カテゴリ:独りごと日記
学校で仕事をするようになってから、
僕は 『「頑張れ」と言われてしまう子は、もう既に頑張っている子だ』と、 思うようになりました。 ある日、カウンセリングルームの外の庭で、 授業中なのに、ずっと座っている生徒がいました。 そこを通りすがりの先生に発見され、 「こんな所でサボってないで、頑張って教室に入りなさい」 と、言われ始めました。 生徒を諭す先生のその発言の中に、「頑張れ」という言葉は わずか数分の間で、10回以上は出ていたでしょうか。 でも、「頑張れ」と言われ続けていたその生徒は、 実は朝の5時から起床して自分のお弁当を作り、 明け方に酔っ払って帰って来る父親、姉の吐き散らかす汚物の掃除を1人でし、 家の家事をほぼ全てしている子だったのです。 そのことは本人から聞いていて、 僕だけが知っていたのですが。 傍からは授業をサボっているように見えてしまうので、 「頑張れ」と言われてしまったのでしょう。 本当はもうすでに、頑張っている子だったのに。 その時から僕は、 「『頑張れ』と言われてしまう子は、実はもうすでに頑張っている子なのではないか?」 と、考えるようになりました。 人は、自分の言動、行動に何の反応もしないような人を、 相手にしようとはしないものですよね。 例えばすぐに傷ついたり怒ったりする人を からかいやいじめの対象としたくなるのと同じように。 それと同様、 「頑張れ!」と言われて頑張ってしまう子に、 人は「頑張れ」と、声をかけてしまうのでしょう。 何を言っても応じない相手には、人は何も言わなくなるものです。 「頑張れ」と言われてしまうのは、 人の言うことに応じて、頑張ろうとする人です。 頑張る人だと認められている人です。 僕は、日本人って褒め方下手だな と、よく思います。 「頑張れ」は定番ですが、頑張っている人に「頑張れ」と言うのは、 相手が今頑張っていることを、認めていないような感じがしませんか? 僕は「頑張れ」より、 「よく頑張っているね」という言葉をよく使います。 以前、 毎朝学校に行こうとすると激しい頭痛と身体のしびれに見舞われる、 という子に会いました。 彼女はクラスではいじめられ、両親には忙しくて構ってもらえない子でした。 その子は 口を開けば自分の不幸話、愚痴ばかりだったので、 多くの人は、その子の延々と続く不幸話にうんざりしてました。 (聞いていたら確かに嫌な気持ちになりましたがね・・・) しかしそんな状況でも、 学校に来て過ごそうと頑張っていたのは事実だったので、 「よく頑張ってるね」と、会う度に言ってました。 そうすると、その子の言動に、ほんの少しずつですが、 嬉しかった話などが混じってくるようになりました。 そうして、 人に希望を与えるような詩を書いて持ってくるようになりました。 頑張っている面を見つけ、そこを認めてあげると、 頑張ろうとする力が強くなっていくようです。 自分が頑張っていることが無駄ではない、ちゃんと認めてもらえることだと分かると 頑張り甲斐も出るのでしょう、 頑張り方も、より前向きなものへと変わって行くんですね。 僕は、自分の不幸さや、いかに辛いかを訴えてくる人は、 実はそんな辛い状況の中でも頑張っている自分がいることを、 分かってもらいたいだけなのではないだろうかと、思うようになりました。 そして、 「この世に可哀相な人などいなくて、 (誰もが自分の課題を抱えながら) 頑張っている人がいるだけなんじゃないだろうか?」とも 思うようになったのです。 2007.March Click Please! 【にほんブログ村】 【人気ブログランキング】 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
February 11, 2018 03:45:32 PM
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