2012/07/31(火)19:11
原発再稼働と太平洋戦争
最近になって気がついた。
原発を推進するかしないかは戦争を推進するかしないのかと
同様ではないか?と
四つの事故調が出そろった現在、大飯原発含め多数の原発で
立地に問題が指摘され、それでもなお、最低でも2030年までは
何らかの形で原発を残す意志が政府には感じられる。
この構図は太平洋戦争前夜、日本の中国政策に対する対抗処置として行われた
対日禁輸政策にたいして、戦争遂行と南進決定が軍部と財界によりなされ
対米外交が決定的となり、太平洋戦争に突入する事になる。
違うのは当時の米国にたいして、市民がその対抗勢力になっていること。
各種メディアも当時のメディア同様
原発城下町ではやはり原発依存から抜けられないのでしょうねぇ?
私が薬物中毒になったら、やはり自分の意志で抜けることは出来ないでしょうから
安易に批判は出来ませんけれど・・・・。
ただ、311以来の放射能汚染を見たら、原発立地県だけの問題ではなく
ましてや、その地の市区町村の話では無い事だけは確か。
フクイチは東京電力でその恩恵を受けているのは電力の需給を受ける関東圏と
立地周辺自治体である。
ところが、一度事故ともなれば、その恩恵を受けていた住民や企業はおろか
全く恩恵のない地区や下手すれば海外までも放射能の害が及ぶ事になる。
この事も当時戦争を疑問視していた人たちや女子供まで巻き込んで空襲や
あげくは原爆で大きな犠牲者を出した事に似ている。
そこまで考えるなら、当然原発を推進し、再稼働を容認して事故が起きた場合
その当事者の刑事責任も容認した自治体やその住民の民事責任も負う事になる。
戦争犯罪と原発推進は同義語であろう。
しかしながら、国家さえ滅ぼしかねない原発事故を自治体やそこの住民、或いは
電気事業者が弁済出来るわけがない。
フクイチ事故以後、原発容認、再稼働容認の方々は今後の事故に最低でも道義的な
責任があり、場合によっては損害賠償の被告にさえなる覚悟をもって論じて貰いたい。