2.入院
電話で産院に確認をとると、入院準備をして来てくださいという。準備を整え、両親、長男ルンバとともに車で出発した。おそらくこのまま入院になるはず。ルンバに何度も 「ママはおなかの赤ちゃんを産むために病院に行って、しばらくお泊まりしなくちゃいけないんだよ。ママがんばるから、ルンバくんもおじいちゃん、おばあちゃんとがんばってね」 と話して聞かせた。
産院に着き、受付を済ませると、すぐに診察室に呼ばれた。まずは内診だ。 子宮口と産道の様子を見て、先生は相変わらず、 「なんでこれで陣痛が来ないかなあ」 と首をかしげている。 「なんでなんでしょうか?」 と聞くと、 「なんでだろう?」 とくり返すばかり。
とにかく、痛みがつけばすぐに生まれるだろうとの判断で、誘発分娩をすることに正式決定した。 「あまりお産が遅くなると、お母さんが苦しくなっちゃうからね」。 そうして膣内を消毒し、内診台を降りた。
次に超音波で胎児の状態を確認。先生が位置を確かめ、 「横になる時は右を下にするようにしてね」とのこと。
10時から薬を飲んで、陣痛を呼ぶという。早速、陣痛室に移動だ。 待合室にいた家族にそのことを告げると、「え、もう?」。 通された陣痛室のベッドは、ルンバのお産の時と同じ場所だった。車に置いたままだった荷物を陣痛室に運んでもらい、持参したパジャマに早速着替えた。身に着けるのは、ネグリジェ状になっている上着だけだ。着替えを終えてナースコールをすると、すぐに看護師さんがやって来た。 看護師さんは、小さな白い錠剤を持っていた。陣痛誘発剤である(陣痛が起きていない状態から誘発する薬を陣痛誘発剤、微弱陣痛などの場合に進行させる薬を陣痛促進剤と言う。基本的には同じ薬)。様子を見ながら1時間1錠ずつ飲んでいき、最大6錠まで続けるそうだ。6錠飲んでも陣痛が十分に強まらない場合は、もっと強い作用の薬を点滴で加えるとのこと。飲み始めてすぐに陣痛が始まる場合もあるので、気をつけて痛みの様子(強さ、間隔)を見ておいてくださいと言われる。
腕には血管確保のための点滴が打たれ、おなかには分娩監視装置がつけられた。機械を肩にかけて歩くことができるタイプで、トイレなどには自由に行ってもよいそうだが、最初の30分間は胎児の心音を見るため、あおむけでジッとしていてくださいとのこと。時刻は10時10分。10時40分までは動けないということだ。
下着は看護師さんによってT字帯とお産パッドにつけかえられた。T字帯は紐がはずれやすいので、もしはずれてしまったら言ってくださいとのこと。逆ふんどしみたいなこの下着(?)、確かに紐がはずれやすいし、一度外すときれいに装着するのが難しい。一人目の時、トイレの後にうまく戻せなくて四苦八苦したっけ。 入院荷物に入れてきたお腰とサラシはお産で使用するため、後で自分の荷物から出して、産院から支給された分娩セットの袋に入れておいてくださいとも言われた。
ひと通り準備を終えてベッドに横になっていると、ルンバが母とともにやって来た。寝ている私を見て、不安そうな表情になる。しばらく横になっていなければならない旨を母に告げると、「じゃあ、ちょっと下に行って遊んでようか」とルンバを誘ってくれたのだが、ルンバはベッドにピタリとくっついて離れようとしない。私の首元に抱きついて「ママ、好き好き」と言ったり、「ルンバくん、行かないの」と泣きそうな顔でつぶやいたり。 「ルンバくん、ママしばらく入院しなきゃいけないんだよ。赤ちゃんを産むためにがんばるから、ルンバくんもがんばって」 と説得してみたが、ルンバの顔から不安な表情は消えない。そんな彼の様子を見ていて、こちらまで泣きそうになってしまった。 少しして、ようやくルンバは母と散歩に出かけていった。
そうしてひと息ついた10時25分。看護師さんがあわてた様子でやって来た。 「いま、おなか張ってますか?」 そんな風にはあまり感じない。首をかしげていると、看護師さんは「そうですか」とひとまず戻っていった。
10時30分。おなかが張ったような気がした。 10時33分。さらに、下腹部に鈍痛があったような気が。陣痛? 様子を見に来た看護師さんに、 「もしかすると5分くらいの間隔で陣痛かも…」 と伝える。
それにしても、あお向けでジッと寝ているだけというのは退屈だ。10時40分になったら晴れて動いてよい身になるので、バッグからお茶を出したり、分娩セットに必要な荷物を入れ替えたりしよう。40分まで、あともう少しだ…。
そう思って時計を見ていたら、ちょうど40分になったころ、看護師さんがバタバタとやって来た。 「もともと子宮口が5cm開いているし、陣痛が5分間隔で始まったようだから、お産の進みが早そうです。それから、いまは落ち着いたようですが、先ほど一時、胎児の心拍レベルが低かったので、分娩室に移って様子を見ましょう」 まだ痛みも「感じるかな?」くらいのレベルだったし、そんな差し迫った状況になっていたとはまったくわからなかった。ただただ驚きながら看護師さんの後について分娩室に移動を始める。 「あ、お腰とサラシをまだ分娩セットに移していないんですけど」 思い出して尋ねると、 「胎児の心拍が落ち着けばまた陣痛室に戻れると思いますから、まだ大丈夫ですよ」 という答え。
そうして10時40分、入院してわずか40分後に、陣痛室から分娩室に移ることになったのだった。 |