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晩秋に舞い落ちる雪の華の名・・・。

晩秋に舞い落ちる雪の華の名・・・。

月下に雪の華舞う夢の如く (2)

「この先 舞矢 いる」
舞雪夢の共鳴によって導かれた場所は何の変哲もない住宅街の路上だった。
住宅から漏れる光と声。
街灯が照らし出す雪の積もった道。
そこには普段の日常があるだけで、特異な点は見受けられない。
しかし青麗は知っている。
如何に世界が平穏に見えても、すぐ隣には常識を逸脱したもう一つの世界があるという事を。
その世界の扉を開く手だてはその世界を創った主によって予め決められている。
逆を言えば、その手段を用いなければ扉を開くことは出来ない。
故に世界はかくも平穏であれるのだ。
能力者達は運命予報士の導きによって、その扉を開ける手だてを知るのが定石だった。
しかし、今日の青麗は運命予報士に仕事を依頼されたわけではない。
舞雪夢によってこの場所に来ることは出来ても、扉の開き方までは知る術がないのである。
「どうしたら いい」
路上の一点を見つめてながら、自然と舞雪夢を握る手に力がこもる。
舞降る雪と彼を照らす月の光は何も応えてくれなかった。
だが、
「君、迷子?」
後から掛けられた声に青麗は振り返った。
年齢は青麗より少し上だろうか。
真っ白なコートに黒のマフラー、身長は青麗より頭一つ高い中性的な顔立ちの少年が微笑を浮かべて立っていた。
「お兄さん 僕 忙しい」
確かに道路できょろきょろ辺りを見回しては行ったり来たりを繰り返せば迷子に見えないことも無いが。
多少の胡散臭さと気が立っていたせいもあって、青麗の言葉尻はきついものだった。
にもかかわらず、少年は気分を害すわけでもなく、降る雪を手のひらで受け止めながら微笑み続けた。
「俺も実は忙しくて。本当は来たくなかったんだけどね」
「言ってること よく分からない」
「白兎を探してるなら、送ってあげるよ」
これ以上は話しかけるなと言わんばかりだった青麗の動きが硬直する。
「舞矢 知ってる?」
「腐れ縁。だからここに来たわけだけど」
少年は道路の一角を指さした。
そこにはただアスファルトに積もる雪があるだけで特に変わった様子がない。
「出来れば俺は帰りたいわけですよ。
俺は道を開ける。ただし片道一人分だけ。
上手く行こうが下手をしようが、この場所に戻るには厄介な奴と戦う羽目になる。
それでも行くって言うなら譲ってあげる」
しかしその場所こそが現世と異界を結ぶべきたった一つの扉だった。
「お兄さん、行かなくていい の」
この少年が何処の誰かは分からないけれど、腐れ縁と自分で言ってこの場に現れるぐらいだ。
青麗とは違った意味で舞矢と深く関わっていると推測はできる。
「行かなきゃならない理由はあるけどね。
兎さんがカタを付けてくれるなら楽が出来るし、もしやられても結局向こうから接触してくるだろうし。
なら今は行かなくても良い気がするよ。あいつの安否さえ気にしなければ」
少年の声色は変わらない。
しかし舞矢はどうなっても良いとやんわりと言いきっている。
「ん なら 僕いく」
舞矢は危機に瀕している。
でなければ舞雪夢がこの場に青麗を導く理由などありはしない。
青麗はそう確信して少年に自らの意志を伝えた。
「じゃあ狐君にお任せするよ」
少年は右手親指を噛みちぎった。
何もない空間では地面に滴り落ちるはずの血液は、まるでそこにキャンパスはあるかのように宙で固定され彼の指先の動きを追って紋様を描いていく。
それは青麗には見たこともない術式であったが、その効果は確かなようだ。
成人が屈めば何とか通れそうな魔法陣が描きあがり、その先が揺らいで見える。
「知ってるだろうけど雪月華と舞雪夢は雪巫女にしか扱えない神具だ。
もし「これ以上は」って時には君の力を全部込めてあいつに託せ。
封印している血が運良く目覚めれば還ってこれる」
親指の血をぺろっと舐めて少年は青麗に頭を下げた。
「お兄さんはどうして門を作れる?」
「今回に限って言うならあいつと同じで雪巫女の血を引いてるから。
ただ巫女じゃないから不完全なものしか作れないんだ」
彼はそういうときびすを返した。
特殊空間への扉は条件さえ満たせば同時に何人でも通ることが出来る。
一人しか通れない扉は確かに不完全といえる。
が、青麗にはそれで充分だった。
「じゃあね。運命の糸が交わればまた何処かで逢うかもしれない」
「ありがと だよ」
青麗も少年が作った門に向かいながら一言だけ返した。
行くものと還るもの。
少年は雪の町へと姿を消し、青麗もまた門をくぐって異界へと向かう。
どちらの選択にせよこの場に人はいなくなった。


特殊空間に入って、青麗はすぐに舞矢を発見することが出来た。
黒い吹雪が舞う中で、彼女の身体は度重なる攻撃によって紅く染められていた。
それでもその瞳は決して光を失わず、対する男に戦意を向けている。
対する男は衣類はところどころ破けはしているものの、身体に傷らしいものは一切無い。
「これは招かれざる客が来たようだ。否、招こうとしていた客が来てくれたと言ったほうがいいか」
自身の作った特殊空間の入り口が破られたのに気がつき、雹は無防備にも舞矢から来たばかりの青麗に視線を移した。
この場にどうやって現れたかは疑問であるが、わざわざ出向いてきてくれたのだ。
雹は二人を嬲る方法を頭の中で思い描いた。
それは舞矢にとって千載一遇の好機であったかもしれない。
しかし、攻撃を仕掛けなければならない彼女も突如現れた青麗に気を奪われた。
「青麗?どうしてここに」
「舞雪夢 舞矢 危ないって知らせた」
青麗は舞矢の前に盾になるよう全力で移動した。
青麗の応えは短かったが舞矢にはその意味は充分理解できる。
かの舞扇は本来の所有者の危機を現在の持ち主に教えたのだろう。
そして対となる雪月華との共振でこの場を探り当てたに違いない。
「お前 舞矢傷つける。絶対許さない」
吹き荒ぶ吹雪の一角が黒から白へと変化する。
荒ぶる白い結晶たちは青麗の身体を包み込み、不可視の鎧へ変化した。
「双海…否、星姫青麗。ようこそ我が吹雪の回廊へ」
食物連鎖上で上位のものが獲物を値踏みするような残忍な笑み。
そして雹にはそれだけの力があると青麗は感じ取った。
「青麗、これはわたしの問題なの。雪巫女として生まれた宿業って言ってもいい。
貴方には関係ないこと。だからすぐにここから逃げて」
「逃げる?何処に逃げ場があると言うんだ」
雹を倒さねばここからは出られない。
それは百も承知だけれど、それでも舞矢は青麗を巻き込みたくはなかった。
命をかけて青麗を護るために戦うという意志があったからこそ、舞矢は絶望の淵から還ってくることが出来た。
相打ち覚悟で雹と共に現世から消えることさえ厭わないと思うほどに。
しかし、それはあくまで青麗が知らないところでの話だ。
昨日まで仲がよかった先輩が失踪して音信不通。
やがて彼の記憶からも自分のことは雪が溶けてなくなるように消えてしまえばいい。
そうすれば青麗はまた新しい出会いを繰り返し、きっと何時か幸せになれるだろうからと。
そこにあるのは舞矢の勝手な思いこみ。
青麗の意志は全く入り込んでいない。
「舞矢 一緒居る 約束した」
クリスマスに教会の前で告げた青麗の意志。
何より青麗が舞矢と一緒にいたいと思ったからこそこの場に来たのだ。
舞矢が自分で考えているよりも青麗は彼女のことを心の深い場所で考えている。
「お初にお目にかかる。我が名は雹。
雪華夢月宮神楽の長であり、雪巫女を統べし者。そして名雪の許嫁だ」
忘却期に入る前の舞矢達の集落は、その血脈を守りながら力を維持していた。
そして、大きな力を有す者には、また純潔種に近い配偶者があてがわれ、より濃い血をそして巨大な力を受け継ぐ者が生まれる。
名雪の血脈は純潔種に近いものであったため、彼女たちが生を受けてすぐに何処に嫁ぐかは決められていた。
雹の暴走さえなければ、舞矢と澪那は彼と共に人生を歩んでいたに違いない。
「何を今更。貴方はもう人ではありません。
自らの力に溺れ、怨霊の力を取り込んだ時点で、わたくしも澪那も貴方に嫁ぐつもりはありませんでした」
吐き捨てるように舞矢は声を上げた。
それは昔のこととは言え青麗には知られたくなかったこと。
そして絶対に知られたくない過去も二人の中には存在する。
「お前 邪悪。舞矢 僕護る」
「邪悪だろうと何であろうと舞矢は俺のものだよ。
犯し汚し、血と涙と白濁にまみれさせ、失意と絶望の中でその魂を喰らう。
なぁ、舞矢。この巫仔に教えてやったらどうだ。お前が如何に穢れたそんざ…」
「黙れ」
冷気を帯びた薙刀を青麗は裂帛の気合と共に横一閃にした。
反応が遅れた雹はかわしきれないと判断すると左腕を盾に防御姿勢を取る。
刃が腕にめり込み瞬時に凍結する。
「青麗……」
「舞矢 お前の物 違う」
青麗が純真無垢な性格だからと言え、雹の言葉の意味が理解できないわけではない。
性的な知識は有しているし、かつて雹という男が舞矢にどんなに卑劣で残虐極まりない行為を行ったかは容易に想像できた。
ふつふつと怒りがこみ上げる。それとは逆に思考は至って冷静だった。
ここで自分が取り乱せば、舞矢は目に見えて傷つくだろう。
「昔 関係ない。僕 今の舞矢 好き」
強い意志で、そして違わぬ思いを込めて青麗は雹に言い放つ。
過去は変えられない。
けれど舞矢がどんな人生を送っていたかなんて関係ない。
彼女と出会い、共に過ごした時間こそ、青麗が信じる舞矢の全てなのだから。
そして彼女に対する好意は揺るがない真実だった。
「はははははははははははは。
舞矢、良くたらしこんだものだ。しかもその力、私の天敵とくる」
夢幻再生を持つ雹を唯一封じる方法が凍結。
口調こそ二人を挑発するようだが、心中は強敵と相対すときのものに切り替わっていた。
死んだ細胞は夢幻再生で甦る。ただし氷結によって細胞の活動を睡眠レベルまで低下させられたらそれはあくまで眠りに過ぎず、再生能力は働かない。
「厄介なものは先に潰させてもらおう」
突き出された右腕に漆黒の氷の剣が生み出された。
雪原という足場の悪さなど全く気にせず、流麗な動きを見せる。
かつては舞矢の師というだけはある。
舞うかの如く繰り出される連撃は、優美で一切の無駄がない。
狙いは勿論自分を封印できる能力を持つ青麗。
逃げ場を与えない程の無数の斬撃が青麗に襲い掛かる。
が、黒き氷の刃は一度たりとも青麗の身体を傷つけることが出来なかった。
雪の上に紅い染みを作っているのは彼の前に飛び出した舞矢だった。
「青麗には一滴たりとも血を流させません」
身体の周りに輝くコアで防御結界を展開。
急所の喉と顔を術扇で庇い、その連撃を辛くも凌ぐ。
そして青麗もただ護られているわけではない。
舞矢の身体を遮蔽物とし、生まれた死角からの強襲で更なる一撃を雹に見舞う。
普段の連携とは前後衛が全く逆。
だが二人はアイコンタクトすらなく自らの役目を理解していた。
消耗した舞矢の戦闘力は既に尽きたといっていい。
残った力で出来るのはリフレクトコア展開による防御と自己回復が数回、攻撃に関しては光の槍が後2本放てるかどうかだろう。
氷のアビリティを持つのが青麗のみならば、彼の行動を舞矢や自身の回復に費やすことは延命処置にはなるだろうが、確実に死にいたる愚策にしかならないのだから。

雪原で優美な神楽が奉納される。
手にするは敵を死へと至らしめる為の武器。
青麗と雹の動きは拮抗していた。
それ故に舞矢の存在は巫仔達に優位に働く。
力の均衡を破る舞手として。
そして何より雹の一挙動作が舞矢の動きに似通っている事。
正確には舞矢こそ雹の教えを受けた舞手であり、その動きの癖はこの数ヶ月共に舞うことが多かった青麗にとって慣れ親しんだもの。
逆に星鳴姫舞唄神楽の舞は雹にとっては初見。
ある程度動きの予測はつけられても、その細部にまでついていけるわけではない。
相手の手の内を知っていて負けるはずもなく、青麗の薙刀はものの数分で雹の左腕全部と右足、そして左脇腹を凍結させた。
これだけの傷を負えば動きは制限され、青麗達の優位は不動のものとなる。
敵がまともな相手であるなら………
「雪華の舞がこうまで読まれるとは。舞矢貴様、雪巫女の誇りを仔狐に売ったか」
数メートルの距離を取りつつ、雹は憎憎しげに言い放つ。
「悪霊に良心を売り渡した貴方にとやかく言われる筋合いはありません」
「お前 二度と現世に戻れないよう 完全に封じる」
二人は油断無く武器を構えたまま雹の出方を窺っている。
無理に攻める余裕は無い。凍結のアビリティは無限に使えるわけではないのだから。
しかし、その慎重さが仇となった。
「さて、雪巫女でもない貴様に出来るかな」
雹は自らの剣で凍てつき動かない右足を切断した。
どす黒い血液が噴き出し、雪の上を染める。
常人ならばそれだけで出血によるショック死を招いても不思議ではない。
しかし雹の能力は夢幻再生。
傷口が意志を持った生き物のように蠢き、無くなった部分を再生する。
左手や脇腹も同じだ。封じられた部分を自分の手で切り捨てることによって、新たなものを生みだし何もなかったように平然と構えてみせる。
「仕切直しだ。星姫の舞も見せてもらった。これからは今までのようにはいかん」
雹は左手にも漆黒の氷の刃を生みだした。
一刀で受けきれないなら二刀をもって敵にあたれば良いだけのこと。
そして今までは青麗達の動きを視るための準備運動のようなものだった。
美しく流れる青麗と舞矢のコンビネーションを先までとは違い、確実に受け止め逆に手傷を負わせていく。
正直このままでは不味いと青麗は判断した。
たった数分で星鳴姫舞唄神楽の舞が読まれるほどの天才的な舞手に加え、受けた凍結をあんな手で無効化してくるなんて思っても見なかった。
そしてディフェンス担当の舞矢の体力もさる事ながら、青麗の凍結を行うための能力は身体にかける負担が大きい。
凍結封印に使える力は後四回ほど。
それで雹に半端な手傷を負わせても同じ事の繰り返しになるのは目に見えている。
もちろん、凍結の力を使いきったら後は手詰まりになる。
「どうした?先ほどまでの威勢が消えているぞ」
雹は両手の剣を頭上に掲げた。
剣の先に直径5メートルはあるだろう巨大な氷塊が生み出される。
「俺を氷の中に封印する?お前達こそ氷に押しつぶされて死ね」
投げ出される氷塊。
直撃をうければいくら能力者とは言え無事ではすまない。
しかしこれは二人にとっても好機であった。
大業の後は少なからず隙が生じる。
これを凌ぎ、その直後に雹の心臓に刃を突き立て凍結封印を行う事が出来れば、それで決められるかもしれない。
それには今まで通り、舞矢がこの氷塊を一人で受けきるのが絶対条件。
だが、耐えられるだろうか。
リクレクトコアによる防御面の強化こそ行っているものの、圧倒的な質量の前にそれは紙切れ同然の様に思えてならない。
それでも舞矢は青麗の盾となるだろう。
今の彼女には雹を封じる能力がないのだから。
しかし、本当にそうなのだろうか。
青麗は舞矢に視線を移す。
彼女の左手に握られているのは白き舞扇・雪月華。
それは雪巫女にしか使えぬ神具。そして自分の懐にはそれに対なす舞雪夢がある。
「『もうこれ以上は』って時に力を込めて舞矢に託せ」
特殊空間の扉を開いた少年はそう告げた。
信じるに値するかは分からないが、信じてみようと思った。
ここで舞矢を盾にし、雹を討ちとれたとしても、彼女が死んでいては意味がない。
自分ならばあの攻撃に耐えきる自信はある。
放たれる氷塊。それは圧倒的質量を持って青麗と舞矢の頭上から迫る。
青麗は舞矢が動くより早く、地面を蹴って宙に躍った。
薙刀を氷塊に突き立て何とか受け流そうと試みる。
「舞矢 僕の力 預ける」
それと平行作業で青麗は残る凍結能力の全てを舞雪夢にそそぎ込み、舞矢に投げ放った。
飛来する舞扇。舞矢はとっさに右手の蒼い舞扇を手放し、舞雪夢を受け止めた。
「青麗、でも今のわたしは・・・」
「雪巫女にしか使えぬ神具か」
雹の顔色が一瞬だけ変わった。雹は知っている。二つの舞扇が如何なる力を秘めているのかを。
「だが、雪女であることをやめた舞矢にその真価は発揮できん」
そうだ。いくら雪巫女であろうと、雪女の血を封印したものに神具は扱いきれるものではない。
しかし目障りなものには違いない。破壊できるなら破壊しておいたほうが安全だと判断した雹は、自らの切り札を切った。
「雪華夢月宮神楽、月穿!!」
青麗が流そうとしていた氷塊が内側から弾ける。
それは100以上の氷剣となって青麗と舞矢に降り注ぐ。
至近距離にいた青麗にかわしきれるはずも無く、彼は四肢を紅く染めながら雪の上に叩きつけられた。
舞矢もまた何本かの剣をかわし、防御したものの身体を貫かれ弾き飛ばされる。
それでも舞矢は倒れなかった。
舞矢の左肩にそっと触れた優しい手の温もりが彼女に倒れることを許さなかった。
「大丈夫。だってわたしがついて居るもの」
微笑み佇む少女の幻影。
それはかつて共に苦楽を共にした、最愛の妹澪那。
舞雪夢が舞矢の分身であるように、雪月華もまた澪那の分身。
すでにこの世に無い身なれど、姉を慕うその想いは舞扇に宿り続けていた。
「舞矢 一緒 舞う」
そして舞矢を想う青麗も残された力を振り絞り立ち上がった。
先の一撃は重傷レベルの傷を負わせていたはずだ。
しかし、青麗の魂は肉体を凌駕し舞矢の隣に立たせて見せる。
そう、自分は一人じゃない。
舞矢は天の月を仰いだ。
特殊空間に浮かぶ月は雹が作った紛い物だが、その優しい光は不思議と舞矢に落ち着きと力を与えた。
「しぶとい。が今一度は耐えれまい」
二人の消耗を見て、とどめとばかりに氷塊を生み出す雹。
「たった一度でいい。もう二度と雪女に戻れなくていい。わたしに、力を」
願いを込めて彼女は舞う。それは雪華夢月宮神楽でも星鳴姫舞唄神楽でもない神楽。
いつか二人で舞えたらいいなと思い描いた雪華と星姫の融合。
イメージはしていたが実際舞うのは初めてのものだ。
それでも舞矢は思いを込めて舞った。青麗もまた舞矢の動きにあわせて動く。
月下に雪の華舞う夢の如く・・・
未完成で荒削り、しかし神が本当にいるとするなら、二人の願いは確かに届いた。
両手に手にした舞扇が白い閃光を放ち、次の瞬間それは絶対零度の嵐と化した。

終わりだけみるとあっけないものだと二人は思った。
いま、二人の目の前には剣を振りあげたまま氷の棺に閉じこめられた雹の身体があった。
北極の永久凍土を思わせるその棺は決して溶けることはないだろう。
雹は自分が生み出した特殊空間で永遠の眠りに付く事になった。
やがて特殊空間がゆっくりと解除され、二人は慣れ親しんだ鎌倉の街に舞い戻った。
青麗の白燐奏甲で受けた傷を癒した後、イグニッションを解除。
二人は暫く無言のまま、白銀寮へ向かって歩き始めた。
舞矢も青麗も思うところはある。しかし、それを言葉にすることが出来ない。
やがて辿り着いた寮の玄関先。
舞矢は青麗に向かって振り返り、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「青麗、ごめんなさい。大変なことに巻き込んで」
「舞矢 無事なら いいよ」
「ごめんなさい、わたし、ほんとは凄く汚れて、それが青麗に知られるのがこわかった」
年上だろうが何であろうが、今、自分の目の前にいるのは過去に傷つき、今を懸命に生きようと努力している一人の女の子に過ぎない。
青麗と違って血の繋がった母もなく、自分の弱さを見せまいと常に必死にならざるを得なかったのだろう。
他人との繋がりが切れることを事更に怯え、自分が今ここで生きていて良いという理由を懸命に探して。
クリスマスに舞矢の告白を受けてからずっと考えてきた同じ「好き」。
それとは違うかもしれない。
けれど、今夜のことで青麗は分かった気がした。
なぜ教会の前で去っていく舞矢を呼び止めたのか。
あの時はあまりにとっさのことだった。ただ失いたくないと思った。
でも今は違う。あれからずっと考えて、舞矢の過去を全て知っても揺るがない想いが胸の内にある。
いつの間にか雪はやみ、月と星とが二人を優しく包み込んでいた。
「僕は、舞矢が好き だよ・・・いっぱい喜ばせたい、いっぱい喜ばせてほしい。
僕は、舞矢のこと、いっぱい大事にする」
舞矢の返事も待たずに青麗は彼女をぎゅっと抱きしめた。
「んと・・・今日も、泊まっていく ね。今夜 ずっと、2人で いる」
月と星が見守る中、二人の唇がそっと合わさった。



2月19日
「ということがあったわけなんです」
もはや定番となった義妹とのお茶会。
「はぁ。舞矢姉の暗い過去はこの際、横においとくにして。
これで良く『お付き合いしてませんよね?』なんて言えますね」
やれやれと肩を竦める義妹。
舞矢と青麗がお互いの気持ちをはっきり言葉にしたのが昨夜。
そこから晴れて恋人同士になったのだが、それを義妹に報告したのが運のつき。
巧みな話術に引っかかり裏話まで洗いざらい話す羽目になった。
「だって、あの時は正式にお付き合いするって言ってないんですのよ」
ぷーっと頬を膨らませる舞矢。
「『舞矢のこといっぱい大事にする』の時点で青麗さんの気持ち確定してるじゃないですかっ。
あまつさえ、寮の玄関で何度キスしてるんですか。
誰かに見られたらどうするつもりなんです?
まったく、舞矢姉って行動派なのに自分に向けられてる好意には疎すぎなんですよ」
突っ込みに対して全く言い返せない。
仕方が無いのでお茶菓子のクッキーをぱくぱく口に放り込む。
「あまり調子に乗って食べると太りますよ?」
更に突っ込む。
舞矢の手と口の動きが完全に固まった。
秋から確かに体重はちょっとだけ増えた気がしないでもない。
「ま、結果オーライです。良かったね、舞矢姉」
にっこりと微笑む義妹。
全然似ていないはずなのに、その表情が澪那と一瞬だけ被る。
それはどちらの妹も姉のことを真剣に思っているからに他ならない。
そう。たとえ血が繋がっていなくても。
名雪舞矢には大切な家族がいる。
そしてこれから家族になるだろう愛しい人も。


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