愛などを超えた人間愛、(つーかイアンの愛情って神様の愛情みたいです)に近いほど強いものなのだと理解できて (BL小説とちがって、分かりにくいのよ。よーく読んで考えなくちゃ。) 今ではかなり落ちついた気分になっている私なのでした。(大人になったかしら?) ★この話が提起している問題はたくさんありますが、まず 『子供の時期に心に傷を持った人々の苦しみ。』 ジェルミはもちろん、グレッグという傷を、母を殺してしまったという傷を持ち バレンタインは兄との間にできた子を殺してしまったという傷を持ち 彼女の兄のエリックは、ピアノの先生から性的虐待を受けていた。 イアンの元彼女、ナディアの母も5歳のころのトラウマを持ち、そのせいで下の娘、マージョリーを溺愛してしまう… 等、傷があるが故に、言動が普通じゃなくなってしまう人達が沢山描かれています。実際の私達の周りにも、こんな、密かに傷ついている人達は沢山いるんだろうなと思わされるのです。 ★そして、もう一つの問題は、親との確執です。 ジェルミは、母親のサンドラをこよなく愛していて、彼女の為にグレッグの非道を耐えていたのに、実は彼女がそれを知っていて、何も言わなかったという事実を知りひどくショックを受けるのです。 厳寒の中、池に身を投げたくなる程のショック。 愛しているのに恨んでしまう心の板ばさみが、物語の終わり近くまで続きます。 それから、イアンの(元)彼女のナディアも、トラウマ持ちの母親とうまく行かない。 イアンの弟は、「お前はオレの子じゃない」と言われて実父を憎んでいた。 イアンでさえも、自分を残して自殺した母親がいなくなって『寂しかった』という感情を自分の中に閉じ込めていたらしいのです。 萩尾望都さん自身が、青年期に親と確執があったらしいと何かで読んだことがありますが、何度も彼女の話しではとりあげられているテーマですね。 そして、『決定的な答えは出ないのだ』という結論も、大体毎回同じです。 ★17巻にも及ぶ、長く暗い話に読者をひっぱていく原動力となるのが、 萩尾先生独特のイギリスの風物… 私にとっては大好物の『イートン校』もしくは『ハロー』そのものと思われるパブリックスクールとか(だってー制服3種類でしょー?同じだー)←なぜ知ってる?? 大好きなロンドンや南イングランドの景色の美しさがまずひとつ。 それから ジェルミをはじめ、『ビョーキだけど魅力的な人々』や、 イアンのような『ビョーキな人を助けてくれる暖かい人々』たち、 登場人物の魅力によるものが大きいです。 中でもやはり、ジェルミのギリシア美少年風の麗しさ、いじらしさと (もーねー、涙ぐんだりしちゃったら、ホモじゃない男だって落ちますって!!) イアンの(もちろん外見も超絶美形ですが)愛情深さ。精神の健康さ。 ジェルミに惑わされて、憎んでるのか愛してるのか混乱し、抱いてしまっては反省し、金で買ってみたり(小憎たらしくジェルミが言うんですよ~金払ったらやるって…)、それはだめだと力ずくで自分のものにしてはまた後悔したりというひたむきさとか。 更正させようとしては離れて行くのが嫌でまた抱きしめたりする様子にミラノはもうメロメロ~~~。 「なんでジェルミはイアンの愛情に素直に答えないのよ~~!!」(BLならもうとーっくに落ちてるのに…笑)と、マジで話の中に入り込んでおりました。 ジェルミをとっても愛していて「こいつが欲しい!!!」なーんて言ってるかと思うと、 (報われないからかもしれないけど)彼が大丈夫かな~…って時期になると、ビミョーに女の子に走りそうになるあたりが、ある意味フツーの『女好き』っぽくもあってリアルにかわゆかったです。 途中で、ジェルミが妙~~~な咳をし始めたんで 「え??まさか、フレディと同じ病気になってジ・エンド??…なんて可愛そう過ぎるよー。」 とまで心配したんですが、それは、義父に首を絞められたことをカラダが思い出しての症状だったらしいです。 (トーマの心臓でも、エーリクに似た症状がありましたっけ。) 明るいエンディングでほっとしました。 (丁度、ミラージュの哀しいエンディングにめげていたのでよけいに嬉しいです。) あと、実はジェルミはイアンのことを好きらしかったのですが、 『彼に愛して欲しい』とは思わずに『彼に罰して欲しい』と思っていた… あたりがちょっとわかりませんでした。 グレッグも、ジェルミが「殺してやる」と言うと 「それは最高の愛の言葉だ」と、喜んでいたんですよね。 ハートのねじれた人の考える事は分からないです。 学生時代に『トーマ』をバイブルのように毎晩読んでいた私ですが この本も、何度も読み返しては新しい発見をすることと思います。 |