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pastorsroom 東広島市


私は、東広島市にあるキリスト教会の牧師です。
よかったら教会のホームページもごらんください。
また、ユースセルのプログもごらんください。


また、たいへん申し訳ないのですが、
コメントにお答えできないことも多々あると思います。
どうぞお許し下さい。


2017.11.04
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​​​*** 要 約 ***

約束の道   イザヤ40:1-8

■心の荒野
 人はたとえ大金持ちで、大きなお家に住んでいて、たくさん物を持ってい たとしても、心はむなしくて寂しいという事があります。生きる元気も感 情も失い、「もぅいいや。どうにでもなれ。」とあきらめの言葉が口から でてきてしまいます。そんな心の状態を今日は、「心の荒野」と呼びたい と思います。

■忘れていったこと、新しい記憶
 イザヤ書40章の時代、イスラエルの人たちの心はまさに荒野に近い状態 でした。バビロンとの戦争に敗れ、400年以上続いた王政も終り、大勢 のイスラエル人は、捕虜として遠いバビロンの国に連れて来られたのでし た。彼らは、時間が経つにつれて、神様のこと、エルサレム神殿のこと、 故郷のことを忘れてゆきました。彼らはすべての事にあきらめてしまって いたのです。

■荒野の心に染みとおるような神さまの言葉を
 預言者のイザヤさんも同じ状態でした。ですから突然、神様がイザヤに語 りかけられても、「私は草のようなものですよ。」と答えています。
 神さまはイザヤに「エルサレムの人々の荒野のような心に、天からの雨が 染み透るように語りかけよ。」と、言われたのでした。

■良い知らせ…何が始まっているのか
 その内容は、「神様が整えられた道を通って来られるので、あなたがたは、 再び故郷に帰るようになる」という知らせでした。

■私たちのこと
 この個所は、マタイ3章3節に引用されています。
 人の心は、乾ききって荒野になることがありますが、神さまは「荒野に道 ができるように! 主が来られるから!それはもう始まっている!」と言 われ、そのようにイエスさまが来てくださったことを私たちは知っていま す。だから、どんな時にも、あきらめる必要はありません。
 私たちと共にいてくださるイエス様を信じて希望を持ち続けましょう。


***************************************************

  「約束の道」   イザヤ40:1-8

おはようございます。
今日は11月最初の主の日ですので子どもと大人がいっしょに礼拝いたします。
そして子どものお話の個所から短くメッセージをさせていただきます。

■心の荒野
人はたとえ大金持ちで、大きなお家に住んでいて、たくさん物を持っていたとしても、心はむなしくて寂しいという事があります。
そんな心の状態を今日は、「心の荒野」と呼びたいと思います。
荒野はどんな所でしょうか?
長い間雨が降らないと土地が乾いてゆきます。
すると草も木も生えなくなってゆきます。
そして、動物も生きて行く事が難しくなります。
そこは、命のあるものがいない世界となってゆきます。
土地が乾ききっていますから、風が吹くと土埃(つちぼこり)となります。

もし心がそんな荒野のような状態であったら辛いでしょうね。
生きる元気、楽しいとか悲しいとかいう感情も失ってしまうことでしょう。
そして、口から出てくる言葉は、「もぅいいや。どうにでもなれ。」というあきらめの言葉になってしまうでしょうね。

■忘れていったこと、新しい記憶
今日、読んでいただいたこのイザヤ書40章が書かれた時代、イスラエルの人たちの心はまさに荒野に近い状態でした。
イスラエルの人たちは、「もぅいいや。どうにでもなれ。」と思っていたのでした。
イエスさまが誕生されたよりもさらに600年ほど前のことです~バビロンという国がイスラエルと戦い、イスラエルを滅ぼしました。
そしてバビロンの国は、イスラエルの人々が最も大切にしていたエルサレムの町と神殿を破壊しました。
当時、イスラエルの心は神様から離れてはいましたが、それでも神さまはイスラエルをバビロンから守ってくださると信じていました。
でもバビロンとの戦争に敗れ、400年以上続いた王様の歴史も終り、大勢のイスラエル人は、捕虜として遠いバビロンの国に連れて来られたのでした。
そこで生まれ育って、生活し、作り上げてきた町から、むりやり遠い外国に連れて行かれるのは、イスラエルの人たちにとって辛かったことだろうと思います。
バビロンに連れてこられたイスラエルの人たちは自分たちの住む場所を決められました。
何もない所で生活を始め、そこに町を作ってゆくのです。
最初は、毎日毎日涙が出て、悲しい日々を送っていたでしょうね。
そのようにして、月日は経ってゆきました。
10年、20年、30年、40年と経ってゆくにつれて、イスラエルの人たちは、神様のことも、エルサレム神殿のことも、故郷のこともだんだん忘れてゆきました。

アブラハムに語りかけてくださった神様のこと、モーセに語りかけてエジプトを出て約束された土地に導いてくださった神様のこと、故郷の景色・・・「それが大切な思い出」と言う人もいましたし、「もう昔のことはどうでもよい。」と言う人もいました。若い人たちはバビロンの国で生まれたので、イスラエルの国のことは全く知りませんでした。

イスラエルの人々の心は荒野状態だったのです。
イスラエルの人たちは思いました…「自分たちの先祖を救った神様の歴史は終わってしまったのではないだろうか?」
「神様を信じていたことは過去の遺物ではないだろうか?」
バビロンの国では、お祭の時期になると、バビロンの神々の像とそれを担ぐ人々の華々しい行列がありました。
イスラエルの人たちはその華々しい偶像の行列を見ながら、「もういいや」とつぶやいたのだと思います。
神さまのことも、イスラエルの歴史も、エルサレム神殿も故郷の景色も遠い昔のことになり、バビロンの国に来て、その日その日の生活で一杯になっている。未来に期待することもない。
そんな状態の中で、イスラエルの人たちは、すべてにあきらめてしまったのです。
■荒野の心に染みとおるような神さまの言葉を
預言者のイザヤさんも同じでした。
あきらめてしまっていたのでした。
ですから突然、神様がイザヤに対して「呼ばわれ。」(6)と言われた時、イザヤは「何と呼ばわりましょう。私は草のようなものです。すぐに枯れて、死んでしまうものですよ。」(7)と答えたのでした。
イザヤもまた「どうにでもなれ」と思っていたのですね。

この時、神さまはイザヤに「エルサレムに優しく語りかけよ。」と命じられました。これは「エルサレムの人々の心に染み透るように語りかけよ。」という気持ちのこもった言葉です。
カラカラになったエルサレムの人たちの心。そこに神様の祝福の言葉が、まるで天から雨が降ってくるように注がれます。そして、人々の乾いた心に神さまの言葉が染み透るように語りかけなさいと、神さまはイザヤに言われたのでした。

■良い知らせ…何が始まっているのか
ではその神さまの言葉はどのような内容だったでしょうか?
それは良い知らせだったのです。
神様の言葉は、エルサレムの人たちに「何かをしなさい!」と命じる言葉ではありませんでした。
そうではなくて、もうすでに神様がすばらしいことを始めているということを伝える知らせだったのです。
「荒野が整えられる。山は低くなり、谷は埋められて平らな土地になる。そのようにしてできた道を、神様が祝福をもって通って来られる。」というのです。
「だから、すぐにあなたがたは、再び故郷に帰るようになる」という知らせです。
3節~5節の言葉は、天使たちが互いに呼びかける声です。
それは深い慰めの言葉、そして希望の言葉でした。
荒野が整えられ、道が整えられ、神様とイスラエルの人々はその道を凱旋してエルサレムへと帰る時が来たのです。

そのニュースを伝える人たちがいて、彼らは高いところに上ってイスラエルの町々に「見よ。君たちの神様が来られる」(9)と喜びを伝える、というのです。
今や歴史が大きく動き出している。
神さまの新しい時代が始まる。
そのように預言者イザヤはイスラエルの人々に向かって語り始めるのでした。

■私たちのこと
さて、イエスさまが公のご生涯を始められる直前のことです。
バプテスマのヨハネという人が荒野で叫び始めました。
マタイ福音書3章3節に、こう書かれています。
「この人は預言者イザヤによって、『荒野で叫ぶ者の声が刷る。主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ』と言われたその人である」(マタイ3:3)と言われています。

人の心は、乾ききって荒野になることがあります。
「もういい。どうなってもいい。」と諦めてしまうこともあります。
乾ききって、植物も動物も生きられない、赤茶けた土と埃で満ちているような心になってしまうこともあります。
そんな人の心に、神さまは「荒野に道ができるように! 主が来られるから!それはもう始まっている!」と言われるのです。
そしてイエスさまが来てくださったことを私たちは知っています。
だから、どんな時にも、あきらめることを止めましょう。
神様があきらめておられないからです。
父なる神さまはいつでも私たちのことを思って下さっています。
私たちと共にいてくださるイエス様を信じて希望を持ち続けましょう。
神様に感謝してお祈りいたします。

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  “The road of promise”                                 Isaiah 40:1-8
Good morning.
Today is the first day of November, so children and adults will worship together.
I will give a short message from Sunday school’s text.

■The wilderness heart
Even if a man is very rich, lives in a big house, and has a lot of things, he often feels empty and lonely.
I call it the wilderness heart.
What is the wilderness like?
If it doesn’t rain for a long time, the land dries.
Then, the grass and the trees don’t grow.
It is difficult for animals to live.
It is a world without life.
When wind blows, it becomes dusty.

If your heart is like such a wilderness, it will be hard.
You will lose spirit, the feeling of fun or sad.
You will give up and say “That’s enough. I don’t care anymore.”

■Forgetting, and new memories
When the book of Isaiah chapter 40 was written, Israel people’s hearts were like the wilderness.
Israel people thought, “That’s enough. I don’t care anymore.”
It was about six hundred years before Jesus was born --- the Babylonian Empire fought Israel and destroyed it.
And the Babylonian Empire destroyed the town and the Temple of Jerusalem, which is the most important to Israel people.
At that time, Israel people’s hearts were away from God, but they still believed that God would protect Israel from Babylon.
But after losing the war against Babylon, the Israel kingdom with more than four hundred years disappeared, and many Israel people were brought to the Babylon as prisoners.
It was very hard for Israel people to be taken away from their home to the far country.
The Israel people were ordered the place to live.
They had to start living where there was nothing, and they built their town there.
They might cry every day and spend sad days.
As years go by, Israel people gradually forgot about God, the Jerusalem Temple, and their hometown.

Some remembered the good old days, God who spoke to Abraham, who spoke to Moses and led them to the promised land out of the Egypt, and the scenery of their homeland. Some said, “I don’t care old days.” Young people were born in the Babylon Empire, so they had no idea about Israel.

Israel people’s hearts were like the wilderness.
They thought, “Did the history of God who saved our ancestors end?”
“Is it a relic of the past that believe in God?”
In Babylonian Empire, there was a big parade at the time of the festival, which consists of the statues of the Babylonian gods and the people who carry it.
I think that the Israel people murmured “That’s enough” by seeing the parade of the splendid idols.
God, the history of Israel, the Jerusalem Temple, and the scenery of the hometown are old story, they lived from hand to mouth. They had no hope for the future.
In such a situation, Israel people had given up on everything.


■God’s words soaked into the wilderness heart
The Prophet Isaiah felt the same.
He had given up.
So when God suddenly say to Isaiah, “Cry!” (6) He replied, “What shall I cry? I am like the grass, which withers and dies.” (7)
Isaiah also thought, “I don’t care anymore.”

At that time, God told Isaiah, “Speak tenderly to Jerusalem.” He want Isaiah to speak to the people of Jerusalem so that God’s word is soaked into their heart.
The hearts of the people of Jerusalem were dried up. Then the God’s blessing words were poured into it as if it rained from the heavens.

■Good news... What has begun?
What was God’s word?
It was good news.
God’s word was not the command for the people of Jerusalem to do something.
It announced that God had already begun the wonderful things.
“The way is prepared in the wilderness. Every valley shall be lifted up, and every mountain and hill be made low. God come along the way with his blessings.”
“So you will be back home again.”
The words in verse 3 to 5 are the voice which angels are calling one another.
They are the words of deep comfort and the words of hope.
The way is prepared in the wilderness. God and Israel people will back to Jerusalem along the way.

There are people who tell the news. They climb to a high place and say to the towns of Israel, “Behold, your God will come.”
Now, history is changing in a big way.
A new era of God begins.
The prophet Isaiah began to speak to Israel people like that.

■For us
It was just before he started his life in public.
A man named John the Baptist began crying in the wilderness.
In Matthew 3:3, it is written,
This is he who was spoken of by the prophet Isaiah when he said, “The voice of one crying in the wilderness: Prepare the way of the Lord, make his paths straight.” (Matthew 3:3)

A people’s heart often dries up and becomes wilderness.
We often give up and thought “That's enough. I don’t care anymore.”
Our heart often dries up, and is filled with red soil and dust where plants and animals cannot live.
In a such situation, God says, “let be a way in the wilderness! Because the Lord will come! It has already started!”
And we know that Jesus has come.
So let’s stop giving up anytime.
Because God is not giving up.
God the Father is always thinking of us.
Believe in Jesus who is with us and continue to have hope.
Thank God and pray.


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最終更新日  2017.11.04 20:16:44


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