February 22, 2011

第53回グラミー賞

カテゴリ:想うこと
先日、FM802とスポンサーさんの御好意により、急遽、グラミー賞を生で味わうべく御招待いただいて行ってきました。

恒例のぼくの主要4部門大予想はalbum of the yearとnew best artistが的中ぺろり
受賞者の顔ぶれ的に大満足な結果で、まだまだ自分の音楽の理想への感性を信じてもよさそ気だなとご機嫌になった次第ですウィンク
近年のハービーハンコックのalbum of the yearをすべての下馬評を裏切り、的中させたボクだもの(以上、自慢大笑い

テレビで放映される主要部門と放映されない他の98部門は、それぞれ別会場で行われたのだけど、片や華々しく、片や和気靄々としたもので、また生でその場にいると、アメリカ人他世界中の音楽家が、よりグラミーへの誇りを抱いている感をじっくり味わうことができるものでした。

あらためて感じたのは、アメリカという国が音楽を、エンターテイメントであり文化である、としっかり認識し、それをいかに今の現実の中で顕彰し続けようとしているのか、という事でした。

だれも知らないような賞でも、誰もが知っている賞でも、そこにたずさわり、また受賞できた人間が同じように最大の喜びを全身で表現していました。
そこに見たものは、主要4部門のような賞も他の分野も、アメリカの音楽シーンの中では共に音楽の発展に歩を進め、共に作用し合う事で、それぞれの陥りがちな欠点を補っているのだなという事も強く感じられます。
またそこには、メジャーかマイナーか、ポップかマニアックか、売れたか売れないかという単眼的な見方では永遠に掴めないであろうリンクがあります。
それは詰まるところ、どんな片隅の音楽でも感動している人間には大切な宝物である、という聴き手への愛情とも言えます。
そのためと言っても過言ではないであろう事として、グラミーは108部門のスターが存在し得る事で、ノミネート者や受賞者がその年の理想を牽引し、マイノリティーのパワーを認め、マジョリティーのパワーと責任を表面化させる事を実現させ、世界中の音楽家の創作への意欲を打算ではない世界へ一生懸命導こうとしています。
もちろん、現実はアメリカでも日本の何百倍もダークな思惑が常に介入してくるショービジネスの世界です。だからこそ、長い歴史の中での自浄作用をコツコツと工夫を重ね組み立て、成熟に向かっているのです。
権威の大切さと、権威の形骸化の恐ろしさへの挑戦。。。。

70年代に入るまでは、グラミーからは相手にされなかったローリングストーンズのミックジャガーの堂々としたパフォーマンス。
かつて「音楽である」という認識からも排除されていたRAP部門での、Dr.Dreを始めとする彼らの堂々とした威風。
(いまや、スミソニアン博物館でもニグロ文化の歴史としてHIP-HOPは堂々と顕彰されています)
数年前なら考えられない、Album of the yearを受賞したカナダの一インディーズ出身のArcade Fire。。。
これはオルタナティブという分野を単なる反主流とだけ捉えるのではなく、すべての分野が陽を浴びていけるようにという止揚が、文化の中に定着している証しでしょう。
New best artistで、ジャスティンや他を抑えて受賞したジャズ界からのエスペランザ。
それは「このアーティスト売れてるの?」的視点でしか見なかったら、永遠に「Award」の意味と誇りをわからないであろう事に、エンターテイメントの雄であるアメリカが受賞させてしまう懐の大きさでもあります。
でなければ、世界中で日本のゴールドディスク大賞のようなものだけやってれば、あとは必要ないものね。

そして、もちろん単純に作品としてもそれぞれの完成度は言うまでもありません

アーティストが、もっとも誇りの中の誇りを感じる Album of the year...
それ以上に実は更に最も誇り高い賞である Person of the year...
もちろん108部門どれにも格付けの差はない彼らの認識。。。

ビジネスとしての成功は、シーン全体にチャンスが与えられ、シーン全体が盛り上がる事でしか最終的な成功は有り得ないという理性が、欧米の音楽シーンでも大きなカギになっています。

いまだ道半ばな日本の成熟を夢見て、しっかりと未来への橋渡しの一端を思った三日間でした。





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Last updated  February 22, 2011 11:40:56 PM
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