
古い郵便物を見ていたら、昭和16年12月31日消印の横浜正金銀行の採用通知書が出てきました。
封筒の中には、【採用通知書】と【服務規律ニ關スル条項】、そして市【出頭通知書】が入っていました。

昭和17年1月8日付けの採用通知書によると《書記》として採用され、月給は60円となっています。
昭和16年当時の物価からしますと、この頃の公務員や銀行員の平均的な初任給のようです。
《頭取席詰ヲ命シ候也》とも記載されていますが、伯父に聞いたとこ、
「重役室付けというもので、単に役職がなかったからだよ。2月には軍隊に入営するのが決まっていたので、軍事関係のものを毎日読んでいたよ...」
との事でした。
尚、頭取の名が《大久保利賢》と記載されていますが、薩摩藩出身で、《維新の三傑》と言われた政治家の大久保利通の8男です。

上はかつて横浜正金銀行東京支店があった場所で、現在は貨幣博物館(右)が建っています。
この横浜正金銀行は、明治12年に設立され昭和21年の終戦後に閉鎖された為替銀行ですが、主に外国貿易関連の取引きが多く、大正時代には、世界三大為替銀行の一つとも言われた程になります。
もとよりこの地は江戸時代より金座が置かれ、小判などが鋳造され、《本両替町》という町名がついていた所でもあります。
因みに銀を扱っていたのが銀座です。
《昭和からの贈りもの》のホームページには明治末の同じ場所の絵葉書も掲載しておりますが、今では考えられない景色が写っています。
こういう歴史のある銀行に入社した伯父ですが、20日間も通勤しないうちに、翌2月には軍隊に入営することになります。
お星さまの贈りもの
www.ohoshisama.info