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行きかふ人も又

インド 

デリー

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 早朝4時起きで、新千歳~成田へ。成田~デリーへ。
インド上空は晴れ。畑と、乾いた茶色の大地と、奔放に蛇行して流れる川が眼下に広がる。
直行便で8時間半の空の旅のあと、ついにインディラー・ガーンディー国際空港に到着した。
時差は日本の3時間半遅れ。


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空港を出ると、インド人のガイド・チャマンさんと運転手さんが、出迎えてくれている。
この日、外の気温は40℃! (あとはずっと37~38℃だったけれど)
 
夕刻、まずは、ホテルへと向かう。
この短いドライブに、インドの道路ルールに度肝をぬかれたよ。
車と、バイクと、リクシャーと、牛と、人間・・・・もろもろが入り乱れて走る道路は、まさに混沌! 
私たちの運転手さんも例外ではなく、縦横無尽にかっ飛ばし、クラクションを鳴らしまくり、人ひとり轢きそうになりながら、ホテルに辿りついた。


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近代都市のイメージがあるデリーとはいえ、ホテルの外はこんなに荒廃している。
瓦礫と、とにかくゴミまたゴミ!
現地の人々の視線がすごーく気になる。
きっとあちらも、私たち日本人がすごーく気になる。

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人間と、あらゆる乗り物と、野良の生き物であふれる道。
バイクやスクーターや自転車の大勢乗りは、こちらでは常識だ。

7時半からの夕食まで、すこし時間があったけれど、とりあえずは部屋に落ち着いた。
長距離移動の疲れをとるのと、さっそく驚きのインドを、頭と心ですこし整理するひととき。


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ひとつめの部屋は、こんな感じ。
待てばシャワーにお湯も出るし、想像してたよりずっといいホテルだった。
インドでは、日に何度でも停電するのは当たり前で、毎日必ず、短い時間とはいえ停電するのだけれど、帰る頃には、それにもすっかり慣れてしまう。空港が停電するのには驚いたけど。


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チャンネルが100もあるという、テレビ。インドで一番人気だというスポーツ、クリケットの試合がたくさん放送されていた。映画チャンネルも多い。
時差があるので、夜の7時半からというベストタイムで、サッカーワールドカップ日本VSパラグアイ戦を応援できたのはラッキー。
PKになったところで、疲れて、眠ってしまったけれどね。


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気になるバスルームはこんな感じ。
一応トイレットペーパーをワンロール持っていったけれど、どこも備え付けてあって一安心だった。
インド式につかう手桶も完備。


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これからよく目にすることとなる、油を売る人々。
混沌たる人間の渦と、なにもしていない人々とのギャップが、まさにインドなのだなぁ。


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恐る恐る、家人とふたりで、夜と朝、ホテルの周りを散策してみた。
オートリクシャーがわらわらと寄ってきて、「どこへ行くんだ?」「乗っていけ!」という。
道ゆくインド人たちは、おちょくるように「ヘイ、ジャパニー?」と声をかけてくる。
なかなか怖い。


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ゴミだらけの崩れかかった歩道を、夜歩くのは、さらに怖くて、過度に警戒したまま一日目のデリーは過ぎていった。




ヴァーラーナスィー



 翌朝、運転手さんの車で、デリーの国内線ターミナルへ向かう。
インドの北東、ガンジス河の流域に位置するヴァーラーナスィーは、空路で1時間15分ほど。
この地は、「ベナレス」「バラナシ」など色々に呼ばれるけれど、独立後の正式名称はヴァーラーナスィーという。
北はワルナー川(Varuna)に、南はアッスィー川(Assi)に挟まれていることが由来だとか。

予定より、30分ほど遅れで昼過ぎに到着。本日も快晴。
ホテルでも乗り物内でもそうだが、キンキンにエアコンが稼働しているため、空港に降り立ったときの熱風が、やけにツライ。
空港に降り立ってすぐ、わらわらとリクシャーワーラーやいろんな客引きが押し寄せてくる。
無視して、木陰に逃げ込み、ヴァーラーナスィーでの2日間、お世話になる運転手さんが来てくれるのを待った。

ガイドのチャマンさんが、しきりに携帯で連絡をとっているあいだ、夢にまで見たこの町の空気を、全身に受け止める。
昨日から、すでに気づいていたインドの匂い。
スパイシーな体臭と、お香と、けもの臭と、し尿の交じった匂い。

そうこうしてる間に、40代半ばの凛々しい運転手さん(仮名=ジャマールさん)が到着したので、さっそく観光に出発した。
うってかわってとっても安全運転をしてくれるジャマールさんは、クラクションをあまり鳴らさないし(彼が鳴らさなくても、周りは容赦なく鳴らす)、度々ある段差ではかならずスピードを落としてくれて、安心して乗っていられた。


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デリーより明らかに緑が増えた。乾いた印象はなく、もうすぐ始まるモンスーンの季節が過ぎたら、畑には農作物が植えられて、もっと緑豊かになる。

道幅は狭く、貧しい人が増えた。牛もぐっと増えて、道路をふさいでしまう。
ただでさえ狭くて混沌とした道は、あっちこっちで工事をしていた。


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わたしたちには、一見、廃墟のように映るコンクリートやレンガの建物が立ち並ぶ。
お店の前には必ず、だべりながらおしゃべりしてる人や、こちらを穴があくほどじっと静観する男たちがいる。
この日は日曜だったので、多くの店がシャッターを閉めてお休みしていた。
人通りも、いつもよりは少ないらしく、インドの人はみんな暑さを避けて、休日は家でテレビを観たり、お昼寝して過ごすのが一般的らしい。


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寝ているのか、倒れているのかわからない人間がいる。
こんなに堂々と、道端の日陰でお昼寝できることが、ちょっと羨ましくもある。
いたる所で油を売る男たちに比べ、女性の姿を見ることが少ないのは、やっぱりインドが男性社会だからだ。
道端で動物がバッタリ倒れて死んでいるので驚いたけれど、のちのち、さほど珍しい光景ではないのだなぁ、と気づく。
野良犬たちは、痩せてガリガリで、さすがに狂犬病と思しき犬には出会わなかったけれど、徘徊する姿がちょっと怖い。


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(カメラを忘れて写真撮れず、これはお借りした画像です)



最初の目的地サールナートに到着。
サールナートは、町から10キロほど離れたところにある、四大仏跡のひとつ。ここでブッダは5人の修行者たちに会い、覚りの真理を初めて語ったのだという。

閑静で広々とした敷地は公園のようで、いたるところに地元の恋人たちの姿があった。
清々しい場所だけれど、モンスーンを控えたこの時期は蒸し暑く、38℃ほどとはいえ、少し歩くだけでくらくらして、汗がふきだしてくる。

上の写真はダメーク・ストゥーパ
6世紀に造られた仏塔で、直径26メートル、高さ44メートル。親しみの湧く造形と、細かく刻まれている模様が美しい。


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ブッダ、弟子たちに説法の図 


この一帯には、チベットやビルマの僧院、中国や日本の寺が建っていたけれど、それらは見ず、考古学博物館を見学した。
ここはカメラの持ち込みにうるさくて、鞄ひとつ持ち込めない状態。
携帯電話すら、入り口で没収されて、そのまま、見事なダメーク・ストゥーパもアショーカ王の石柱もカメラに収めることはできなくて、ざんねん。


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(こちらもお借りした画像です)

上は、ムールガンダ・クティー寺院内の壁画。
ブッダの生涯を順をおって描いたこの大作は、戦前、日本人画家・野生司香雪(のうすこうせつ)が描いたもの。
奥へ行くと金色のブッダ像が鎮座していて、その下には仏舎利が眠っている。


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寺院の外。神聖な巨木(ガジュマルだったような・・・)の葉と木のかけらを、お金を払うともらえる。
ガイドのチャマンさんが、「縁起ものだからもらっていけ」というのでいただいた。というか、買った。

このあとは、早めにホテルにチェックイン。暑くて消耗した体を休めつつ、一着しか持たなかった着替えを手洗いして、とりあえずシャワーを浴びてさっぱり。
ホテルの写真は、次回に。
夕刻、ついにガンガー(ガンジス河)へと、むかった。


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