家曜日~うちようび~
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僕は、高校を卒業してから、長らく定職には就かなかった。どのアルバイトも長続きしなかった。何しろ当時の僕は、ネジくれた自意識と斜に構えた感性が大いに邪魔をして、人にこき使われて労働するということを、極めて惨めで馬鹿々々しい敗者の行為であると信じて疑わなかったのだから。 この頃、僕の両親はすでに離婚していて、姉も妹も自立して家を出ていた。低所得者や社会的弱者が優先的に入居できる住宅に、僕は母と二人で暮らしていた。母は父と離婚するまではずっと専業主婦だったが、離婚後は食べて行く為に必然的に働きに出た。この時期、母は近所のスーパーの総菜屋でパートをしていた。母は仕事でどれだけ辛いことがあっても、子供の前では決して涙を見せない、といったタイプの女性で全然なくて、仕事で嫌なことがあれば、家に帰ってから僕に散々愚痴を言ったし、辛いことがあれば僕の前でボロボロ涙を流した。店長が厳しい。周りのパート仲間に馴染めない。悩みの種はそんなところだった。そんなに辛いならさっさと辞めてしまえばいい。べつに強制労働させられている訳じゃなかろう。と僕は万年フリーターで家賃や生活費の援助など一円もしていない自分を豪快に棚に上げて、堂々と母に助言した。 その日も肉体労働のアルバイトを、何となくダルいので無断で休んで、家でゴロゴロしていた。昼時だし腹が減ったし、せっかくなので母が働いているスーパーに行ってみた。母が働いている職場を見たくなったのだ。僕はショーケースにコロッケやカラアゲや焼き鳥串などが並んだ総菜屋の店頭で働く母を発見した。何やらカウンターの隅で店長らしき男性に厳しく指導されているようだ。母は校長室の壺をうっかり割ってしまい、教師に懇々と叱られている生徒のように下を向いて立ち尽くしていた。母に見つからないように店頭に近づき二人の会話を聞く。 「何度も言ってるけど、声が小さいんだよ。そんな小声じゃあお客様に届かないよ。言いたかないけど、覇気がないの。ほら。もっと元気出して。ほら、頑張って」 「……すみません」 その後、母はショーケースの前に立ち、これまで子供の僕が母から聞いたことのない大声で、 「コロッケ揚げたてでーす! 揚げ出し豆腐特売でーす!」 と店の前を行き来するお客に叫び続けていた。店内のパートのオバちゃんたちが、和気あいあいと会話している中、母だけが孤立しているようにも見えた。僕の母は、いつもそうだが、どの風景にも上手く馴染めない厄介な存在感があった。 母のこんな姿を見たくはなかった。悲しかった。切なかった。かと思えばだんだん腹の底から怒りが込み上げてきた。あの、すみません、僕、この者の息子ですけど。この人ねえ、もともと人前でこんな客商売を出来る人ではないのです。本当は家で静かに本でも読んでいたい人なのです。せめて厨房でコロッケにパン粉をまぶす係りとか、裏方に回してやってもらえませんか。て言うか「適材適所」って言葉知ってます? よっぽどそう店長に文句を言ってやりたかった。 夕方になった。 その日に限って、いつもより早く母が帰って来た。 「今日、お店に来てくれたんだね」 ちっ。ばれていたか。てか、母は自分のあんな惨めな姿を息子に目撃されて恥ずかしくはないのだろうか。いつもなら母は閉店まで残業をして、売れ残った商品が廃棄扱いになるところを見計らい、たくさんの総菜を持ち帰ってくるのだが、この日は何やら様子が違った。何だかご機嫌だった。 「パートのみんながね、今日ぐらい早く帰りなさいって残業を変わってくれたの。それから、店長がね、これ、息子さんに食べさせてあげてって、プレゼントしてくれたの」 母は、揚げ物袋に入ったわらじカツを一枚取り出した。わらじカツとは、その名の通りわらじのように馬鹿でかいトンカツのことだ。 「一応ケーキも買ってきたからね」 なるほど、そう言われて気が付いた、その日は僕の誕生日だった。 「みんな優しかった。うれしかった。また明日から頑張らなくちゃね」 そんなことを自らに言い聞かせるようにぶつぶつ呟きながら、母は晩飯の支度をウキウキと始めた。 「ほら、触って! まだ温かい!」 母がわらじカツの入った袋を僕に触らせる。本当だ、まだ温かい、揚げて間もないのだ。ホカホカしている。これまで廃棄後の冷たいわらじカツしか食べたことがなかったので、僕も素直にテンションが上がった。 「本当だ! 温かい!」 「ね、温かいでしょう!」 この温度が、大人たちの世界なのだ。 僕はそう思った。 袋を破った。 わらじカツにコーミソースをぶっかけて、十九歳になった。 にほんブログ村 ↑ポチッと一枚!
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Q輔とU子
Q輔=天気雨男。本日も晴天のどしゃぶりなり。U子=ご飯をとても美味しそうに食べる人。
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