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海洋冒険小説の家

海洋冒険小説の家

    (7)

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 明船のほうは、伝馬船からのぼってきた面々をみて声をなくしていた。これは倭寇(わこう)ではないか。あの海賊たちと同じ連中だ。助左衛門が見渡した顔・顔・顔にはそんなふうに書いてあった。鉦や太鼓を持つ手が震えていた。助左衛門は劇的効果を狙って少し黙っていた。自分の草摺りの付いていない、ポルトガル製の南蛮胴丸をすこし両手でゆすって直し、三右衛門が何か言いそうになるのを制して、そして、おもむろに口を開いた。
 「ニーハオ タアチィアトオウ チィーファン ラマ?(こんにちは、みなさん食事はすみましたか?)」
 真面目な顔をしてゆっくりと明国語で言い、その真面目な顔がだんだんゆるんで笑顔になり、片目をつぶって、その、ウインクをした瞬間、回りの眼・眼・眼が驚きに変わり、すぐに大きな喜びとなって明船の乗客・乗員全員の体がはじけた。甲板上は声が爆発した。もう、あちこちで体を抱き合う光景が見られた。助左衛門たちもその渦に巻き込まれた。六兵衛などは婦人たちに抱きつかれて目を白黒させた。助かった、よかったという安堵感のあと、船頭らしい男が立派な服装をした商人と若い婦人とともに、前に出て礼を述べた。そして若い美しい婦人が手を差し伸べて助左衛門の手を握った。この段階では通事の三右衛門が、もう立て板に水を流すように明国語をしゃべりまくって大活躍していた。なにしろ美人に眼のない三右衛門なのでそれは仕方のないことではあったが。
 助左衛門は夢を見ていた。伝馬船で明船に乗り込むと船頭や乗客、乗組員に大歓迎されたこと、乗客の中に美しい婦人がいたこと、その明人の若い婦人は婚礼のために明国・広州から琉球にいる許婚の明人商人の所に行く途中だったこと、二隻は一緒に航海し、婦人はずーっと南海丸で過ごし、助左衛門と楽しい日々を過ごしたこと、七日間という日があっという間に過ぎ去り、助左衛門の大好きな守礼之邦・琉球国は那覇の港に着いたこと、港での南海丸への歓迎、婚礼の儀の大宴会、そのあと琉球国王に招待されて、王城の首里城内で謁見を賜り、居並ぶ百官の前で海賊討伐の行為に称賛と謝意が述べられ、王家の紋章の入った朱塗沈金の見事な大椀を賜ったこと、妻となった婦人との別れの辛さなどを思い出していた。そして、那覇の港を出る南海丸の出帆の合図の大きな銅鑼の音で眼を覚ました。七ヶ月ぶりに自分の屋敷で寝ているのだった。
                        (続く)



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