三戸町:馬暦神社 波斯の馬を弔った神社
今回は三戸町にある小さな神社を紹介します。三戸は名馬の産地とされ、広大な牧がつくられたともされています。そんな三戸にあるこの神社も、馬に関係のあるエピソードを持っています。ホームセンターの脇にぽつりとある小さな神社ですが、由緒は面白い、そんな感じです。馬暦神社見えてきました、馬暦神社です。境内には鳥居一基、狛犬一対、御堂一つ、石碑二つです。木の根元に一つ目の石碑がありました。紅梅*の碑とあります。この石碑以外にももう一つ石碑が有って、これが本命です。ありました、唐馬の碑です。正面には新造馬頭観世音とあります。説明書きです。県指定史跡 唐馬の碑享保10年(1725年)、八代将軍徳川吉宗にオランダ人から珍しいアラブ馬(ペルシャ産)が献上されました。幕府は、馬を名馬の飼育で評価の高い盛岡藩に与えます。盛岡藩は、馬の飼育場所を三戸の住谷野牧とし、種馬として育てることにしましたが、改良が上手くいかないまま死んでしまいます。馬の亡がらは埋葬され、かたわらに墓の印として「三葉の松」が植えられました。ところが、その松の枝は不思議と西側にしか伸びないことから、人びとは馬が故郷のペルシャを慕っていると思いました。そこで寛保3年(1743年)、馬の飼育者であった石井玉葉が、追善のため馬頭観世尊として祀り、句をそえて碑を建立しました。この碑は後に「唐馬の碑」と呼ばれました。句唐花の みちのくに散る春砂哉子の花や 住谷に開く春の駒2019年 三戸町教育委員会正面からです。梁の部分には金の象嵌のような模様があります。斜めから。さっきの説明書きに出てきた三葉の松は、その名の通り葉が三つ束になっている松のことで、高野山のものが有名だそうです。格式高い寺や神社に植えられるもので、以前青森市新城の元城山法光寺を訪れた際に本物を見ることが出来ました。将軍様の御用で馬が預けられた所以か、ここにも三葉のあったのかもしれません。僕が行ったときには松の木らしきものは見えませんでした。悲しい馬の物語がここにあります。以上です。