オ ニ オ ン の つ ぶ や き

2005/07/28(木)17:11

WAGON-LIT  寝台車 

WはVがだぶってるので、だぶるベー(ダブルヴェー)と仏語ではなります。 飛行機や特急車が普及した今は、かつては魅力の寝台車も姿を消しつつある。 ベルリンにまだ壁がある時、電車で西側のハノーバーからベルリンに入ったのだが、 着くのは早朝であり、簡易寝台車だった。何も放送が無く、一体どこに着いたのかわ からないままで電車が止まる度にきょろきょろして誰かが起きてくるのを待つ。しか しドイツ語を習う前だったので、どう言ったものか知らなかった。ただ「ベルリン」 でいいと思っていたが、あとで西ベルリン駅でなくZOO(ツオー)駅(動物園がある から)と言うということがわかったのだった。東ベルリンもアレキサンダー駅とか 言っていたっけ。西のビザだけで東に行くためのビザは取ってなかったので万が一東 に入ったらどうなったのだろうか。あの時は、そのまま東に行けるのかなんて想像も つかなかった。旅行者にもわかるように西と東で区別すればいいのになんて自分勝手 に思ったものである。西から東ベルリンに入るには、旅行者は一日visaを発行し てもらわなければなかった。でも知る由もなく、東に行く気もなかった。 西ベルリン用のVISAとそこの語学学校の住所のみを手にしていたにすぎないから だった。  それより5年ほどさかのぼり・・・パリからマルセイユのほうに戻る時、貧乏学生で あったので寝台車料金を始末しようとして寝台の無い車両に乗ったことがある。本来 が夜の電車で寝台用なのでが、普通の車両が一両繋いであったのだ。しかし夜の10時 30分あたりまで発車しないため、出来て間のないモンパルナスタワーの上で時間をつ ぶしてから、駅に向かったのだった。 つまり一夜を座ったまま電車にゆられたことになる。住んでいたのはマルセイユから 電車に乗り換えて30分のところ。なんとか無事マルセイユについた朝、預けていた スーツケースを係まで取りに行くと、エレベータが故障していて地下の置き場まで階 段を降りていくのである。するとそこのにいちゃんが私を誘ったのである。疲れきっ ていた私は、「ほんまに、フランス人とは~」とそのお誘いをふりきったところ、彼 は「じゃ、勝手に帰れ」と捨てせりふ。重いスーツケース、しかも持つ手が壊れてい る(ではないか、)を抱え2階分をあがったのである。ひどいとは思わなかったが、 なぜこんな目にあうのかと自分がわからなかった。 しかも我が住処まで行く電車は出発近しであった。早くしないと乗り遅れる。次の電 車まで待つことになれば、こんな駅で1時間以上も過ごさなければならない。必死の 思いで切符を買って、荷物をひきずって、走って殆ど動き出す電車に乗り込んだので ある。 問題はそのあと、マルセイユの次の駅でだった。この駅に10分近く停車したままで あるとは、よく乗る者だけにしかわからない。 私は荷物があるので席につかないで、入り口の近くで立っていた。2両ほどの小さい 電車である。ちょうど私の横の扉が開いて誰かが出たのであるが、マルセイユから私 の横にも地元の悪餓鬼みたいなのが数人立っていたが、出るでもなくひそひそしてい たのである。私はパスポートの入ったかばんを肩にかけていたので、そのほうを壁際 にして用心した格好をとった。 しかし駅での出来事に疲れて、あわてて切符を買ったので小銭入れだけ首からかかっ たままでセーターの中に隠すのを忘れていたのだった。本革のひもつきのお気に入り の財布だったのだ。パスポートに気をとられてこちらのほうを完全に忘れていたの だった。 それを思い出させてくれたのが、私を取り巻いていた例の悪餓鬼である。 「いい財布だねぇ」とか言って近づいてくるのである。 私はもううんざりで、脇をかためた。ちなみに電車は止まったままである。ちょうど その時、ひとりがうんと私のそばに来て思わず財布を引っ張ったのである。ひもが しっかりしているのでそんなに簡単にはとれない。そのうちふたり、3人と両手で掴 みにきたのである。私はなされるがままになっていた。というより動けなかったので ある。 なぜならそれと同じ時、座席のほうで誰かが立とうとしたら、「動いちゃいけない、 座ってなさい」と言う声がフランス語ではっきり聞こえたのである。それは悪餓鬼た ちとは関係ない普通の人のようである。 小悪魔たちは財布を引っこ抜くのに成功して、そのまま走って電車を駆け下りた。私 はさっきの声の持ち主の後ろ姿を確認しながら、追いかけようとしたら出来ないこと はなかったが、それは無人の島でいたずら猿を追いかけるに等しいと判断してただ 突っ立っていたのである。第一足が動かなかった。 財布をひったくられたことより、「動いちゃいけない。」という声に私の感性は狂っ たのである。25年ほどたつが、その時のことはスローモーションで今もはっきりと覚 えている。 それがフランスでの忘れられない思い出である。寝台車代を節約したがために発生し たとも言えるが、そのおかげで大変貴重な経験をした。 どんなに人に囲まれていても、襲われるのは自分だけである。たくさんの行き来のあ る大通りで犯される場合もあるのである。結局頼れるのは自分のみ。人を恨むべから ず。自分を鍛えるのだ。 到着した駅で乗客のひとりが、車掌に言っておいた方がいいよ。と言うではないか。 もはや判断力を失った私は言われるがままに居そうもない車掌が姿を現すのを待っ て、一応さっきの事を報告した。彼は、フランス人がよくする肩を浮かす造作をし て、「夏だからね、」と言った。それだけで終わり。壊れたスーツケースの取っ手を かばいながらごろごろころがして、私は自分の住処にゆっくり歩いて戻った。

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