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晩秋に舞い落ちる雪の華の名・・・。

晩秋に舞い落ちる雪の華の名・・・。

えんむす神社の夏休み。後編その1

★二人きりの夜
『これって何かやばくないか?』
テント割りの結果を見て内心真っ青になったのは朱雀だった。
三人のテントで男が自分ひとりという状況ならあまり気にせずに喜ぶことも出来たのだろうが。
さすがに同学年の女性と同室で一晩と言うのはあらゆる意味で緊張する。
「あら、如何なさいました。わたくし達のテントはあちらですわよ」
そんな朱雀の内心を全く気にすることなく、舞矢はペットのやまぶきを抱いて早々にテントの中に入っていった。
「女のほうがこういう場合強い・・・のか?」
頬をぽりぽりかきながら朱雀も舞矢の後を追う。
しかしテントに入ってしまえばそこは完全に二人だけの空間な訳で。
床にちょこんと座ってやまぶきをケージに入れている舞矢の後姿はそれなりに惹かれるところがあった。
まずい。何とか理性を保たなければ。
そう胸のうちで呟いた朱雀は電車での出来事を思い出した。
「ま、舞矢ってたしかトランプとか持ってたよな」
「はい、ありますがそれが何か」
「寝るにはまだ早い時間だし、ちょっとそれで遊ばないか?」
カードゲームをしていれば気は紛れるし時間も潰れる。眠くなったら出来るだけ離れて眠ればいいだけだ。
「いい考えですわね。では少しお待ちください」
舞矢は自分の鞄からトランプを一組取り出し朱雀に手渡した。
さらに思い出したかのように自分の水筒から紙コップに暖かい紅茶を注ぎ彼に勧める。
「普通のダージリンですがよろしければどうぞ」
「お、おう。サンキューな」
礼を言って紅茶を一口含む。舞矢は微笑みながら朱雀に言い返した。
「あら、これはわたくしからのお礼ですのよ。
朱雀様があのとき来てくれなければ、わたくしは無謀にも炎の壁で焼かれていたに違いありませんから」
もし肝試しのときに自分達の合流がずれていたならどうなっていただろう。
舞矢は炎に焼かれ、日景と志貴は結界の中で武者に倒され、朱雀と姫梨も各個撃破にあっていたかもしれない。
だからこそ舞矢は朱雀に感謝の意を述べ好意を抱いた。
それは恋にはならないものかもしれないが、新たに芽生えた暖かな感情であることには違いない。
「ほら、仲間は助け合ってなんぼだしな。それよりトランプ始めるぜ」
舞矢の言葉に少し照れた朱雀は自分が赤くなっているのを誤魔化す様にカードを配りだした。


★トラップ地雷大惨事
「今日はほんまに厄日やったなー」
「肝試しが本当のゴースト退治になるなんて思わなかったの、よ」
「肝試しも面白そうでしたねー。実際どんな感じだったんですか」
肝試しに参加していない慧奈はあちらの出来事が気になって仕方が無いらしい。
日景は慧奈の好奇心を満たすべく自分の不幸自慢を始めた。
「わいは一人でまわってたんやけど、まずお墓の間に仕掛けられたワイヤーとラップに引っかかってん」
「色んな仕掛けを黒夜のお兄様が仕掛けてまわってたの、よ」
ルゥが蒲公英を抱きながらすかさず補足を入れる。
「あのお人は容赦ないさかい。
それで木の上から水一杯の金ダライが落ちてきてびしょぬれになるは頭は痛いわ」
「サバイバルゲームの基本戦術ですねー」
ワイヤートラップに関してはそうかもしれないが、トラップの結果はまるで昔のコントである。
「そうなん?そのへんはよくわからへんけど。
さっきの不意打ちでよろけたところに落とし穴が掘ってあってどぼっと嵌るし」
不意を打たれてよろけるのは仕方が無いにせよ、その方向を予測して落とし穴を掘っている辺り志貴の行動は侮りがたい。
「あらあら。情け容赦ありませんねー。日景さんももう少し気をつけないと本当に命取りになりますよー」
「あのトラップ群はほんとに命を刈り取る戦場だったの、よ」
ルゥが志貴から貰った墓場の地図には大小合わせて108のトラップが仕掛けられていた。
一つ一つは殺傷能力が無いにせよ、連鎖トラップに引っかかれば結構痛い目を見ることになるはずだった。
尤も、トラップの大半に引っかかったのはいきなり現れたリビングデッド達だったのだが。
「既に肝試しの域を越えとったなー。そういえばルゥさんはどないやったん?」
「私は普通、なの。
血糊に見立てた絵の具がかかった着物を着て、茂みからばぁって驚かせただけなの、よ」
「可愛い幽霊さんだったんでしょうねー」
そのシーンを想像して少し微笑ましくなった慧奈である。
「お姉さまはウミガメさん見れた、の?」
「星空を眺めながらの散歩の後にちゃんと見れましたですよー。
観察記録もありますから夏休みの自由研究はこれで決まりですねー」
ウミガメを見れたのは運が良かったとしか言いようが無い。
しかもそれが夏休みの宿題になると言うのだから慧奈にとって今日の選択は上々のものだっただろう。
「星空が綺麗な海岸線も捨てがたかったかな?」
嬉しそうな慧奈を見て日景はぽつりと呟いた。
「若い二人のお邪魔をしてはいけないの、よ」
結局、海岸に残ったのは慧奈と琉紫葵の二人だけであるからルゥの言葉に間違いはないのだが。
「若いって、この中やったらルゥさんが一番若いんやけど・・・」
「でもちゃんとしたお付き合いしてるのは、ここだと琉紫葵兄様と慧奈姉様だけなの」
「そうですねー。そういえば日景さんは舞矢さんとはなんともないんですか?」
砂浜での舞矢の言動を見てきた慧奈は日景にキラーパスを送った。
「ほら、わいらはいい友人やから」
平然と答えながら背筋に冷や汗が流れているのは日景だけの秘密だ。
「いい人ほど他人に誤解されること多いのよ」
「そうですねー、るし君も日景さんと同じで良い人過ぎて」
小さくため息をつく慧奈。
「ああ、夕食を作るとき姫梨さんとなかようしとったね」
人が良いと言えば今日の夕飯の仕込を思い出し日景は何気なく言葉に出した。
「日景兄様、それ地雷なの」
すかさずルゥは日景にだけ聞こえるように耳打ちする。
慧奈の表情がほんの一瞬だけ変わったのは日景の目の錯覚だろうか。
「いい人の日景さんも『お友達の』舞矢さんと楽しそうにカレー作ってましたよねー」
ニコニコしながらあえてお友達と強調する慧奈に日景は戦慄を覚えた。
「あかん。このままやったらわいは慧奈さんに潰される」
目を逸らして心の中で呟く日景に慧奈は自分から話題の変更をしてきた。
「私もるし君と一緒に肝試しにも行きたかったですよ」
夏の風物詩の肝試し。今年の夏にもう一度このような機会があるとは思えない。
ただでさえ、最近の琉紫葵はモデルとしての活動に時間を割いているのだから。
「ゴースト退治になっても?」
「身体を動かすのは好きなほうだからゴースト退治ドンと来いなのですよー」
慧奈も日景には劣るものの能力者としての実力は高いほうだ。
その運動能力と的確な両拳銃の射撃は目を見張るものがある。
もし慧奈と琉紫葵が参戦していたら、どちらに組するにせよあそこまでの苦戦にはならなかっらだろう。
「夏に雪で凍えて死ぬところだった、の」
「こっちは全身丸こげにされそうやった」
鹿の氷と馬の炎とは両極端だが、みんなの戦闘終了時の疲れ果てた姿は、戦いが如何に厳しいものだったかを想像することが出来る。
「どっちにしても激戦ですね。ほんとにお疲れ様ですよー」
ねぎらいの言葉を改めてかけた慧奈は、自分の身体が少し高揚しているのを感じ取った。
「ちょっと身体を動かしたくなってきたので運動してきますね」
慧奈も日々自己鍛錬を怠らない。
今日は夜の運動がまだだったことを思い出しテントを抜け出す。
「それやったらわいは舞矢さんからなんか3人で出来るゲームを借りてくるな。
ルゥさん、ばーさんと蒲公英の面倒ちょっと見ておいてくれへんかな」
慧奈に引き続き日景も腰を浮かせた。
折角のキャンプだ。早々に眠るなんてもったいない。
「わかったの。両方ともぎゅってしてるからいってらっしゃい」
ルゥは二羽の兎を嬉しそうに抱きかかえ二人を見送った。


★気の合う悪友
「なあ、琉紫葵。そんなに落ち込むなって」
「別に・・・落ち込んでなんていない」
テントの中でリドと共に日課の筋トレに励む琉紫葵の顔は、誰がなんと言おうとふさぎきった顔だった。
「慧奈と一緒のテントになれなかったのは残念だったけどよー。
よくよく考えてみろ。あっちのテント行ったところで琉紫葵と慧奈二人っきりじゃないんだし、なんにもできねぇだろ」
2リットルのペットボトルを重ね即興で作ったダンベルを手にリドは琉紫葵に言う。
彼の言葉の通り、慧奈のテントにはルゥもいるし厳密に二人だけの夜と言うのはありえない。
「何にもできないって、俺が慧奈さんに何かするとでも?」
問う琉紫葵の腕立て伏せの回数は既に200回を越えている。
「いや、しないって言われても・・・。お前ならしないかもな」
誰がどう見ても二人は健全なお付き合いだ。何かあったら琉紫葵の場合まず確実に顔に出る。
『それはそれでどうかとも思うわけだがよー』
口には出さず心の中で呟くリド。
「ま、折角気の合うツレ通し一緒になったんだ。気兼ねなく行こうぜ、悪友」
話題を変えたほうがいいと踏んだリドは話を別のほうに逸らす事にした。
「そうだな。こんな機会滅多にないだろうし」
「ところで一つ聞きたいことがあるんだ」
「ん?」
「日本のキャンプって初めてで、こんなときこっちじゃどんなことするんだ?」
「こんなときってテントの中でって意味?」
リドは琉紫葵にこくりと頷く。
日本に来てさほど時間の経っていないリドにとって、全ての経験は日本の文化に触れるチャンスでもある。
「こういうときの定番と言えば怪談話とか、コイバナとかだけど」
琉紫葵、腕立て伏せ終了。続いて腹筋に入る。
「階段?ってどの建物にどんだけ長い階段があるかってこととか、コイバナっていう花の話・・・ってわけじゃねぇよな」
「リド、そのボケはべた過ぎだ。
怪談話って言うのは実体験とか噂で聞いたことがあるホラーストーリーで聞いている人を驚かせること。
コイバナはごくごく普通に恋の話。誰と誰が付き合ってるとか誰のことが好きなんだけどどうしたらいいと思うとか、まぁ他愛無い時間つぶしさ」
「ホラーストーリーねぇ。日常からゴースト退治をやってる俺達にはあんま関係ねえよな。
で、コイバナにもあんま興味ねぇし」
ダンベルを床に転がして指腕立てに入るリドの言葉に小さなため息を付く琉紫葵。
「だろうな。リドをみてるとそんな気がするよ」
リドに現在特定の彼女はいない。一緒に遊ぶ女の子はいるようだが、それもリドにとってはツレになる。
かくいう琉紫葵も銀製間学園に編入する前はコイバナには全く興味など無かった人種だが。
「他はなんかないか。これぞ日本のキャンプってやつ」
「無い。暇をつぶすならカードゲームとかだけど俺は持ってきてないし」
「仕方ないな。舞矢からちょっと借りてくるか」
電車の中で舞矢の持ってきたカードゲームに勤しんだ事を思い出し、リドは琉紫葵を残してテントを出た。

★ただ一つの平和な空間
「あの、よろしくお願いします」
「はい。こちらもよろしくなのですよ」
テントの床にちょこんと座って向き合うのは羽白と珠美。
男の人と一緒だったらどうしようと悩んでいた羽白にとって、この部屋割りは正に阿弥陀の神様の完璧な采配だろう。
「それにしても今日は楽しかったですね」
「こんなに楽しめるなんておもっても見なかったのです。
明日も晴れていい思い出を作るのですよっ」
「そうですね。じゃあゆっくりお休みして明日また遊びましょうね」
大き目のバスタオルを身体にかけてごろんと寝転がる。
疲れ果てた二人の身体が睡魔に負けるのは至極当然で。
すうすうと寝息を立て始めた二人の顔はまるで天使のように優しげだった。

★ふわもこくるーすにく
「美女二人というのは幸か不幸か」
志貴は早々に入ったテント内で、戦闘で使用した詠唱兵器の手入れをしながら小さく呟いた。
「幸せなほうに決まってるじゃない」
誰にも聞こえないほどの声だったというのにちゃんと耳に入れていたのは光。
彼女は仲の良い姫梨の淹れたお茶を飲みながら煎餅を摘んでいる。
志貴は思わず苦笑せざるを得なかった。
「てんとというのは初めてですわ。思った以上に広いんですのね」
姫梨はというと志貴にもお茶を出しつつ初めて入るテントに興味しんしんだ。
きょろきょろとテント内を見回している。
「これは五人用のテントだからな。定員ギリギリならここまでの余裕は無いさ」
志貴は姫梨に一礼してお茶を受け取り一口含む。
「緋神君に感謝しないとね。ホントみんなでこんなゆったり旅行できるなんて」
完全にくつろぎモードに入った光は広々としたテント内をごろごろと転げまわっていた。
「ごーすとさんも出ましたけれどそれもご愛嬌ですわね」
「それが俺たちの本業だからな。ここに来たのも一つの縁だったのだろう」
もしかしたらこの旅行自体何者かの誘導かもしれない・・・。
ふとそんな思いが志貴の頭をよぎる。
「本業・・・といえば黒夜様も浅神様も『くるーすにく』なのですわね」
本業という言葉で思い浮かんだのだろう。姫梨は志貴と光に改まって訊ねた。
「そうよ。満月の夜なんて血が騒いじゃって仕方ないんだから」
「クルースニクに対する誤解を生む発言だな。聞き流していいぞ」
ちょっとした光のボケに即座に突っ込む志貴。
「でもくるーすにくといえば狼さんに変身できるのでしょう?」
「勿論よ。滅多にしないけど」
実生活で狼に変身することのメリットが少ない以上、無理やりそれを行うことははっきりいって愚行だ。
「狼変身でふわもこ・・・」
「なに?姫ちゃん興味あるの」
「ええ。ふわもこの狼さん、是非見てみたいですわ」
どうやら姫梨の興味はふわふわのもこものにあったらしい。
「そっか。じゃあ志貴先輩よろしくぅ♪」
ニヤニヤと笑いながら光は志貴に話を振った。
「何がよろしくなんだ」
「ほら、ちゃきちゃきっと変身してあげてよ」
「悪いが人に肌を晒す訳にもいかんからな。丁重に辞退させていただこう」
狼変身については着ている服はそのまま残り、場合によっては破けてしまう為、裸でのアビリティ使用が望ましい。
志貴は自分の身体についている無数の傷跡を他人に見られるのを良しとしないので、光の提案を退けた。
「無理なお願いをして申し訳ありませんわ」
光の代わりに狼変身を見たいと言い出した姫梨が丁寧に頭を下げる。
「姫ちゃんが謝る事ないから。ちゃんと私が見せてあげるし」
「浅神、何をしようとしている?」
光は立ち上がって身につけているTシャツに手をかけた。
「ほら、服は脱いでおかないと変身するときに破れちゃうから」
「男の前で脱ごうとするのはどうかと思うぞ」
ため息をつきつつ志貴は視線を外して光るに言う。
「乙女の肌は殿方に簡単に見せていいものではありませんわ」
「そうは言うけど下着なんて昼間着てたビキニみたいなもんよ?」
いや、それは違うから。
と思いっきり突っ込みたくなるのを我慢して志貴は一時撤退することに決めた。
「・・・・悪いが暫く散歩に出る。
15分ほどで戻るからそれまでに姫梨の好奇心を満たしておいてくれ」
そろそろ鎌倉に残してきた恋人に電話もかけたいしな。
志貴は夜空を眺めながら恋人のことを思い浮かべていた。


★密かな楽しみ
日景とリドは朱雀と舞矢のテントの前で顔を見合わせ立ち往生していた。
二人とも舞矢のもってきているゲームを借りに来たのだが、なかなか入るタイミングを掴めない。
それと言うのもテントの中から聞こえる二人の声のせいだ。
「あ・・・それは、駄目ですわ」
「駄目って言われても俺はやめない」
「もう・・・・朱雀様、わたくし今日が初めてですのよ。もう、ちょっと手加減してくれても・・・」
「こういうのは最初が肝心なんだ。大丈夫、すぐに上手くなるから」
「え、でもその手は・・・」
等々。耳に入るだけで顔が赤くなる会話が延々続いている。
「なぁ、日景。これはいいのか?」
頬をぽろぽりかきながらリドは隣のえんむす神社責任者に訊ねた。
「うー。風紀上の問題は多々あるんやけど、本人の同意の上やったらどうこういわれへん部分も多いし・・・。
それに今このテントの中に入っていくのってかなり勇気いるやろ」
飲酒や喫煙行為ならその場で腕ずくでやめさせることも可能であるが。
「そりゃそうだがよー。でもこれをもし小学生組みとかが聞いたらヤバイと思うんだが・・・」
「リド君、中学生組みでもこんなんきいたらあかんから。
とにかく今は退散やよ。時間おいて落ち着いたころにわいが責任もって注意しに来るし」
日景はリドの背中を押してテントに背を向けた。
「まったく。時と場所をわきまえろって。大体舞矢ってひか・・・」
ずるずると押されながら、尚もリドは不満を口にしようとする。
刹那。
「あれ、お二人ともこんなところで如何なさいました?」
テントの入り口が大きく開き、姿を見せたのはジャージ姿の舞矢だった。
「・・・舞矢さん。なにしてたん?」
「朱雀様にポーカーとブラックジャックを教わっていましたのよ。
今までぜんぜん勝てなくて」
本当に悔しそうな表情で言う舞矢。あまりに勝てないために、気分転換に外の空気を吸いに出たようだ。
「おう、日景にリド。暇ならお前達もこっちに入って遊んでいけよ」
テントの奥で座っている朱雀が唖然とした表情の二人に声をかけた。
「・・・・じゃあ、さっきの会話は?」
顔を見合わせ口元を引き攣らせる日景とリド。
どうやら勘違いの極致だったらしい。
「何か変な会話でも聞こえましたか?」
「・・・なんでもない。舞矢、悪いけどなんかゲーム貸してくれ。琉紫葵と二人で出来そうなやつ」
「わいもUNOを借りに来ただけやから。朱雀君、舞矢さんにちゃんとゲームのコツとか教えたってな」
ぎこちなく笑いながら二人は当初の目的を舞矢に告げた。
「あ、あぁ。さっきから全力全開で教えてるぜ」
「変なお二人ですわね。ゲームでしたらこのバッグにいくつか入っておりますのでお好きなものを持って行って下さいな」
少し首をかしげながらも舞矢は自分のゲーム類のみを詰め込んだ小さな鞄を二人に手渡す。
ごそごそと自分達のお目当てを探し当てた二人はそそくさと退散した。
「さぁ、朱雀様。こうなったらわたくしが勝つまで寝させませんわよ」
「おう。勝てるもんなら勝ってみろ。徹夜覚悟で付き合ってやるよ」
気合は充分。結局、二人の戦いは明け方まで続いた。
そして起こしに来た琉紫葵に、唇が触れるか触れないかと言う距離で寄り添うように眠る姿を見られる羽目になる。


★日々これ精進
うっすらと降り注ぐ月明かりを頼りに、慧奈は一人組み手の練習をしていた。
昼間はあんなに暑かったというのに、今の風は肌に心地よく感じられる。
一心不乱に身体を動かしているときが慧奈にとって一番好きな時間なのだろう。
「蓬莱院、そこそこにしておけよ」
全身がじっとりと汗ばんで荒い息で小休憩を取ったいた慧奈は背後から声をかけられた。
そこに立っていたのは携帯電話を手にした志貴。
「いつからみてたんですか?」
「ただの通りすがりだ。足を止めて30秒も経っていない」
志貴は今まで海岸線を歩きながら大切な人に電話をかけていたところだ。
誰かの声がするとおもい、テントに戻る道をそれてこの場に辿り着いたところ。
「気持ちのいい夜ですねー」
汗をスポーツタオルで拭き取りながら、慧奈は志貴に言った。
「車の通りは少ないし、クーラーの排気熱があまりないせいだろう」
「そういえばそうですねー」
都会の夜は蒸し暑く熱帯夜であることが多い。それは人が多いことの代償だろう。
「とにかく、明日も日程はぎっしり詰まっているんだ。早く寝ることを推奨する」
予定では朝から移動してワールドサファリで一日遊び、夜は夜で花火大会が待っている。
休めるうちに休んでおかないと身体が持たないだろう。
「はいですよー。志貴さんもこれからお休みですか?」
「そうだな・・・。俺は少し片づけが在るゆえ・・・な」
少し考えてから志貴は言葉を紡いだ。
「片付けと言うと?」
「墓場に随分色々仕掛けたからな。流石にそのままという訳にもいくまい」
場所を提供してくれた墓地にも礼と侘びをいれなければならない。志貴はそう考える。
今日という夜に騒ぎを起こしたのは間違いないのだから。
それにゴーストの件もある。見回りも必要だろう。
「あ、それでしたらお手伝いしますよー」
慧奈はあっさりと志貴に告げた。
「気を遣わせたか。声をかけないほうが良かったかもな」
「参加できなかった肝試し気分もちょっと味わえるので気にしないでくださいですよー」
どうせなら目一杯やりたいことをやろう。
慧奈はこの旅行を思いっきり楽しむ気でいるのだ。




★新たなる参加者
昨日の夜から朝にかけてからも参加者それぞれに色々あったらしい。
ひたすら眠そうな顔をした人もいれば元気100%とハイテンションな人もいる。
琉紫葵が用意した朝食を食べながら、参加者が今日の予定を確認しているとそこに一人の青年が現れた。
「よォ、こんなところにいやがったか」
黒鉦・耶雲(冥夜を待つ黒玉・b41172)はのほほんと朝食を頬張るメンバーを見て耶雲は呟いた。
「あれ?耶雲さんやん。こんなところで会うなんて奇遇やね」
面識のあった日景がとりあえず椅子を薦めながら言う。
「奇遇ですんだら運命予報士なんているかよ。この辺りで鎧武者のゴーストが出るって聞いてきたんだぜェ。
近くでルゥがキャンプしてるから顔を見たいって言うのもあったけどなァ」
運命予報士。それは銀誓館学園に通う能力者にゴーストの存在を告げる信託の巫女のようなものだ。
能力者たちはその言葉に従い、日本各地のゴーストを退治して周る。
昨日耶雲は運命予報士の言葉を受けてこの地にやってきたのだが。
「義妹さんにラブラブやねー。でもそのゴーストやったら昨日の晩、わいらが倒してもうたけど」
そうなのである。耶雲が標的にしていたゴーストの束はえんむす神社の面々に完膚なきまま叩き潰されていた。
「何だって!?折角ここまで来たのに無駄足かよォ」
「無駄足なんてとんでもないの、よ」
落胆する耶雲を励ますようにルゥは言う。
「耶雲兄様も、私達と一緒にお泊りすれば?」
「んぁ?いいのかよ」
言いながらえんむす神社のメンバーに視線を走らせる。
「まぁ一人増えたからって今日泊まるホテルの部屋が狭くなるぐらい・・・かな?」
琉紫葵は今日の行程を確認した。移動やテーマパークにかかる費用もある程度必要だが気にするような額でもない。
「旅は道連れ世は情けっていうし、多いほうが楽しいじゃん」
光は新たなメンバー増加にノリノリだ。
「そうですわね。一人でも多くのお友達を作るのがこのたびの目的ですわ」
「途中参加ドンと来いなのですよ」
姫梨と珠美もそれに続く。リドや朱雀、志貴に異論があるはずも無く。
「と言うわけやから琉紫葵君、悪いけどホテルとかに人数変更の連絡入れといてくれるかな」
「分かりました。耶雲さん、折角ですから楽しんでくださいね」
にこやかに微笑みながら琉紫葵は携帯を取り出し、ホテルに一名増加の連絡を入れた。



★白浜アドベンチャーワールド
アドベンチャーワールドに着いた一行はまず全員でサファリワールドに行くことにした。
人数が人数なだけに、サファリを巡る小型のバスは完全に貸しきり状態だ。
「さふぁりぱーくというのは確か沢山の動物が見られる場所へ行くのでしたわね。
一体どんな生き物が見られるのか今からとっても楽しみですわ…♪」
姫梨の好奇心は衰えを知らない。どんな体験でも吸い取るスポンジ状態だ。
「なんつーか、チーターや虎とかと取っ組み合い出来るか楽しみになるな!」
「耶雲君、いくら体験コーナーがあるゆうても、それはいくらなんでも無理やから」
本気でバスを降りてやりかねないと感じた日景は一応釘を刺しておく。
「…ん?あァ、もちろん駄目ってェのは分かってるぜェ」
明後日の方を見ながら言う耶雲の声はとても諦めているようには思えないが。
「ここではやっぱりライオンに会いたいぜ!」
「俺もライオンが見てぇな、ライオンが!」
リドと朱雀の興味は同じ。百獣の王たるライオンを間近で感じるチャンスだ。
まあ昼間は寝てるだけかもしれないのだが、それでも王たるオーラが出てるはずだ。
「俺はライオンよりホワイトタイガーを見たいかな」
パンフレットを見ながら琉紫葵も言う。
「琉紫葵さん、もしかして阪神ファンですか?」
羽白の問いに琉紫葵は微笑んで頷いた。
やがてバスは発進し、肉食動物エリアに入っていく。
「みなさん凄く楽しそうですねー」
「みんな無駄にはしゃぎすぎなのですよっ」
そんなことを言う慧奈と珠美もどんどん出てくる動物達に視線は釘付け。
「若いっていいわ、ね」
「ルゥさん、そんな遠い目をして言っても兎のコスプレしてたら説得力ありませんわよ」
「全くだな」
冷静に突っ込んだはずのルゥに突っ込みの追撃を与えたのは舞矢と志貴だった。


★買い物天国
サファリバスを降り、一行は自由行動を取ることにした。
夕方6時に園内出口にて待ち合わせだ。
思い思いに行きたいところに分かれていくメンバー達。
そんな中で日景、リド、耶雲はすぐ傍にあったお土産売り場に足を踏み入れた。
灼熱の外の空気とは違い、そこはエアコンが効いてかなり涼しい空気が売り場を満たしている。
「土産モン、幾つか買って帰えんねェといけねェな」
「あれ?耶雲君はルゥさんと一緒やないん?」
「いくら義妹が可愛いからってべったりって訳じゃないぜェ」
「そりゃそうだろ。あんまりべったりくっついてみろ。間違いなくロリコン扱いされて場合によっちゃ通報モンだ」
「お前もいかつさにかけちゃ似たようなもんだろ」
180センチを超える長身の二人(しかも一見不良系)が険悪な雰囲気を醸し出すのははっきり言って周りに迷惑極まりない。
「まぁ、その辺で置いといて。
とにかくお土産を買いにきたんやから送る相手のことを考えていいもん買ってかえろな」
すぐさま日景が二人の間に割ってはいる。
「なに本気になってんだ?ちょっとした喧嘩ごっこに決まってるだろー」
「そうそう。本気なら何も言わずにぶん殴ってるぜェ」
二人はニヤリと笑みを浮かべてまんまと引っかかった日景に言う。
安堵と取り越し苦労の溜息をついた日景の胃は僅かに痛みを覚えていた。

「ストラップ・・・あの片目隠しにゃこんなもんでいいかァ」
同じ年の義兄弟、龍崎カイトを想い耶雲はイルカのストラップを手に取る。
その少し離れた場所では。
「春波と龍牙にはこれとこれで・・・。と、あとは誰に渡さなきゃならないんだっけ?」
えんむす神社の友人である二人とごくごく親しいツレ数人に渡す友人の数を指折りリドは頭を抱えるている。
そんな二人を微笑ましく眺めながら、日景は自分が管理するえんむす神社だけでなく、他に所属する色黒同好会とプール愛好会や友好結社
の面々に渡すお土産を次々に買い物籠に入れていく。
ストラップやボールペンなどありきたりなものばかりだが、その数は侮れない。
あれよあれよと増え続けいつの間にか籠からはみ出さんばかりだ。
「おい。いくらなんでも買いすぎだろ。どうやって持って帰る気だ?」
「それよりどんだけの人数分買ってんだァ?」
ほくほく顔で買い物を続ける日景にリドと耶雲は呆れた声をかける。
「うーん。100人分ぐらいやね。これでも抑えてるつもりなんやけど。
それにお土産はここから宅急便で送ってもうたら、わいらが帰り着くころに到着するし。
あ、そうや。神社で食べるお菓子もこうとかなね♪」
「ありえねぇ」
耶雲とリドは同時に呟いたが後の祭り。
この先二人は日景の買い物に延々付き合わされる羽目になった。



★ペンギンさん
ペンギンだけを一箇所に集めたペンギン王国と言う場所がある。
イワトビペンギン、皇帝ペンギン、アデリーペンギン、キングペンギン、ヒゲペンギンなどが一同に揃う場所だ。
自由行動となったメンバーのうち、姫梨・光・珠美・ルゥ・舞矢は連れ立ってここに来た。
「鳥って泳ぐことも出来ますのね」
プールを気持ちよさそうに泳ぐペンギンたちを見て姫梨が言う。
「そりゃあねー。ペンギンは泳ぐ鳥だもの」
光は柵に肘を付き、ちょこちょこ歩くペンギンを見ている。
先頭がこけると後を追うペンギンたちも転ぶところがなんとも可愛い。
「でも泳いでばかりでちっとも飛びそうにありませんの…何故でしょう?」
「本当ですわね。鳥というからにはちゃんと飛んでもらわないと。
珠美様、ペンギンと言うのはいつ飛ぶのですか?」
「空飛ぶペンギンさんの話は聞いたことが無いのですよ」
姫梨と舞矢の問いに困ったように答える珠美。その表情は至って真剣である。
「ペンギンは飛べない鳥なの、よ」
あっさりと真なる答えを出したのはやはりペンギンのコスプレをしたルゥだった。
どこにどれだけの衣装を持っているかはルゥだけの秘密である。
「そうなのですか。でもかまいませんわ、よたよたと歩く姿がとても可愛いらしいですもの」
しばらくなごみ系のペンギンを鑑賞後、5人は氷の上でペンギン達と記念撮影をしてこの場を後にした。

★跳ねる海獣
超が付くほど巨大なプール。
それを取り囲むようにずらりと並ぶ観客席。そう、ここはイルカとクジラのライブが見られる特設ステージだ。
「イルカが見てー!」
との朱雀の言葉を受けてそれに同行したのは慧奈と琉紫葵と羽白である。
運良くプールからかなり近い席に座ることが出来た四人は大音響が鳴り響く中、三頭のイルカの連続ジャンプを目の当たりにしている。
着水の度に大きな水しぶきが頭上から降り注ぐが、それもこの夏の炎天下では気持ちがいい出来事である。
「めちゃめちゃ可愛いぜ!イルカ好きだー!」
「イルカさんのジャンプ凄いですよー♪」
「イルカさんたち気持ちよさそう」
「相変わらず凄いな、ここのライブは」
年甲斐も無くはしゃぐ三人と年相応に笑う一人。
イルカとトレーナーの連携は抜群で、投げられたビーチボールをジャンプして弾き、離れた的に命中させると言う曲芸まで見せている。
「なあ、琉紫葵。ここのイルカって触れたりするんだよな」
両のコブシを力いっぱい握りつつ朱雀は琉紫葵に尋ねる。
その答えを待っているのは朱雀だけではない。慧奈と羽白も瞳に星を浮かべながら琉紫葵の言葉を待つ。
「確かそんなオプションもありましたね」
三人の勢いに気押されながら琉紫葵が口を開く。
「ぜってー握手して餌やる。決めた。これは決定事項だ!!!」
天を仰ぎ叫んで立ち上がった朱雀の頭上からイルカのジャンプで巻き起こった大量の水飛沫が落ちてくる。
あわれ朱雀の口はプールの海水で一杯になった。



★恐怖のジェットコースター
「よぉし、ジェットコースター乗ろうぜ!」
ペンギングループとイルカグループはプレイゾーンと言う遊園地エリアで偶然にも再会した。
再会を記念に全員で何か乗ろうと言うことになり、真っ先に提案したのは朱雀だった。
「じぇっとこーすたーとはどういった乗り物なのでしょう?」
「危険な匂いがしますわね。朱雀様のはしゃぎようからするとろくでもないもののような気が」
眠りから覚めたばかりの雪女二人組みは首を捻った。
「何事も経験なのですよー。さあ行きますよー」
そんな彼女達を慧奈が先頭に立って導く。
「これが・・・ジェットコースター?」
目の前に広がる光景に唖然とした舞矢はそう呟かざるをえなかった。
「まるで宙を舞う電車ですわね」
「そんないいものじゃないと思います」
「電車は電車でも。暴走なの、よ」
鉄のレールが縦横無尽に宙を行き来している。そこを高速で走るコースターはただの恐怖の対象でしかない。
現に今乗っている客達も絶叫をあげている。
「でもジェットコースターは外せない乗り物なのですよっ」
「遊園地はジェットコースターに乗ってからでないと他の乗りものに乗ってはいけない決まりなんですよー」
珠美に続く言葉を発したのが慧奈ではなかったら琉紫葵は間違いなく「そんな決まりなんて無い」と突っ込んでいるところだ。
なんにせよ慧奈の表情が明るいのは琉紫葵にとって最高の出来事なわけで。
「それじゃ行くわよー!!」
光が動こうとしない舞矢と羽白をずるずると引きずって入り口をくぐった。
先頭は慧奈と琉紫葵。次に光と朱雀が続き舞矢たち初心者はさらに後ろだ。
シートベルトと固定具で転落防止を施し、安全を確保した後に発進。
ごとんごとんと音を立てながらコースターはゆっくり上昇していく。
「みなさん、はじめ急降下するときは両手をあげるのがマナーですよー」
「そうそう、どんなに怖くてもマナーは守らなくちゃね♪」
で。急降下。
慧奈と光の言葉に従った絶叫マシン初心者組みは一瞬意識を失った。

「気持ち悪い・・・あんな乗り物ありえませんわよ」
「しろちゃん、私、天国が見えた」
コースターから地面に降り立った舞矢と羽白は蹲ってぴくりとも動かない。
「そうでしょうか。わたくしは結構楽しめましたが」
対照的に姫梨はしゃきっと自分の足で立っている。
「最高ですよー。もう一回行きましょうねー」
「え、ちょっと慧奈さん・・・」
がしっと琉紫葵の手を握り、慧奈は入り口に向かう。
高速戦闘を売りに戦う琉紫葵にとってジェットコースターで身体にかかるGなど、どうと言うことは無いが好きか嫌いかは別の話だ。
そしてジェットコースター16回連続と言う伝説がスタートする。


★気分はF1グランプリ
「土産も買ったしそろそろ遊びに行くか」
「そうやね。みんなはどこにおるんやろ?」
「んなもんは適当に歩いてたら見つかるもんだ」
携帯電話という文明の利器を使わず、3人は己が勘を頼りにプレイゾーンに入った。
メリーゴーランドや急流すべりを横目で見ながら当ても無く歩いてみる。
そんな中、日景はある光景にその足を止められた。
「ん?どうした。誰か見つかったのか?」
既に暑さでだれてきたリドが日景の視線を追う。
「そういうわけやあらへんけど。
ほらあのゴーカート、一台だけ凄いテクニックで走行してるんよ」
大人でも充分楽しめるサイズのゴーカートがそこにはあった。
乗っているのはそれでも小中学生が大半であるが、そんな中で一際目立っている黒のマシン。
「ヘアピンカーブをドリフトで抜ける!?ありえないぜェ。ってかプロでも無理だ」
のろのろと走る他のカートを次々に抜き去り、抜群の運転センスを見せている。
「でもああして実際走ってる人がおるさかい」
「並みの人間じゃねぇな」
「よし、ここらで俺達も遊んで楽しもうぜェ」
「お、考えてる事は一緒だな。日景、行くぞー」
思考回路が似ているのだろう。
リドと耶雲は日景の腕を引きずりゴーカートの入り口に向かった。

「リド・カリステファス、一気に、行くぜ!!」
「オラオラ、ちんたら走ってんじゃねェ」
問答無用でゴーカートに乗り込んだリドと耶雲は、漆黒のマシンに挑戦すべくアクセルを踏み込んだ。
かなり乱暴な運転でコースを疾走する。
途中、何度も他のカートにぶつかりそうになりながらも確実に黒いカートとの距離を縮めていく。
「あわわ。みなさん、ごめんやで。
ちょっと怖いお兄さん達が通るから道をあけたってや」
謝罪しながら運転する日景も何気にいいスピードを出している。
黒のカートの運転手も後方から迫る3台のカートを認識したのだろう。
僅かにスピードを落として4台が並ぶのを待つ。
そして、並んだところで一気にアクセルを全開にした。
「いい根性だぜェ。真っ向勝負とはよ」
マシンの性能はどれも変わらない。勝敗を分けるのは運転者の腕だけだ。
4台は暫し併走していたが、カーブの度に黒のカートのリードが伸びていく。
そして魔のヘアピンカーブ。
まずヘアピンに入った黒のカートは先ほどと同じドリフトで難なく通り過ぎ、続くリドと耶雲は全く同じコースを取ろうとしてものの見事にスピンしてコースアウト。
日景は無難に減速してクリアしゴールする。
その日景をゴールの先で待っていたのは黒のゴーカートを運転者。
「俺に挑むとは無謀なことだ。まぁそれなりには楽しめたがな」
汗を拭う運転者、黒夜・志貴は会心の笑みを浮かべいていた。


★想いは淡き日の光と共に
沈み行く夕日の中で慧奈と琉紫葵は観覧車に揺られていた。
ゆっくりと上昇するゴンドラの中で始めこそはしゃいでいた慧奈だったが、頂上付近になるにつれ溜まっていた疲れが出始めたのだろう。
琉紫葵の正面の席で慧奈はそっと眠りに落ちた。
「流石にあれだけはしゃげば疲れるか」
琉紫葵は今日の慧奈の様子を思い返してみる。
普段はあまりはしゃいだりしない慧奈が、今日という日はまるで人が変わったように嬉しそうに駆け回っていた。
慧奈の横に移動した琉紫葵は肩で眠る彼女の顔を支える。
「ごめんなさい。最近ずっと忙しかったから」
眠る慧奈の吐息を間近で感じながら琉紫葵は彼女を起こさない様に小声で詫びた。
モデルとしての仕事は偏ったものにせよ順調と言える。
休日は勿論、放課後にも仕事が入ることも多々ある。
能力者としてのゴースト退治にも時間は割かれるし、ここ最近慧奈とゆっくり過ごす時間は出会った頃の半分以下だ。
「一緒に過ごす時間増やさないとな」
護りたいと思える人を得、護るための力も付け始めた。
役者になるのは一つの夢だが、それと彼女との時間を天秤にかけたなら勝つのは間違いなく慧奈の傍にいることだ。
やがて地面に降り立ったゴンドラから慧奈をおぶって出た琉紫葵はみんなが待つ出口に足を向けた。

しかし、琉紫葵は未だ知らない。
護るべきものが彼女だけではないことを。
失ったはずのものを目の当たりにしたとき、どのような選択をすればいいのかを。

そして、えんむす神社の夏休み最後の夜が幕を開ける・・・・。


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