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多国合作映画

2011.12.28
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カテゴリ:多国合作映画

 不思議なおはなし。監督の観念が脈々と流れるエイガは、おのずと解りにくくなる。
けれども、村と都会を対照的に描いたやさしくも真摯な眼差し、漂う無常感は親近感が持てる。
深遠な森の息づかい。目には見えない大切なもの。

(あらすじ) タイ東北部のとある村。腎臓の病気で死期の迫ったブンミの元に、ある夜、死んだ妻フエイと、行方の分からなくなっていた息子が不思議な生き物の姿となって戻ってきた。やがてフエイに導かれ、彼は深い森の奥へと足を踏み入れていく――。

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ブンミの物語を軸に、さらに二つのストーリーがさりげなく交差する。
彼の見舞いに訪れた妹と、その娘が暮らす都会の息吹、そして、老化したわが身を嘆く王女さまの物語。鳥の声、虫の音をBGMに、自然の青と黒に縁どられた、不思議な死生観が作品全体を包み込んでいく。

たぶん異世界への扉は、いつもすぐ傍で開かれている。輪廻する森は、いとも簡単に人間を飲み込んでしまう。だからこそ、大切なことを見失ったようなタイの都会での暮らしが、そっけなく侘びしく思える。
ブンミの葬式を終えて、お金の勘定をする妹は、ホテルの一室で白けた雰囲気を纏っていた。テレビからは不穏なニュース、信仰心の薄い若者・・・・そこはかとない虚無感は、よくわからないなりにこころに沁み込む。



 監督・脚本  アピチャッポン・ウィーラセタクン
 撮影  サヨムプー・ムックディープロム
 出演  タナパット・サイサイマー  ジェンチラー・ポンパス  サックダー・ケァウブアディー

 (114min/イギリス=タイ=フランス=ドイツ=スペイン)







Last updated  2011.12.30 13:12:21
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2011.11.28
カテゴリ:多国合作映画
  実写と人形アニメーションを融合させて描く、マッド・サイエンティストの復讐劇。
科学者のドロスは、美しい歌姫マルヴィーナに魅せられ、本番中の舞台から歌姫を連れ去る。共演者で恋人のアドルフォは失意に暮れ、孤島の屋敷に幽閉された歌姫はショックのあまりこころ病んでしまうのだった。
そんなある日、ドロス博士によって屋敷に招かれたピアノ調律師のフェリスベルトは、ピアノの代わりに、奇妙な自動機械演奏人形の調律を依頼される――。

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詩的で美しいとはいえ、ストーリーは薄い味。人形アニメーションの大家、ヤン・シュヴァンクマイエルのような、キッチュでグロテスクな、狂気と幻想の入り混じった世界観はなく、ただただ美しい。
多少グロテスクさはあるものの、アニメーションはこくわずかなで物足りないし、摩訶不思議な背景画面などはカレル・ゼマンに似ているけれど、愛すべきおもちゃ箱の世界はここにはなくて、妙に写実的なのだった。
クエイ兄弟監督は『ストリート・オブ・クロコダイル』のころが、私の嗜好にあっているのかもしれない。

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調律師のフェリスベルトは、奇妙な演奏人形の調律に戸惑いながらも機械仕掛けの人形に魅せられていく。同じころ、海辺にたたずむマルヴィーナに出会い、ふたりは一目見て心惹かれていく。それもそのはず、調律師は恋人アドルフォに瓜ふたつなのだった。(セザール・サラシュによる二役)
科学者が企てたのは屋敷で催される危険なオペラ演奏会。島に招かれた客人のなかには、あの失意の恋人アドルフォの姿があり、調律師と歌姫の三人は、ガラスを隔てた人形たちの宵に導かれるように引き合わされるのだが、、。

科学者の狂気は炸裂せず、自動演奏マシーンの全貌さえわからず、娼婦も人形も思わせぶりなビジュアルへのこだわりに留まって、一度ならずも二度眠ってしまうほど、引き込まれる要素は少なかった。映像ありきだとしても、ちゃんとした物語があればもっとよかったのに。
歌姫の美貌など、それだけでも絵になってしまうほど奇麗で、だただ非常に美しい作品だった。
きっとシュヴァンクマイエル氏ならマシーンの仕組みを誤魔化さずに壮観に演出するだろうと、、つい要らない想像をしてしまった。



 監督  ティモシー・クエイ  スティーヴン・クエイ
 製作総指揮  テリー・ギリアム  ポール・トライビッツ
 音楽  トレヴァー・ダンカン  クリストファー・スラスキー
 出演  アミラ・カサール  ゴットフリード・ジョン  アサンプタ・セルナ  セザール・サラシュ

 (99min/イギリス=ドイツ=フランス)






Last updated  2011.12.02 08:12:41
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2011.11.23
カテゴリ:多国合作映画

 ギリシャの巨匠テオ・アンゲロプロス監督作品は、他に並ぶもののない詩情豊かな映像美がいっぱい。
痛切なまでにストイックで静かな姉弟の旅は、母のいる家を捨ててはじまる、ふたりぼっちの汽車の旅。顔さえ知らないままに、父がいるはずのドイツへと向かう。

子どもたちが出会う大人は、旅一座であったり、長距離トラックの運転手であったり。いいことばかりではけしてない、厳しいことの度かさなり。12歳のヴーラと5歳のアレクサンドロスは、どんな時でも寄り添いあって、偽善と親切の入り混じる異国の旅路をくぐりぬけていく。

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小さな体でけんめいに旅をするアレクサンドロスがいたいけ。そんな弟のしらないことろで、姉ヴーラは、ヒッチハイクの男に手籠にされて傷つき、旅芸人の青年に恋をして小さな胸を痛めていた、、。そんなまだ幼ない彼女が、ずっと気がかりでしかたなかった。
旅先はいつもグレーの空。冷たい雨に凍えそうになりながら、遠いドイツまでの旅はつづく。

アンゲロプロス監督の画面はどうしてこうもひとを惹きつけるのだろう。フェリーニのような象徴的なオブジェの数々、静止画のごとく静かに佇む人々、ロングショットの静謐な美しさ。情緒あるテーマ音楽が繰り返し流れる。

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体を売るも同然で最後の切符を手に入れて、旅に出てはじめて座席にありついた姉弟は、汽車に揺られながら微笑みあい、穏やかなやさしい表情を浮かべる。束の間の休息。
汽車を降りて国境を渡る真っ暗な川をボートで漕ぎだした彼女たちの背後に、一発の銃声が響き渡る・・・・。
翌朝、目覚めたふたりは夢にまで見たドイツの大地に辿りついていたのだろうか。だんだん霧が晴れて、むこうには一本の大木。それはふたりを待っていてくれた、顔も知らない、存在さえ不確かなお父さんのように、姉弟を包み込む。





  監督・脚本  テオ・アンゲロプロス
  脚本  テオ・アンゲロプロス  トニーノ・グエッラ  タナシス・ヴァルニティノス
  音楽  エレニ・カラインドロウ
  出演  ミカリス・ゼーナ  タニア・パライオログウ  ストラトス・ジョルジョグロウ

  (125min/ギリシャ=フランス=イタリア)







Last updated  2011.11.24 21:07:42
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2011.08.18
カテゴリ:多国合作映画

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 チネチッタ撮影場を舞台に、フリッツ・ラングが「オデッセイア」を製作するという設定で、脚本家の夫とその妻の断絶をシニカルに描きだす――。


 私生活で、妻アンナ・カリーナとの仲を悩んでいたゴダールが、原作に自身の苦悩を投影して撮った作品だとか。
ふつうなら感情的になりそうなものを、観念的に昇華して一切感情移入させないのがスタイルか。
罵り、手をあげたりする場面はあっても、なんにも感じない。この断絶感とか、ポップさと辛辣の同居するチグハグさが、まさにゴダール。

舞台となったカプリ島にあるマラパルテ邸は有名な建物で、海辺の断崖はふたりの諍いの場面にぴったりだった。
夫がプロデューサーに卑屈になることを妻は許せない。嫌悪を露わに軽蔑するのだが、そんな彼女だって、アメリカ人プロデューサーに思わせぶりな態度をとって夫に見せつけたりする・・・・なんだかなぁなノリなのだ。

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とはいえ、たかが夫婦の諍いと侮れないのがゴダール作品。各国の業界人を登場させて、ハリウッド化のすすむヨーロッパ映画に警鐘を鳴らしているのです。
舞台はイタリア、夫婦はフランス人、フリッツ・ラング(ご本人)はオーストリア生まれの名監督、アメリカ人プロデューサーは「シェーン」の俳優ジャック・パランスが演じている。
劇中映画を撮るラングの撮影風景と、意味深長な台詞も第二のみどころ。

脚本家の妻を演じたブリジット・バルドーのしなやかなヌードが綺麗だった。色気たっぷりな面立ちと肢体は超セクシイ。
彼女の辛辣なデッドエンドだけがちょっとショックとはいえ、あまりにさり気なく幕が下りることに、かえって感心してしまう。


†      †      †

 


監督・脚本/ ジャン=リュック・ゴダール
原作/ アルベルト・モラヴィア
音楽/ ジョルジュ・ドルリュー
出演/ ミシェル・ピッコリ  ブリジット・バルドー  ジャック・パランス  フリッツ・ラング

(102分/フランス=イタリア=アメリカ合作)







Last updated  2011.08.19 21:42:30
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2011.04.28
カテゴリ:多国合作映画
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 カンヌでパルムドールを受賞した、ミヒャエル・ハネケ監督の最新作。
どこまでも人の心の闇に迫ろうとするハネケ監督に、またイヤな気持ちにされられる、、そうわかっていても、
目撃したい、挑みたい気持ちにさせる作品を撮る人。ひさしぶりのシアター キノにて。
 
 第一次世界大戦前夜、北ドイツの小さな田舎町を舞台に、人間の心の闇を痛烈に描き出すミステリー・ドラマ。
敬虔な田舎の村で、次々と巻き起こる悪意に満ちた不可解な事件と、それによってあぶり出される村人
たちの不穏な素顔を、全編美しいモノクロ映像で綴ってゆく――。

 
 地主である男爵が支配する、この村。
何者かの悪戯で道に張られていた細い針金に躓き、村のドクターが落馬して大怪我を負った事件を皮切りに、
不穏な出来事が立て続けに起こる。製材所での落下事故、荒らされる畑、男爵の息子の行方不明・・・・・。

村にあるのは、後のナチスによる支配の縮図か。男たちは、弱い女こどもを暴力(性的な暴力も含め)で抑え
つけ威圧する。自分の優位や自尊心のために。
忌々しい過去を語る狂言回し役には、当時、村の学校で先生をしていた青年。女こどもの味方とも男たちの味
方ともいえない彼が、過去を回想するかたちで、体験した事実を淡々と証言していく構成となっている。


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子どもは無垢なのか。たしかに、本来なら、子どもは無垢なのかもしれない。けれども、そうではいられない状況
がたしかにある。
牧師やドクター、男爵やほかの男たちの、横暴で卑劣な仕打ちは、女こどもにとって脅威以外のなにものでもない。
真実は、弱い者たちの反乱ととって、間違いないだろうけれども、真相がどうかはこの際問題ではなくて、すべての
悪の根源と呼べるものが、この物語の内に潜んでいる気がするから、目を逸らすことができないのだ。
子どもはやがて大人になる。そうなったとき、なにが手本となるのか、、、末怖ろしい。 
“敬虔な村”というけれど、敬虔ささえ怪しい。神の存在など、とても信じられない気持になってくる。
監督作品を数作観てきたいま、ミヒャエル・ハネケ氏は無神論者にちがいないとさえ思えてくるのだった。

全編モノクロームで描かれるひどく冷えた出来事の数々。
居心地の悪さマックス、嫌悪感マックス、後味の悪ささえハネケ監督には褒め言葉になってしまうのだと
すれば、ちょっとにくい気がする。


†   †   †


監督・脚本/ ミヒャエル・ハネケ
撮影/ クリスティアン・ベルガー 
ナレーション/ エルンスト・ヤコビ 
出演/ クリスティアン・フリーデル  レオニー・ベネシュ  ウルリッヒ・トゥクール 
(モノクロ/144min/ドイツ=オーストリア=フランス=イタリア合作)






Last updated  2011.05.01 10:57:39
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2011.03.21
カテゴリ:多国合作映画

 フランスの素朴派の画家、ルイ・セラフィーヌ
(1864~1942)を、この映画で初めて知った。
素朴で力強く、絵の中の植物は蠢いて見えるほ
ど生命力があふれている。
神の啓示を受けた彼女は、貧しさのなかで、自然
から絵具となる材料を集めて、独自の作風で絵を
描いた。
偶然のいたずらが、セラフィーヌとドイツ人画商を
引き合わせたことで、彼女の運命は変わっていっ
たのだった。
 
画商のヴィルヘルム・ウーデは、ピカソやルソーを
見出したので有名な人。 
家政婦として彼の家に通っていたセラフィーヌの絵を、
偶然目にしたウーデは、すっかり惚れこんでしまい、
手当たり次第に買い取っては、世に出るように尽力するのだが――。
 
アウトサイダー・アーティストと呼ばれる人たちが、果たして芸術家として成功することが幸せな
のかは、わからない。
生きるためには製作せずにはいられなかった――そんな生の芸術は、きっと他の作品群とすこし
違うのかもしれないから。
セラフィーヌのように、芸術活動が精神バランスを保つ役割を果たしている場合、有名になることで
崩れていくなにかが、あるのかもしれない。

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木々と語らい、草花を愛したセラフィーヌの孤独な製作活動は、時代に翻弄されながらも、
ウーデの力添えで続いていく。
絵は売れはじめ、次第に有名となり、まとまったお金を得られるようになる。
しかし貧しさから一転、富を得たセラフィーヌは、こころの均衡を崩し、扱いを知らぬお金に身を滅ぼし、
次第に精神を病んでいってしまう・・・・。
敬虔さと絵に対する野心と、無垢であることと富むことと。
そぐわない事態が悲しくて、ひとり精神病院でその生涯を終えたというセラフィーヌの人生が切ない。
その絵は今も、素朴派として人々の目に触れ、美術史に名を残してはいるけれども、はたして天国
の彼女は喜んでいるだろうか。
ウーデのおかげで素晴らしい芸術は世に出た。しかし、セラフィーヌが自然界から離された精神病院で
人生を終えたことが、運命とはいえ、悲しいことのように思えてならなかった。
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監督  マルタン・プロヴォスト
脚本  マルタン・プロヴォスト  マルク・アブデルヌール
撮影  ロラン・ブリュネ
音楽  マイク・ガラッソ
出演  ヨランド・モロー  ウルリッヒ・トゥクール  アンヌ・ベネント

(カラー/126min/フランス=ベルギー=ドイツ合作)

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Last updated  2011.03.21 16:25:07
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2011.03.13
カテゴリ:多国合作映画
 
  イラク戦争が起こったのは2003年。大義は「大量破壊兵器」を発見することだった。
けれども、「大量破壊兵器」は実在せず、今では米政府のプロパガンダであったことが常識。
映画のなかでは、国防総省の役人が犯人となっていて、本編を介して訴えたいアメリカの意図が見えるという。
政治に詳しい人が見れば、笑ってしまうようなみえみえのお話になっている(らしい)。
『ジェイソン・ボーン』シリーズの、マット・デイモンとポール・グリーングラス監督が
再びタッグを組んだ作品。  
 
フセイン失脚直後のイラク、バグダッド。米陸軍のミラー准尉(デイモン)と彼の部隊は、
大量破壊兵器の発見という極秘任務に就いていた。
しかし、上からの指示に従って捜索を繰り返しても、一向にその痕跡すら掴めずにいた。
ようやく手にした重要な手がかりも、国防総省のパウンドストーン(キニア)によって握りつぶされ、
彼への不信を募らせていく。
同じころ、CIAのブラウンもまた同様の疑念を持ち、ふたりは手を組み、独自の調査に乗り出す
のだったが・・・・・。


 
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 「ボーン」 シリーズがおもしろかったのは、原作の良さによるものである。
ジェイソンの寡黙さが魅力であったのでもある。
今回のデイモンは、屈強とはいえふつうの軍人を演じているため、なんとも味気がない。
カメラワークを駆使した映像は文句なく、臨場感も素晴らしいけれど、後に残るものがない。
せめてやるせなさや無情さを感じさせてくれたら良かったのに。事実を爽快に抉って。
本編こそが、アメリカのジェスチャーなのだから、いくら製作陣が頑張っても中身がいいものはできないか。
 
この数日、日常のなかで、いかにテレビやネットの情報に振り回されているか、
実感することが多かった。
テレビに流れ続ける凄惨な映像に落ち込んで、しばらく見ないでいたいと思うけれど
情報を得るにはテレビをつけるしかなく、、そうすれば容赦のない情報の氾濫に押し流されてしまう。
大きな力に踊らされるのは、けっきょく国民ということになっている。
できればこの国の統治力に拍手して終われたら、、と淡い期待を抱くけれど
そうなりそうにない。
他国の人たちが感嘆するほど、我慢強くいてくれる被災した方々の踏ん張りを、
ムダにしないよう、誠意持ってみんなが対応できればいいのに。





(カラー/114min/フランス=アメリカ=スペイン=イギリス合作)








Last updated  2011.03.16 19:09:19
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2010.12.12
カテゴリ:多国合作映画

  巨匠テオ・アンゲロプロス監督による、ギリシャ現代史の雄大な一大叙事詩。3部構成となる予定で、本編はその1作目。

  1919年。ロシア革命によってオデッサから追われ、難民となったギリシャ人の一群が東を目指して歩いていた。革命で両親を失ったエレニは、一行のリーダー格、スピロスに拾われ、家族の一員として育てられる。
およそ10年後、スピロスたちは新たな村<ニューオデッサ>を築き住みついた。エレニはスピロスの息子アレクシスと恋に落ち、彼の子供を身篭るのだが、生まれた双子は、スピロスの怒りを怖れた周囲の大人たちによって養子に出されてしまう。
やがて、スピロスは妻ダナエを亡くし、成長したエレニを娶ろうとするが、結婚式から逃げ出したエレニはアレクシスと共に、駆け落ち同然に村を去るのだった――。

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 祖国と両親を失ったときから、エレニの旅は始まった。なにも持たない、か弱いひとりの女性が、ただ愛する人と手を繋ぎ合って生きている。
不確かな未来に、不安定な暮らし。けれど彼らには常に音楽があった。豊かな情緒たっぷりな音楽に抱かれながら、不安と希望を抱きながら、深く愛し合うエレニとアレクシスが切ないほどに強い。

独特な時間感覚のなか、予測できないことばかり起こる、3時間の長尺といえ眠気とは無縁な世界だ。
長回しと、生命力に満ちる水に覆われたスクリーンの数々。人の魅力、情感ある音楽の魅力、途切れることのない映像美が圧倒されるほどすばらしい。

<ニューオデッサ>で一度手放した我が子と、旅の途中で再会し、手元に引き取ったエレニとアレクシスは、少しずつ家族4人の絆を深めていく。しかし、困難は続く。
スピロスの死、村の水没、アコーディオンの名手であるアレクシスの夢を懸けた渡米による別離・・・・。止めを刺すように、ファシズムの嵐が吹き荒れ、エレニは音楽仲間のレジスタンスを匿った罪で逮捕され投獄されてしまうのだった。

なんにも持たなくても、故郷を失っても、泣いても、愛する人と手を取り合っていたエレニのささやかな幸せさえ、結局戦争によって引き裂かれてしまう。
内戦の終結とともに釈放されたエレニには、もう愛する家族は残されていない。アレクシスも最愛の息子たちも、それぞれに戦死を遂げ、泣き崩れるエレニがただ、ひとり残されるばかり―――。
寓話に似た語り口と、象徴的な画。それに救われた。でなければ、切なくてやりきれなかったと思うから。


†   †   †


監督/ テオ・アンゲロプロス
脚本/ テオ・アンゲロプロス トニーノ・グエッラ ペトロス・マルカリス ジョルジオ・シルヴァーニ
撮影/ アンドレアス・シナノス
音楽/ エレニ・カラインドロウ
出演/ アレクサンドラ・アイディニ  ニコス・プルサディニス  ヴァシリス・コロヴォス

(カラー/170min/フランス=ギリシャ=イタリア合作/TRILOGIA I: TO LIVADI POU DAKRYZEI)






Last updated  2010.12.12 22:57:45
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2010.09.29
カテゴリ:多国合作映画

 神代から未来まで、娼婦をテーマに描いた6話オムニバス。

 なんともいえない、アンニュイなつまらなさ。
ここまで持て余す作品は、久しぶりかもしれない。
ゴダール以外はブロカ監督しか知らないせいか、ひとつひとつに思い入れが持てなかった。
“ 流石ゴダール ”という感想が多く目に入るのは、そこしか褒めようがないからか、、、なんて。

娼婦を描くにしても、西洋文化には、可哀想とか同情は一切ない、あっけらかんとしている。
ユーモラスでさえあるのが救い。
邦画ではこうはいかないだろう。

豪華な出演陣以外の見どころとしては、神代から未来へ、その都度移り変わる時代に合わせて、風俗や衣装が変化していくところだろうか。
わたしの相性には合わず、大半がサブイボ状態だったので、どなたか、この作品のお楽しみポイントがあれば、お聞かせください。
 

†   †   †
  

監督  フランコ・インドヴィナ 『神代に起こった女の変身』
    マウロ・ボロニーニ 『ローマ皇后も好きだった』
    フィリップ・ド・ブロカ 『貴族好み』
    ミシェル・プフガー 『手管に踊る幸せ』
    クロード・オータン=ララ 『快楽を運ぶ救急車』
    ジャン=リュック・ゴダール 『二〇〇一年愛の交換』
音楽  ミシェル・ルグラン
出演  ミシェール・メルシェ  ガブリエル・ティンティ  エンリコ・マリア・サレルノ
     ジャンヌ・モロー  ジャン=クロード・ブリアリ  ナディア・グレイ
     アンナ・カリーナ  ジャン=ピエール・レオ

(カラー/フランス=西ドイツ=イタリア/112分/LE PLUS VIEUX METIER DU MONDE)








Last updated  2010.10.05 22:04:28
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2010.08.07
カテゴリ:多国合作映画

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イギリス人夫婦が、豪華客船上で知り合った、奇怪な車イスの作家と美しい妻。作家が語る異常な夫婦関係の物語に、イギリス人夫婦は翻弄されていく―――――。


 ポランスキー監督と知らなければ、ばかばかしくて途中で見るのをやめていたかもしれなかった。しょうもないと見せかけて、揺れ動く4人の心と行動に、徐々にのめり込ませていく異色なエロチックサスペンス。途中で断念しそうになっても、がんばって見続けるうち、意外にもおもしろかったーということになるのかもしれない。(ならないかもしれないよ)

イギリス人夫婦の夫で精神科医のナイジェル(グラント)は、船上で偶然知り合った、車イスの作家オスカー(コヨーテ)から、自分の話をぜひ聞いてくれと頼まれ、彼の客室を訪れるようになる。
オスカーが語るのは、若い美貌の妻ミミ(セニエ)との物語。ふたりの出会いからはじまる愛欲の日々は、破綻をむかえ、過激なSM行為にはしり、やがて激情の末の残酷な結末へと様変わりしていく・・・・。
紳士然としているナイジェルが、奇妙な性生活に諍いがたく興味をそそられて、ミミに惹かれて行く様を絶妙な心理描写で描いていく。

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アメリカ人のオスカー、フランス人のミミ、イギリス人の夫婦。何気に国柄が表れてくるのがおもしろい。豪華客船が向かうのはイスタンブール、途中インドに寄港するらしく、船長はインド人だし、ポランスキー監督はポーランド人という、かなりインターナショナルな作品。
皮肉交じりの多国籍映画は、男と女の極限下のエロティシズムを描いた、文芸大作の映像化だけに留まらず、異様な後味と不気味な心のざわつきを残すのだった。

作家とはいえ、まだ一冊も本を出したことのないオスカーが書くのは三文恋愛小説。遺産で生活しながら、放蕩の限りを尽くす彼に、見染められたミミはきっと不幸。
どうみても尻軽女に見えるミミだけれど、むかしは純真で、彼のことを本気で愛しただけだった、、、。ミミの激しい愛は、やがてオスカーにとって邪魔となり、残酷に痛めつけらることになるのだが、運命はさらに変わる。
ミミの復讐劇がはじまるのだ――――。

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オスカーの告白に、か弱く揺れ動く、ナイジェルと妻フィオナ(トーマス)の関係が危うい。ナイジェルはミミに惹かれ、そのことを妻は知っている。
ナイジェルを誘惑するミミは、どう見ても悪女、とても純真さの片鱗さえ留めていない彼女が悲しいが、すっかり悪女になったのは、オスカーのせいなのだから悲惨だ。
とはいえ、この物語の一番のつわものはじつはフィオナなのだ。夫さえしらなかった一面を見たとき、誰もが驚くに違いない。

びっくりするようなオチの悲劇に驚きながら、当然のようにも思えるデッドエンドが突然にやってくる。
愛を確かめるために豪華客船に乗りこんだはずのイギリス人夫婦が、この先どうなるのか、考えるだけでも憂鬱な絶妙なラストがよかった。


†   †   †   †


監督・製作/ ロマン・ポランスキー
原作/ パスカル・ブルックナー
脚本/ ロマン・ポランスキー  ジェラール・ブラッシュ  ジョン・ブラウンジョン
撮影/ トニーノ・デリ・コリ
音楽/ ヴァンゲリス
出演/ ピーター・コヨーテ  エマニュエル・セニエ  ヒュー・グラント
クリスティン・スコット・トーマス  ヴィクター・バナルジー

(カラー/140分/フランス=イギリス)







Last updated  2010.08.10 22:35:26
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