ヴィラ=ロボスって知ってる?
普通のクラシック音楽愛好家の方はブラジルの国民的作曲家エイトル・ヴィラ=ロボス(1887-1959)のことをどれだけ知っているのだろうか。私はこの名前を聞くと、太い眉、大きなギラギラした眼、大きな鼻をした彼の顔とでかい葉巻を思い出す。強烈なインパクトのある顔つきだ。 創作数1000曲と言われる多作家で、ラジオドラマを聞きながらスコアを書いてしかも筋を全部覚えていたという逸話もある。ただしせっかく作った曲を他人に渡したきりで紛失してしまったものもあり(もったいない)、その全容はまだ掴めていないという。 作曲ジャンルも多彩で交響曲12、ピアノ協奏曲5、チェロ協奏曲3などの協奏曲(ハーモニカ協奏曲なんてのもある)、バレエを含む管弦楽曲、オペラ、ピアノ、バイオリン、チェロ、それにギター曲などの器楽曲、弦楽四重奏曲18を含む室内楽曲(神秘の6重奏曲なんのもある)、歌曲(これがまたかわいらしい)、合唱曲などなど・・・・ああ、お腹いっぱい! ハリウッド映画「緑の館」(ヘップバーン主演)の音楽も担当した。 彼は正規の音楽教育を受けず、ほとんど独学。10代の頃、ギター片手に親に逆らってリオの下町の音楽仲間とショーロの合奏に明け暮れていた。ショーロは「民衆的なセレナード」と説明されているけど、メキシコのマリアッチみたいなものか(間違ってたらごめんなさい)。ショーロは器楽合奏の形態だけど、時折ひとつの楽器がソロを取り、また次の楽器がソロをと即興的な面も持つ。ジャズセッションに近いのかも知れない。この体験が後に、重要な作品群である「ショーロス」全14曲(No.13,14はスコア紛失)につながっていく。 20代ではアマゾンの奥地へ探検して、そこの原住民(インディオたち)の歌を採取している。 後に音楽院で教育を受けるも「既に知っていることばかり」とすぐに中退。「私は対位法というものをバッハとリオの音楽家(ショーロ仲間)たちから学んだ」と言ってるように、他の作曲家のスコアと実地の経験から音楽の何たるかを体得していったのだろう。まあいずれにしてもすごい人だ。 彼の音楽の特徴は、それまでの音楽にはない独創性にある。正規の音楽教育を受けていないこともあり、自由な音の扱い、和声も新鮮、よって大変野生的、でもピュアで素朴、どこか人懐っこさもある(彼の人柄そのもの)。 ところで、クラシック・ギターを弾く人にとって、彼は「なじみ」の作曲家だ。12の練習曲、ブラジル民謡組曲、5つの前奏曲、ショーロス第1番、ギター協奏曲・・・どれもが素朴な味わい、美しさ、独創性を併せ持ち、豊かな世界を我々にもたらせてくれる。ギターのためにこんな素敵な曲を書いてくれた有難いお人なのである。 ことに練習曲はギタリストを目指す者なら必ず弾かなければならないピースで、前半6曲のメカニカルと後半6曲の音楽表現の難しさはショパンの練習曲に匹敵する。 弾くとわかるんだがこの人はギターを知ってるし、さらに「こんなことやっちゃうんだ!」と驚きもある。左手の運指を変えずにポジションひとつずつ落としていくだけで、不協和音もなんのその、ぶっとい音の流れを作る練習曲第1番などは楽譜を見ると難しそうだが、やってみると(教えてもらうと)とっても簡単だったりする。おそらく他の楽器もそうなのだろうと思われる(何しろほとんどの楽器が弾けたらしいから)。前奏曲第1番の野太い歌、洒脱なワルツの第5番などいい曲ばかり。 大抵のギタリストは録音してるし、どれもいい演奏であるが、ここは昔親しく居酒屋で飲んだ思い出に、福田進一さんのCDをお勧めしておく。福田さんのギターは深刻ぶらずに明るく楽しい(人柄が出てるなぁ)。もうすぐラテン曲集の新盤も出るそうなのでそちらも楽しみだ。ヴィラ=ロボス:ギター曲全集 福田進一(g)