カテゴリ:Q輔とU子と「中原中也」
「きゅ~ちゃん!」夏休みが終わっても、カッちゃんは毎朝登校する前に僕の家に寄って僕を呼んだ。僕はいつも同じ時間に自分を呼びに来るカッちゃんに迷惑をかけられないので、遅れないように身支度をした。僕たちは小学校、中学校といつも一緒に登下校をした。中学生になった時、僕が気まぐれに水泳部に入ると言ったら、カッちゃんも一緒になって水泳部に入部した。僕が気まぐれに地元の二流高校に進路を定めたら、僕より頭のいいはずのカッちゃんは「Qちゃんが行くなら」と言って、なんと僕と同じ高校を受験した。君は何ていいヤツなのだろう。出来ることなら僕は君と生涯何らかの形で関係を維持したい。いや、きっとそうなる。だって僕たちは親友なのだから。なんて直接言葉にこそしなかったが、僕たちは、なかなかの友情で結ばれていた。 高校生になって、僕の中の何かが変わった。僕はカッちゃんより、クラスの女子たちに夢中になり、カッちゃんより、もっと刺激的な友人に惹かれるようになった。高校生になってもカッちゃんは相変わらず毎朝僕を呼びに来た。僕はそれがたまらなく恥ずかしく、段々うざったい習慣と感じるようになっていた。カッちゃんは、ずっと小学生の頃のままのカッちゃんだった。それが僕には無性に苛立たしかった。「きゅ~ちゃん!」「ごめ~ん、朝ごはん食べてる」「きゅ~ちゃん!」「ごめ~ん、寝坊した」「きゅ~ちゃん!」「ごめ~ん、今日学校行きたくない」僕たちは徐々に一緒に登校することが少なくなった。僕は毎朝心の耳を塞いでいた。いつしかカッちゃんの呼ぶ声に返事をしなくなっていた。かつて蝉しぐれの中から瞬時に探し出すことの出来たカッちゃんの声は、僕にはもう聞き取れない周波数になっていた。それでもしばらくカッちゃんは毎朝僕を呼び続けた。そして、とうとうある朝、あのカッちゃんが僕を呼ばない朝がやって来た。自分で蒔いた種でありながら、その時はショックだった。良かったじゃないか。お望み通り、親友を失ったんだ。そう何度も何度も自嘲した。自嘲するより他なかった。 それから僕たちは、ただの知り合いになった。僕は僕で新たな友達と遊んだし、カッちゃんが新しい交友関係を築くのに時間はかからなかった、そもそもカッちゃんはとても人気者だった。僕たちは顔を合わせれば普通に会話をしたし、お互いの友達が友達であれば一緒に遊ぶこともあった。でもそこにはかつての絆のようなものはなかった。重ねて述べるが、僕たちは、ただの知り合いになり果てたのだ。
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最終更新日
2021.07.23 12:59:08
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