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2018.08.14
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テーマ:生き方上手(637)
カテゴリ:・古典
《20.風地"観"『観る/観られる』》

易経読本 入門と実践 [ 河村真光 ]
【自分が観察する、自分が観察されるの二義】
「自分が他人を観察するように、周りは自分を観察している。今更背伸びしても始まらない。それ以上でもなければ、それ以下でもない。身をただすこと、それ以外に手はない」
…これは、河村真光氏の著作"易経読本"に記されている言葉です。易経では大まかに「六十四の道」について書かれていますが、その1つに『風地観』という事象が紹介されています。無闇に動かず、身の回りの状況を確(しっか)り見回って現状を把握する時である、と説いています。
 ただ、自分が身の回りを観察するように、逆に相手も自分を観察しています。その身を正しているなら憂いはありません。しかし、もしも自分の心に何か後ろめたさがあるならば、少しずつ人の視線が気になってきます(;´-`)。実際は大して観られていなかったとしても、勝手に自分が観られていると思い込んでしまう場合もあります。そうなってしまうのは、自分に自信が無いからである。堂々と「俺は正しい」と胸を張って言える程の考えや行動が無いと、勝手に自分で肩身の狭い気分になる。日頃から頑張って出来る限りの事を最大限にやってきた人であれば、そんな他人の視線にムダに悩まされる事は無い。何故なら、全力で物事に挑んでいるから、様々な事象を体験を通じて理解しているからだ。他人の視線を気にする前に、自分が出来る事を全て完遂させる意気込みで物事に挑むべきである。

【己自身を振り返り観る、即ち『自戒』】
…面識のある人、関わり合いのある人は、自分の思っている以上にその挙動を観察している。そう常々認識していれば、些細な挙動にも気を配る意識が生じる。観られている意識は、自身に纏(まつ)わる問題や誤解などが発生した時に初めて生じる場合が多い。人によっては、執拗く教育されて習慣付いた場合もある。どちらにせよ、「観られている意識」は、身を正す習慣を身に付ける切っ掛けになる。

【物事を本当に観る&何も考えず漠然と眺める】
「表面をただ眺めるのではない。ものの奥に隠された真実を観るのである。観るのは目だけとは限らない。五感駆使して観る」
…"観る"という言葉から、観察は"目"だけを使うと思うかもしれんが、実際は五感を駆使して「観る」事も出来ると俺は考えている。
 何かのニュースか本で「人は七割方"視覚"で情報を得ている」と見たことがある。視覚は、それほど情報入力の割合が多いのである。それでも「耳で観る」「鼻で観る」「触って観る」など、視覚以外での情報収集も可能だ。恐らく、"観る"とは『情報の収集と分析』を意味しているのだろう。
 豊富な情報から現状の把握を十分に行えば、次の手を計画する時の材料として大いに役立つ。もし、行き詰まりや知識不足を感じたならば、一度足を止めてじっくり『観察』する事も必要である。
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Last updated  2020.11.02 12:23:08
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