347798 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

聖歌は生歌

聖歌は生歌

年間第32主日

《A年》
 10 荒れ地のかわき果てた土のように
【解説】
 この詩編63は、150ある詩編の中で、最も親しく神に呼びかけます。一連の答唱詩編の答唱句は、この詩編の2
節から取られています。表題(1節)には、「ダヴィデの詩。ユダの荒れ野で」とあり、ダビデがサムエルから逃れてユ
ダの荒れ野にいたとき(サムエル記上19章~)に歌ったとの伝承がありますが、実際には、もっと後代の作でしょう。
 詩編唱の1節の4小節目にある「求める」の語源は「あけぼの」で、古代語の訳では、「朝早くからあなたはわたしと
ともにいる」と訳されたことから、この詩編は、『教会の祈り』の「朝の祈り」(第一主日および祝祭日などの第一唱和)
で用いられています。神から離れた生活を「水のない荒れ果てた土地」と歌う作者は、まさしくそのように神を慕い、
聖所=典礼(礼拝)の場で神と出会い、敵から救われます。6節=詩編唱の3節の3小節目、「もてなしを受けたとき
のように」は、直訳では「髄と脂肪で」だそうで、動物の髄と脂肪は、当時、最もおいしい部分と考えられていたそうで
す。今流に言えば、グルメでしょうか。
 答唱句では、旋律、伴奏ともに音階の順次進行や半音階を多く用いています。これによって、荒涼とした荒れ地の
様子が表されています。とりわけ「土のように」では、バスが最低音になり、荒れ地の悲惨さを強調します。後半は、
「かみよ」で、旋律が四度跳躍して、神を慕う信頼のこころ、神へのあこがれを強めます。なお、『混声合唱』版の修正
では、「あなたを」のバスの付点四分音符は、C(『混声合唱』版の実音ではD)となります。
 詩編唱は、ドミナント(支配音=属音)のGを中心にして唱えられます。どの節でも一番強調されることが多い、3小
節目では、最高音Cが用いられています。4小節目の最後の和音は、F(ファ)-C(ド)-G(ソ)という「雅楽的なひび
きが」が用いられていますが、バスが、答唱句の冒頭のE(ミ)への導音となり、その他は、同じ音で答唱句へとつな
がります。
【祈りの注意】
 答唱句、特に前半は、荒涼とした荒れ地の様子を順次進行や、特に半音階で表しています。レガート=滑らかに歌
いましょう。「あれちのかわきはてたつちのように」で、太字の母音「A」は喉音のように、赤字はかなり強く発音しま
す。また「あれち」は、 sf スフォルツァンド(=一瞬強くし、すぐに、弱く)します。このようにすることで、荒涼とした荒
れ地の陰惨さを、祈りに込めることが、また、この答唱句の祈りを、よりよく表現できるのではないでしょうか。前半
は、「~のように」と答唱句全体では従属文ですから、「れ」以外 p で歌います。後半は、この答唱句の主題です。
「神よ」の四度の跳躍で、p から、一気に cresc. して、神への憧れを強めます。その後は、f ないし mf のまま
終わりますが、強いながらも、神の恵み、救いで「豊かに満たされた」こころで、穏やかに終わりたいところです。
 詩編唱は、第一朗読の「主の言葉は、わたしの心の中、骨の中に閉じ込められて、火のように燃え上がります」を
受けて、福音朗読の「わたしのために命を失う者は、それを得る」につながるでしょうか。「水のない荒れ果てた土地
のように」神のいのちをあこがれて、「聖所」=神の前で、神を仰ぎ見ます。神の「恵みはいのちにまさり」、神のいの
ちをいただくことで、「心は豊かに満たされます」。3小節目は、最高音Cになりますから、力強く歌いますが、決して、
祈りの声が乱暴にならないようにしてください。最高音で力強く歌うぶん、神を憧れ、神の恵みに信頼して、穏やかに
祈りましょう。
 詩編は、第一朗読で語られる、神の知恵をあこがれて黙想しますが、この知恵を、教会は、キリストと考えてきまし
た。この、知恵、神のひとり子、イエス・キリストの再臨をわたしたちは、待ち望んでいますが、その、再臨が、いつで
あるかは、まったくわかりません。ですから、わたしたちは、賢い乙女たちのように、いつ、花婿が来てもよいように、
準備をしていなければならないのです。詩編の先唱をする方は、特に、キリストの再臨、花婿の到着、神の国の完成
を、待ち望みながら、この詩編が、終末主日のよい黙想となるように、祈りを深めてください。
【オルガン】
 パイプオルガンでは Swell で弾かない限り、sf スフォルツァンドは表現できません。前奏も含め、どうしても表現す
るならば、SwとHw(主鍵盤)をコッペル(カプラー)します。このように弾くならば、ペダルは、最初のEs(ミ♭)から、す
べて、左足でとることになります。また、後半の f ないし mf も、同様です。もっとも、そこまでオルガンの伴奏もする
必要があるかどうかもありますが。
 ストップは、基本的にフルート系の8’ないし、8’+4’にしましょう。Swに4’を入れると、詩編先唱者が、一人で歌
うときに4’が入ることになるので、気をつけてください。
 このような、技巧的なことまでできるに、こしたことはありませんが、一番大切なことは、会衆の祈りを支えること、レ
ガートでしっかりと伴奏することです。会衆の祈りがしっかりしてさえいれば、オルガンが無理に、技巧的なことにこだ
わることはないと思います。オルガン奉仕は、オルガンの独奏が目的ではなく、会衆の祈りを支えることが目的だと
いうことを、忘れてはならないのです。

《B年》
 19 いのちあるすべてのものは
【解説】
 詩編146は、ここから始まる5つのハレルヤ詩編(146-150)の最初です。この5つの詩編は、冒頭とおしまいに
「ハレルヤ」があることから「ハレルヤ詩編」と呼ばれています。現在も、ユダヤ教の朝の祈りで用いられていますし、
教会の祈りでは、読書課に含まれています。この、詩編146は元来、神殿で唱えられた神への賛美です。「神」が主
語となっている部分の動詞は、すべて分詞「~~するもの」という意味ですが、これは、その動作が現在も継続して
行われていることを表しています。つまり、分詞で表されている「まことを示し」「裁きを行い」「かてを恵み」「解放され
る」「目を開き」「愛される」という神のわざは、現在も神が継続して行われているのです。また《同義的並行法》を用い
ることで、それらの内容が、さらに強調されています。
 答唱句は、冒頭、オルガンが主音Es(ミ♭)だけ、八分音符一拍早く始まります。二小節目の「すべてのもの」では
「地にあるすべてのもの」を象徴するように、旋律の「すべての」でC(ド)、バスの「すべての」でG(ソ)と、それぞれ、
最低音が用いられています。また、アルトの「すべての」では、ナチュラルでH(シ)が歌われ、それが強調されていま
す。なお、二小節目の冒頭は、他の声部では八分休符になっていますが、バスだけは、一拍早く始まり、文章の継
続を表しています。後半では、旋律もバスも、ほぼ、1オクターヴ上昇し、特に、Last では、旋律が最高音Es(ミ♭)
まで上がり、力強く「神をたたえよ」(原文では「主を賛美せよ」)と呼びかけます。
 詩編唱は、前半、G(ソ)-As(ラ♭)-F(ファ)-G(ソ)と動きが少なくなっていますが、後半の三小節目では、最
後に八分音符で旋律が上昇し、さらに、四小節目で最高音C(ド)にまで、高まり、バスのB(シ♭)との開きも2オクタ
ーヴ+3度に広がり、「神をたたえよ」という呼びかけが力強く歌われます。
【祈りの注意】
 答唱句の前半、一小節目と二小節目、旋律では、八分休符が冒頭にあり、下降→上昇の動きが繰り返されます。
八分休符は、ことばのアルシスを生かすだけではなく、旋律の動きも生かすものです。二回目の八分休符があるとこ
ろも、バスだけ、早く、一拍早く出て文章を継続させています。混声四部でない場合でも、オルガンの伴奏が、それを
表していますから、二小節目の八分休符で文章の継続も、祈りの精神も切れることのないようにしましょう。
 前半の終わり「すべてのものは」の後では、一瞬で息を吸いますが、そのためには、「のー」でわずかに rit. しま
す。できるだけ分からない程度にしましょう。これは、非常に難しいかもしれませんが、何回も練習することで、だんだ
んとできるようになってきます。
 後半の、上行音階では、「すべてのもの」に呼びかけますから、力強く cresc. しますが、ここで、気をつけなけれ
ばならないのが、間延びすることと、rit. の違いです。rit. の場合は、「神を」で元のテンポに戻りますが、間延びし
た場合は、前のテンポのままか、さらに遅いテンポになっています。この違いがはっきり分かり、元のテンポで始めら
れるかどうかが、ことばにふさわしい、祈りの歌にできるかどうかの分かれ目になります。
 今日から、B年も終末主日となります。終末という言い方より、神の国の完成間近といったほうがより、わかりやす
いでしょうか。そこから、第一朗読でも福音朗読でも、神の恵みに一抹の不安も持たず、万全の信頼を置いているや
もめの姿が描かれています。詩編唱でも、そのやもめをはじめ、神に信頼する人々に恵みを与えられる神のいつくし
みが歌われます。詩編を歌う人も、これを聴くわたくしたちも、名誉や富や人の目ではなく、神にのみ信頼して日々過
ごせるように、その恵みを祈りたいものです。
【オルガン】
 答唱句のことばからも、明るい、そして、やや力強い伴奏が望まれるかもしれません。しかし、それは、派手、華
美、というものではないことは、おわかりになるでしょう。冒頭の、八分休符の部分、オルガンの伴奏だけの部分を、
まず、しっかりと弾き、次の「いのちある」を祈りにふさわしいテンポにしましょう。次の「すべての」も、同様です。後半
の「神をたたえよ」の、上行が遅れないようにすることも大切です。「いのちあーる」「すべてのものーは」「かみーを」の
八分音符二拍が連鉤になって、ことばを延ばすところは、きちんと八分音符の粒をそろえるようにしましょう。
 詩編唱も第三小節で、同じ、音型が出てきますから、ここも注意点です。その他の小節も、音が変わるところを間違
わないように、練習の段階で、何回も、歌いながら確認しましょう。
 同じ答唱詩編、答唱句が歌われますが、今日は終末主日であることを考えて、テンポの取り方、オルガンでの祈り
方を深めてゆくと、アレルヤ唱、また、福音朗読への橋渡しの役割がよりよいものとなるのではないでしょうか。

《C年》
113 主は豊かなあがないに満ち
【解説】
 詩編17は、神に逆らうものにいのちを狙われている作者が、神に、自分の正当性を訴え、神に対するゆるぎない信
頼を歌ったものです。1節に当たる、表題には「祈り。ダビデの詩」とありますが、この詩編の内容から、ダビデがサウ
ルにいのちを狙われていた時の出来事サムエル記上18章~27章)に結び付けられて、書かれたものと考えられま
す。
 詩編唱は、第1・第3小節の終止音の四分音符(主に「、」)が、その前の全音符から、2度高くなっており、第2・第
4小節では(主に「。」)2度下降しています。さらに、各小節の冒頭の音が順次下降しており(1小節目=A(ラ)、2小
節目=G(ソ)、3小節目=F(ファ)、4小節目=E(ミ))、文章ごとのバランスをとりながら、ことばを生かしています。
 この詩編唱は、当初、『典礼聖歌』(分冊第二集=31ページ)で、旧約朗読後の間唱として歌われた「主よ よこし
まな人から」(詩編140)に用いられていました。現在、『典礼聖歌』(合本)で歌われる詩編唱の第3・第4小節が
「主よ よこしまな人から」の答唱句として、第1・第2小節が、同じく詩編唱として歌われていました。
 「主よ よこしまな人から」が作曲されたのは、典礼の刷新の途上だったため、新しい詩編や朗読配分、などが確立
したときに、この曲は使われなくなり『典礼聖歌』(合本)には入れられませんでしたが、新しい答唱詩編である「主は
豊かなあがないに満ち」の詩編唱に受け継がれました。
【祈りの注意】
 解説にも書きましたが、答唱句は、詩編唱と同じ歌い方で歌われます。全音符の部分は、すべて八分音符の連続
で歌います。「豊かな」と「あがない」の間があいているのは、読みやすくするためです。また、「あがないに」と「満
ち」、「いつくしみ」と「深い」の間があいているのは、楽譜の長さ(答唱句と詩編唱の)をそろえたための、技術的な制
約によるもので、こらら赤字のところで、息継ぎをしたり、間をあけたり、赤字のところを延ばしたりしてはいけません。
下の太字のところは、自由リズムのテージス(1拍目)になります(*は八分休符)。

 主はゆたかなあがないに満ちー*|いつくしみふかいー*

 答唱句は、その詩編のことばに対して「主はゆたかなあがないに満ち、いつくしみ深い」と答えます。詩編と同じく、
八分音符の連続ですが、「主・は・ゆ・た・か・な・あ・が・な・い・に・満・ちー」のように包丁がまな板を鳴らすような歌
い方にならないようにしましょう。
 冒頭は、きびきびと歌い始め、1小節目の終わりで、rit. し、ほぼ、そのテンポのまま「いつくしみ」に入り、最後
は、さらにていねいに rit. して終わります。全体は、P で、最後の答唱句は PP にしますが、それは、この答唱句
の信仰告白のことばを、こころの底から、深く力強い、確固としたものとするためです。決して、気の抜けたような歌い
方にならないようにしてください。
 第一朗読のマカバイ記では、イスラエルの7人の兄弟とその母の殉教の一節が語られます。シリア王アンティオコ
スは、イスラエルに対して偶像礼拝と律法で禁じられた食物の摂取を強要しましたが、これを拒んだために、迫害を
受け、このように殉教を選んだ人々がいました(マカバイ記上6~7章)。福者ペトロ岐部をはじめとする殉教者たち
も、激しい迫害を受け、殉教の道を選びました。現代の日本では、いのちを落とすような迫害こそありませんが、なか
なか、信仰を表明して貫くことが難しいのは確かです。しかし「世間並み」という価値観を捨て去るという殉教がわた
したちはできるでしょうか。
 教会は、典礼暦で終末を迎えました。キリストの来臨をどのように待ち望むかを、この終末の期間に、もう一度、見
つめなおすために、詩編も深く黙想したいものです。
【オルガン】
 詩編唱形式の答唱句ですので、前奏は、歌うのと同じ長さで、全体を弾きます。旋律が動く、答唱句のように、刻む
ことはしません。ストップは、答唱句の内容からも、フルート系の8’で、会衆の人数が多い場合は、鍵盤をつなげる
か、落ち着いた音色の、4’を加える程度にしたほうがよいでしょう。ペダルを使うのは答唱句だけなのは、言うまでも
ありません。詩編唱の2節の3~4小節目のつながりを、詩編唱者ときちんと合うように、準備を怠らないことも大切で
す。




© Rakuten Group, Inc.