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家曜日~うちようび~

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2021.04.29
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いじめは無くならないと、したり顔で言う人がいますが、

僕は、そんなことないと思います。

いじめは無くすことが出来ます。

少年法を取っ払い、徹底的に法を強化すればね。

頭の良い子であろうが、運動の出来る子であろうが、容姿が美しかろうが、

親が金持ちであろうが、親が大臣であろうが、逆に家庭に同情すべき問題があろうが、

いじめっ子はいじめっ子。加害者は加害者。即逮捕。刑務所行き。

犯罪者は犯罪者。前科者は一生涯前科者。これからの人生の重き足枷とする。

これまでモラルやマナーで訴えかけても、まるで減少しなかった交通違反が、

近年道路交通法を強化することで、明らかに減少しているでしょう?それと同じです。

いじめも、モラルやマナーでは、歯止めが利きそうにない。

だからこそルールだ。法律だ。

徹底的に法律で縛る。違反した者は犯罪者。罰金を払う。人間免許証から減点される。

そうすれば、いじめっ子もその親も、観衆や傍観者やその親たちも、いよいよ真剣に考え始めるでしょう。

……まあ、現実的な話ではねえなと、重々分かっちゃいますけど。

なにしろ少年法は他の法律とは違い、

未成年が法律を破る行為をした時、罪を反省させ、教育を受けさせ、

その子を取り巻く環境を調整し、その子にやり直すチャンスを与えることを主軸においた法律ですから。

簡単に言うと「罪を何とかして無かったことにしてあげる」法律ですからね。




さて、今回はいじめっ子について、自分なりに考察します。

いじめっ子は二つに分けられます。

先ずは「境界知能」のいじめっ子。

いじめっ子の一部には「反省以前の子供」が混在している可能性があるそうです。

認知能力が弱く「ケーキを等分に切る」ことすら出来ない子供。

「知的障害者」と「健常者」とのボーダーラインの子供達。

悲しいかなそれは、いじめられっ子の一部にも存在するらしく、

俗に、いじめっ子といじめられっ子の人格は表裏一体である、なんて指摘されることもあります。

ですから、本来いじめが発生した場合は、被害者のカウンセリングと同時に

加害者のカウンセリングも入念に行うべきなのですね。

少なくとも僕は、もし自分の子供が加害者であったら「境界知能」か否かの検査をします。


次に、「健常者」のいじめっ子。

こういったいわゆる「確信犯」的な子供たちでさえ、少年法は手厚く保護してくれます。

まだ脳が未成熟な十代の子供たちは、一見して自分たちの意思を強く持っているようで、

実は置かれた環境の影響をもろに受けるので、

学校に行くのが当たり前の環境では、ふつーに学校に行きますし、

マスクをするのが当たり前の環境では、ふつーにマスクをしますし、

人を殺さないのが当たり前の環境では、ふつーに人を殺しませんし、

戦争をするのが当たり前の環境となれば、ふつーに銃を持つでしょうし、

いじめは無くならないと大人が容認してくれる環境なのだから、

そりゃあ、ふつーにいじめもするのでしょう。環境って大きいですね。

逆に言えば、いじめは人殺しと同等の一生をかけて償うべき大罪である、という環境に子供を置けば、

子供たちはその環境に影響されてくれるのではないでしょうか?




百歩譲っていじめは無くならないというのが本当であれば、

僕はやはり「かつてのいじめっ子たち」の意見が聞きたい。

大々的な「いじめ肯定論」を心の底からぜひ読みたい。

自分の人生の成功は、人をいじめ抜いたから!人を人と思わぬ振舞いが出来たから!

人を死に追いやっても、まるで罪悪感を感じなかったから!人生を勝ち抜くとはそういうことだ!

いじめは楽しい!いじめは気持ちいい!いじめ最高!いじめ万歳!と声高らかに謳って欲しい。

その発言が僕の既成概念を唸らせる立派な内容であれば、僕はフェアに内に取り入れ、考えを改めたい。

んが、そんな理論には、いまだお会い出来ない。

たまーにテレビで、爆笑問題の太田さんが、モソモゾッといじめ肯定論を展開しているが、

実に言いにくそうだ。まあ、あれは世間の風潮に対してあえて言っているっぽいけど。

世間の頭の良い人達がせっかく「いじめは無くならない」とおっしゃっているのだから、

いじめっ子OBたちは、ぜひ声を上げて欲しい。

被害者のカミングアウトはよく見聞きするが、加害者のそれは皆無だ。統計上辻褄が合わない。

人を人とも思わぬ心を持つあなた方じゃないか。今になって、こそこそしなくてもいいのに。





ほんとうに、いじめっ子はどこに消えるのだろう?

ここで、一つの仮説を立てみよう。

はじめっから、いじめっ子なんて存在しないという考えだ。

「自分は人をいじめている」という自覚すらない子供たち。

自分を俯瞰するということが、まるで出来ない子供たち。

そういう子供が大人になり、社会に溶け込んで、自分とよく似た子供を産む。

その子供がまた自覚なきままいじめを行い、大人になり社会に溶け込む。

だから「私はいじめをしました!」という大人の声は聞かぬが、

大人達は「いじめが無くなるはずがない」ということだけは感覚的に知っている。

胸に手を当てて思い返してみると、僕だって、あなただって、その一員なのかもしれない。


友達と遊んだこと、部活でがんばったこと、恋愛したこと、そんな楽しかった記憶や、

友達に裏切られたこと、部活で負けたこと、失恋したこと、そんな悲しかった記憶は、

僕たちは、言われんでも、頼まれんでも、しっかり憶えているものであるが、

人をいじめたこと、それをはやし立てたこと、それを見て見ぬふりをしたこと、

などという、自分にとって都合の悪い記憶は、無意識に無かったことにする。

すっかり忘れて、社会に溶け込み、結婚して、子供を産んで、幸せに暮らしている。

今日も人を人と思わぬ振舞いや書き込みをした人間が、月9ドラマでメソメソ泣いていたりする。

金八先生の再放送で号泣したりする。路傍の子犬の死体を見て手を合わせたりする。

我が子の成長にホッコリしたりする。花を愛で、風を感じ、詩を詠み、流れ星に祈ったりする。

僕たちは、人を人と思わぬ振舞いをしたことなど、一度も無い。

全ては無かったこと。何も無かった。何も無かったのだ。


いじめっ子はどこへ消えるのか?

これからもきっと、加害者無き被害者が、たくさん自殺する。

法律とは、いったい何の為にあるのだろう。



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最終更新日  2021.04.30 07:38:51
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