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家曜日~うちようび~

2018.05.10
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​​​​川で溺れて死にかけたことがあります。

僕が小学2年生の頃、家族五人で川遊びに行った時の事。
父はさっさとビールを飲んで、どっかで昼寝していましたが、
母と僕ら子供三人は、水かけっこしたり、岩場から川に飛び込んだりして、ほのぼのムード。
でさ、僕、調子に乗って、川の深いところまで泳いで行っちゃってさ、
そしたら、なんか流れの渦にズボッっとハマっちゃって、完全に溺れちゃったのね。

でさでさ!
その時、僕の母がさ!
マイ・マザーがさ!
岩場から川へ飛び込み、溺れる我が子を救出する為、泳いで来てくれたぁ!
た、助かったぁ----!
僕ぁ~、もがきながら全力で母にしがみついたぁ!
母ぁ~、僕を小脇に抱えて渦から脱出しよう試みるぅ!
あぶあぶ!あぶあぶ!ぶくぶく!
あれ?おっかあ、様子が変・・・。
あぶあぶ!あぶあぶ!ぶくぶく!
​​てか、おっかあ、一緒に溺れてるし!​​

あれ?、これ、死ぬ系?・・・。

だんだん遠のく意識のなか、僕は、最後の力をふりしぼって母にしがみついた。

でさ、その時、マイ・マザーどうしたと思う?

我が子を救出に来たものの、一緒に溺れちゃったお茶目なマザー、

マイ・マザーは、最後の力をふりしぼって、

僕を、

ドーンと突き放した。

​​​​えーーーーーーっ!
​​
嘘でしょ。嘘でしょ。嘘でしょ。​嘘でしょ。

平泳ぎで岩場に戻る母の姿が、一瞬見えた。

あとは僕、水面を裏側から見ていた。

へー、死ぬってこういうことかぁ・・・。

なんつって、あえてもがくことを止めてしまったその時、
突然、屈強な腕が僕を抱え、気が付くと僕は岩場に戻っていた。
たまたま僕達の近くで水遊びをしていた、見知らぬ家族の見知らぬパパに、
僕は命を助けられたみたい・・・。

その晩、母が、その時の心境を僕に話してくれた。
要約すると、
はじめは助けようと思った。でもすぐ自分の泳力では無理だと分った。
ここで自分が息子と一緒に溺死したらどうなる?
あのバカ夫では、残された娘二人をとても育てられないであろう。
私は死ねない!よし!惜しいけど、息子は諦めよう!
私はまだ若い!寂しくなったら、男の子をまた産めばよい!とお母さんは思った。
という内容のことを、小学2年生にも、よ~く分るように話してくれました。

僕が、母を恨んだ?

この事件が、トラウマになった?

いやいや、心配ご無用、そうでもない。

むしろ母の説明を聞いた僕は、僕が母でも、同じことをしただろう、と素直に思いましたよ。
なんかね、シマウマとか、象とか、キリンとか、野生動物のお母さん達なら、
きっと母と同じことをしただろうなぁ、とか思いましたよ。
あとは単純に、マジ泳ぎ上手くなりてぇ、なんて思ったぐらいで。ははは。


こちら、我が家の洗面台にある、シュポシュポ。
無印良品の、シュポシュポです。
くぅ~!シンプルが、くるぅ~!


ちななみ、キッチンのシュポシュポも、無印です。


もちろん、風呂場のシュポシュポもムジ~~。

え? さっきから「シュポシュポ」って何って?
嘘? シュポシュポって言わない?
きょうびは「ソープディスペンサー」と言う?

え~~~~!シュポシュポって言わな~~い?

言うよねぇ~~~~?

だって、シャカシャカって言ったら、あれじゃん!ウインドブレーカーじゃん!
そんで、カリカリっていったら、あれじゃん!ペットのドライフードじゃん!
てことは、シュポシュポって言ったら、あれじゃん!手動の灯油ポンプじゃん!
ありゃ? ダメじゃん・・・。
見失ったじゃん・・・。
わぁ~りましたよぉ、これからは「ソープディスペンサー」と呼びますよぉ。じゃん。


高校生の頃、僕は学校で素行が悪く、母は何度も学校に呼び出されて、僕と一緒に教師に指導されていました。
高校三年生の何度目かの呼び出しの時、教育指導の先生に、
「親子そろって学校の言う事が聞けないのなら、さっさと学校を辞めて下さい。」
とはっきりと言われました。
「分かりました。では、お言葉どおり、辞めさせていただきます。」
と、僕が言おうとしたことを、先に教師に言っちゃうような母でした。

その帰り道、母が言いました。

お母さんは、昨日、動物の図鑑を読みました。
そこに「群れを追放される猿」のことが書いてありました。

なんかQちゃんは、その「はぐれ猿」みたいな人だね。

学校に行かなくても勉強は出来ます。あなたは独学で勉強をしなさい。
図書館に行けば沢山の本があります。あなたはそこで本を読みなさい。
まわりはあなたを馬鹿にるすけど、お母さんは、頭の良い子を産んだと勝手に自負しています。
そこんとこヨロシク。

西日に向かって僕の先を歩く母が、眩しい逆光の中で、僕に言った言葉です。

母は大変な読書家で、そして、一文にもならん学問ばかりする勉強家でした。
気になったことは、講習を受けたり、講演を聞きに行ったり、資格にチャレンジしたり。
晩年は、千葉県に住む自分の母を、いずれ自分の手で介護したいという理由から、
50代後半から介護の仕事をはじめ、仕事をしながら学校に通い、62歳の時に介護福祉士の資格に合格するような人でした。
まぁ、翌年、その祖母より先に、死んじゃったけど。ははは。

あ、そうそう、ちなみに、結局僕は、学校を辞めませんでした。

思うところあって、高校だけは卒業しました。

まあ、母のためです。


思えば、僕に、反抗期はありませんでした。

​​反抗期? んなもん知んねー。​​​

思春期に、僕の父は、反抗するに値せぬポンコツだったし。

母の価値観と、僕の価値観には、奇跡的にズレがナッシングのパターンで、

反抗する理由が、まったく見当たらなかった。


僕の愛する妻は、今でも時々半ば嫉妬まじりに、「あなたほどのマザコンはいない」と言いますが・・・。
うーん、果たしてそうだろうか?
僕と母の間には、妙な距離感がずっとあった。
決して親子ベッタリなんてことはなかった。むしろ、ずーっと他人行儀だった。
母が自分の価値観を僕に押し付けて、僕の人格を支配してしまうようなことは無かったし、
母が子供の通知表を、親の通知表と勘違いするようなことも無かった。
よく「一人の人間として尊重する教育」が良いなんてことを言うじゃん?
おっかあは、なんつーか「一匹の生き物と共存する教育」って感じ? 犬や猫と一緒よ。わっはは。
なんか、僕のことを「たまたま、お腹から産み落とした別個体」って感じで教育したような気がする。

でさ。

ひるがえって、教育される側の僕が、母のことを「たまたま、股をくぐった別個体」として意識していたかというと・・・。

うーん、それは違うな。

僕の、母に対する妙な距離感の正体は、

生まれてから、ずーーーーーーーーと、

「照れていた」だけだったりして。ははは。


端午の節句に、菖蒲と柏餅を買いました。
日本の四季を自分の五感に叩き込むため、ささやかながら、必ず年中行事は行うようにしています。
年中行事は、人を心身共に健康にすると、僕は思います。


熱い熱い菖蒲湯に入っていたら、また、ふと昔のことを思い出しました。

これまた、小学2年生の時の話。母と子供会主催のキャンプ参加した夜の事。
キャンプファイヤーを囲み、子供たちは騒ぎ、父兄はそれ見て酒を飲み、わいわい盛り上がっていた。
あれ? 母の姿がない・・・。
僕は母を探しに一人で暗い森を歩き、自分達のテントまで戻った。
あ、お母さん・・・。
母は、テントの横の大木の切り株に、一人静かに腰を下ろしていた。
そこで何しているの?

しーー。

母は人差し指を口に当て、目の前の雑木を指さした。一匹の蝉の幼虫が脱皮している最中だった。
母は、キャンプファイヤーが始まる前から、群れから離れ、ずーっと蝉の脱皮を一人で見ていたらしい。
その蝉は、長い年月、自らを守ってくれていた殻を破り、外界に真っ白な柔い羽根を、恐る恐る曝け出し始めていた。
「蝉はなんで脱皮するの?」と僕。
「大人になるためよ。」と母。
「僕も脱皮するのかな?」と僕が言うと、
母は、背中から覆いかぶすように、ぎゅっと僕を抱きしめました。
大人にならないで欲しいってことかなぁ。と僕は思いました。
すると母は「あ~、暖かい」と言いました。夏とはいえ、森の夜は「寒かった」だけらしい。

僕と母は、そのまま蝉の脱皮をずーっと見ていたっけ。

子供会のみんなが「山賊の歌」を歌っているのが、遠くから聞こえたっけ。

湯船に浮かぶ菖蒲の根本は、泥くさい臭いがした。

たまらなく母に会いたくなった。


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最終更新日  2018.05.11 20:30:51

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