2007/09/04(火)12:17
「血頭の丹兵衛」(昭和43年3月掲載)
この話の前に書いた「寺尾の治兵衛」の中で出てきた血頭の丹兵衛の話だ。
その昔の丹兵衛は、
1.盗まれて難儀するものへは、手を出さぬこと
1.つとめをするとき、人を殺傷せぬこと
1.女を手ごめにせぬこと
この3か条を徹底して守っていた正統派の盗人だった。
この話では、小房の粂八が初登場する。DVD版でも同じだが、登場の仕方が違う。小説では、牢内ですでに捕まっており、平蔵としては密偵にしたくて、刑の執行を延ばしている状況設定になっている。
粂八が牢にいる間に、江戸市中では血頭の丹兵衛が畜生盗きをして、盗みに入った商家を皆殺しにする、非道の盗みを働いていた。
粂八はその昔、この丹兵衛の手下だった。だからこそ、粂八は今回のこの盗みは偽者の血頭の丹兵衛である、と断言する。
そんななか、麹町の万屋彦左衛門方が襲われ、次女一人が生き残った。このとき、丹兵衛が「島田宿で集まる」と手下に言ったのを聞いていたものだ。重傷ながらもこの娘は、「両親の仇を討ってください」と言う。
ここで粂八が平蔵に、初めて探りを入れたい、と申し出た。正式じゃないが、粂八の密偵仕事の第1歩だ。
他の仲間に見つかったら殺されるかもしれぬ状況だが、「わっしも小房の粂八だ。まさに見つけられることもござんすまい」と不敵に笑う。まだ言葉使いは盗人のままなのがいい。
そうして粂八はそっと牢を出て、駿河の国・島田宿(静岡県)に探索に向かう。
この探索の最中、丸屋という書籍商に盗人が入ったのだが、いつ獲られたのか分からないうちに金40両がなくなった。
粂八は「これこそ本物の血頭の丹兵衛の仕事だ」と確認するのだ。偽者に対する見せしめ、のような見事な盗み。
しかし、この思いはやがて裏切られる。
血頭の丹兵衛が島田宿にいる粂八を尋ねてきて、一連の盗みは自分だ、と告げる。年をとって三か条を守っていられねえ、が丹兵衛の言い分だ。
「畜生め、年をとってから汚れてしまったやつほど、始末におえねえものはねえ」
粂八の心の叫びだ。今の世の中でも、年をくってから悪事を働く連中も多い。いろいろと面倒くさくなるのだろうか? 政治家もその中に入るんだろうな。
捕り物も小説とDVDではちょっと違う。小説では、いったん粂八は盗人宿から出てくるのだが、DVDでは最初から平蔵が粂八の振りをして乗り込んでいく。
捕まった血頭の丹兵衛を何度も殴る粂八。
「本物は、あんな野郎じゃねえ」と泣きながら。
江戸への帰路は、DVDでは平蔵と一緒だ。小説では酒井同心になっている。ここの途中で立ち寄った茶屋で、粂八は蓑火の喜之助と出会う。
なんと、江戸での丸屋の盗みは、蓑火の喜之助が偽者だと思っていた血頭の丹兵衛のために自分がやった、と言う。喜之助も丹兵衛の仕業ではないと信じていたのだ。粂八は何も言わず、今では隠居生活の喜之助を見送る。
こうして、粂八は平蔵の心強い密偵の一人になるのだ。DVDでは、先に歩き出した平蔵を追っかけていく粂八の笑顔が印象に残っている。