人類の存続にむけた知の融合
平成18年11月15日(水)、江崎玲於奈氏(73年物理学賞)、野依良治氏(01年化学賞)の二人のノーベル賞受賞者を囲むフォーラム「21世紀の創造」(主催:読売新聞社、NHK、九州大学)が、「創造的若者へ!科学者からのメッセージ」をテーマに開催されました。九州大学のレポートはこちら今朝の読売新聞の特集記事から、教育のあり方を考えさせられるものがあった。野依良治氏(2001年化学賞受賞)基調講演「人類の存続にむけた知の融合」愚かな文明社会恐れる エジプト・ギザの三大ピラミッドを、数年前に初めて訪れた。底面は正方形でその1辺が230m、高さは140m。巨大で力感あふれる構造実に圧倒された。どんな方法で完成させたのか。それを生み出す知恵の源泉は何か。近代の技術なしにこれらを建造した当時の人々の偉大さに、心を打たれた。 人間は石器時代から、それぞれの文化のなかで、五感と人間本来の能力を最大限に駆使して伝統技術を培ってきた。 一方で、現代社会の活動は、科学技術の恩恵にあずかっている。近代的農業のおかげで、60億人以上がこの地球上に暮らせるだけの食糧が生産できる。先進国の平均寿命は、この1世紀で45歳から80歳に伸びた。だがその反面、自然環境は疲弊した。 21世紀には、「文化を尊ぶ文明」を作ることが大切だと思う。「文化」は、習俗や信仰、学術などが長年にわたって混ざり合い培ってきた、精神的で尊いものだ。「文明」は、この文化に、人間の物質的な面を合わせた近代社会の状態を指す。現代は「文明」の色合いが濃い。 この巨大な文明の力が、知性と感性によって育てられた文化を侵害し、社会を愚かな人々の集まりにすることを、私は恐れている。精神と物質がバランスをとって初めて、私たちは社会的に進化するのだ。 宇宙の起源や大地の変動などの自然の姿が、科学の基礎研究によってわかるようになった。自然を知ることにより、人々は謙虚に生きることを学んだ。これが、自然科学が持つ最大の意義で、その文化への影響は、科学技術や経済への効果を超える。「科学も芸術も、自然に対する恐怖から逃れるために人間が生み出した知恵で、共通の起源を持つ」という科学評論家の意見に同感だ。 生命科学の対象は近年、人間の心の問題にまで及び始めた。哲学や宗教学の独壇場だった精神の問題に、脳科学が迫れるようになってきた。理化学研究所でも、将棋を指すときの頭の働きを、脳科学の面から解明しようとしている。 ニュートンやアインシュタインのような偉大な科学者がなぜ出てこないのか。それは、教科書や学校での講義を信じすぎているからだろう。 教科書の内容が、つねに正しいとは限らない。冥王星だって、太陽系の惑星から外された。一つひとつ納得しながら習得し、ゼロから自分で考える態度が大事だ。学校の先生は、そうした若者を国の学習指導要領にしばりつけることはせず、大切に育ててほしい。 次の世代が豊かに暮らせるよう、すべての知を結集して、人生観や社会観を培っていく必要がある。 理化学研究所理事長。1938年兵庫県生まれ。京都大学工学部卒、同大大学院工学研究科修士課程修了○名古屋大学教授、同大大学院教授を経て、2003年10月から現職。01年に「キラル触媒による不斉水素化反応の研究」で化学賞受賞。