156537 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【お気に入りブログ登録】 【ログイン】

a pastor on the way

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール


non2050

カレンダー

フリーページ

お気に入りブログ

ナオミウェルカム ナオミ1988さん
ユースセル~青年会… ユースセルさん
おはな… momomimikikiさん

コメント新着

noripi@ Re:クロスマップに無断掲載されているようです。(12/12) クトゥファンさん ありがとうございま…
クトゥファン@ クロスマップに無断掲載されているようです。 貴ブログはクロスマップに宣伝のために(?…
nori@ ありがとうございました。 ありがとうございました。 どのように対…
クトゥファン@ クロスマップ=クリスチャントゥデイ=統一協会 貴ブログはクロスマップに掲載されていま…
nori@ Re:はじめまして(*^▽^*)ノ(07/08) candy♪1026さん ご覧下さりありがとうご…

ニューストピックス

pastorsroom 東広島市


私は、東広島市にあるキリスト教会の牧師です。
よかったら教会のホームページもごらんください。
また、ユースセルのプログもごらんください。


また、たいへん申し訳ないのですが、
コメントにお答えできないことも多々あると思います。
どうぞお許し下さい。


2018.02.17
XML
​​イエス様は戸を叩いておられる 黙示3:14-22

おはようございます。
今日は午後、楽しみにしていた「教会研修会」が開かれます。
私たちの愛するイエス様は、私たちにどんな道を示してくださるのでしょうか?
そう思うとワクワクしてきます。
私たちが主のみ心を求めて話し合う時、イエス様はそこにみ心を表してくださると信じます。
教会に集い、教会を愛してくださっている皆さん、どうぞ参加してください。
私たちの教会は全員参加の野球チームを理想としています。
観客はいません。
全員がプレーヤーです。
監督はイエス様です。
そしてこの監督は、それぞれの力を伸ばしてくださいます。
そしてチームを導いてくださいます。
私たちにできることは、よく話し合って、監督の心を知ることです。
そして、力いっぱい喜んでプレーすることです。
ごいっしょに、感謝と信仰と夢のある話をいたしましょう。​​
今日は黙示録3章の箇所からごいっしょに考えて神様を礼拝したいと願っています。
三つのことを考えたいと願っています。
一つ目は、キリストに喜ばれるということ
二つ目は、自分自身を知るということ
三つ目は、キリストは戸を叩いておられるということです。
短くメッセージをさせていただきます。
■一つ目…キリストに喜ばれるということ
それでは最初のキリストに喜ばれることについて、考えてみましょう。
15-16節にイエス様の言葉でこのように言われています。
「わたしは、あなたの行ないを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。このように、あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口からあなたを吐き出そう。 」
冷たい、熱い、なまぬるい、というのは信仰について言われています。
時に、この意味について誤解されることがあります。
それは、「生ぬるい信仰であるなら、信じない方がましである」という考えです。
けれどもここでは、熱いという言葉と冷たいという言葉はセットになっています。
ですから、冷たい食べ物は冷たいまま食べたい。冷たい飲み物は冷たいまま飲みたい。
熱い食べ物は熱いまま食べたい。熱い飲み物は熱いまま飲みたい。
生ぬるいラーメンは吐き出してしまうでしょう!?
生ぬるいお茶は飲みたくないでしょう!?
そういう意味です。
つまりイエス様は、「ラオデキア教会は主の教会としてふさわしく生きてほしい」と言っておられるのです。
ラオデキアは交通の要所にありました。
金融の中心地でもありました。
経済的に豊かであったのです。
イエス様は18節で、「火で精練された金をわたしから買いなさい。また、あなたの裸の恥を現わさないために着る白い衣を買いなさい。また、目が見えるようになるため、目に塗る目薬を買いなさい。」と言われています。
イエス様が言われたように、その町はたくさんの金がありました。
また、毛織物でも有名でした。
町には有名な医学校がありました。
そして、目薬も売っていました。
他とは違って、キリスト教に対する迫害も強くはなかったのです。
その環境の中で、ラオデキヤ教会は生ぬるくなってしまっていたのです。
アイスクリームは、暑い環境の中で食べると美味しいですね。
熱いラーメンは、寒い時に食べると温まります。
イエス様の福音も同じです。
命が軽んじられる世界、真実が曲げられる世界、愛が消えてゆく世界の中にあって福音は真価を発揮します。
イエス様がどのように生きられたか、イエス様がどのように語っておられるか、を私たちもますます求めていきましょうね。
■二つ目…自分自身を知るということ
二つ目。自分自身を知るということについて考えましょう。
17節によると、ラオデキヤ教会の人たちは、「自分たちは富んでいる。豊かである。」と思っていました。つまり、自己満足していたのです。
自己満足。それは閉鎖的な状態です。
誰かに向かって働きかけることもなければ、変わろうとするチャレンジ精神もありません。
彼らは自己満足していましたが、イエス様はラオデキヤ教会を満たされた教会とは見ておられませんでした。
イエス様はラオデキヤ教会について、「実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。 」(17)と言っておられます。
ラオデキヤ教会は、本当はイエス様を必死に求めなければならない状態にあったのです。
でもそれが見えていなかったのです。
イエス様は、ヨハネ9:41で、こう言われています。
「もしあなたがたが盲目であったなら、あなたがたに罪はなかったでしょう。しかし、あなたがたは今、『私たちは目が見える。』と言っています。あなたがたの罪は残るのです。」
ラオデキヤ教会は、目に見えない世界の本当の自分の姿を知る必要がありました。
つまり、悔い改めの必要があったのです。
■三つ目…三つ目は、キリストは戸を叩いておられます。
生ぬるくて、自己満足に陥っているどうしようもないラオデキヤ教会でしたが、イエス様はその教会の外で戸をたたき続けておられます。
「中に入れてほしい」と言われているのです。
そこに救いがあります。
イエス様は、ラオデキヤ教会を見捨てることなく、呼びかけられます。
そして、
「だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。 」と言われるのです。
そこには、親しい交わりがあります。
イエス様と愛餐ができるのなら、ラオデキヤ教会は生まれ変わることができます。
■最後に
私たちはみんな、緑の牧場が大好きですね。
私も、緑の牧場が大好きです。
それは、みんなでイエス様に聴き、イエス様の愛を受け取り、共に歩んでいるからです。
そのことをこれからも大事にしてゆきたいと思います。
感謝してお祈りさせていただきます。
​​
Jesus is knocking at your door Revelation 3:14-22

Good morning.
We are having a workshop this afternoon. We have been looking forward to it.
What kind of way will our beloved Lord Jesus show to us?
When I think about it I get excited.
I believe that Jesus will show us His will while we are searching of his will and discussing it.
I hope that each of you who come and love the Church will participate in this workshop.​​
Our church envisions becoming like a compulsory baseball team.
There are no spectators.
All the members are players.
The coach is Jesus.
And the coach helps each of us develop our abilities.
He is also the team leader.
What we can do is discuss so that we can know what the coach wants.
And it is for us to play in a manner that pleases the coach as much as possible.
So let’s discuss with a grateful heart, with faith, and let’s dream together.
Today, I would like for us to think about today's text as we worship God.
I want us to think about three things.
The first point is “what pleases Christ.”
The second point is “know yourself”.
The third point is “Jesus is knocking at your door”.
This will be a short message.
■The first point is “what pleases Christ.”
First, let's think about what Jesus wants for us.
Jesus said in Revelations 3:15-16;
"I know your deeds, that you are neither cold nor hot. I wish you were either one or the other! So, because you are lukewarm-neither hot nor cold - I am about to spit your out of my mouth.”
It is talking about our faith when it says cold, hot, or lukewarm.
Sometimes this phrase is misunderstood.
It is like, “No faith is better than lukewarm faith.”
But hear the words “hot” and “cold” are set.
So this means, I want to eat cold foods cold.
I want to drink cold drinks cold.
I want to eat hot foods hot.
And I want to drink hot drinks hot.
Do you want to eat lukewarm ramen?
Or, do you want to drink lukewarm green tea?
We have to interpret the meaning like this.
In other words, Jesus said, “I want the Laodicean Church to properly live as the Lord's Church.”
Laodicean was at a crossroad of commerce.
It was a financial capital.
It was rich economically.
Jesus said in Revelation 3:18, “I counsel you to buy from me gold refined in the fire, so you can become rich; and white clothes to wear, so you can cover your shameful nakedness; and salve to put on your eyes, so you can see.”
 Jesus said, it had lots of money.
Also, it was famous for it’s woolen products.
There was a famous medical school in the city.
Eye salve was also sold.
Unlike other cities, there wasn’t much persecution of Christians in Laodicean.
In this kind of environment, the Laodicean Church became lukewarm.
Ice cream is delicious when you eat it when the weather is hot.
Hot ramens make us warm when we eat it when the weather is cold.
The Gospel of Jesus is the same.
In a world where life is in danger, where truth is destroyed, and where love disappears, the gospel will show its true value.
Let’s further seek to see how Jesus is speaking to us and how He lived.
■The second point ... “know yourself”.
The second point. Let's think about knowing ourselves.
According to Revelations 3:17, the Laodicean Church thought, “We am rich; we have acquired wealth and do not need anything.”
In other words, they were complacent.
Self-satisfied.
It is in an unsociable state.
They didn't want to work for others or be challenged.
They were satisfied with themselves, but Jesus was not satisfied. Jesus' assessment of them was not like that.
Jesus said, “You do not realize that you are wretched, pitiful, poor, blind and naked.”(17)
The Laodicean Church was in a state in which the desperately needed to seek after Jesus.
But there was no evidence of this.
Jesus said in John 9:41;
"If you were blind, you would not be guilty of sin; but now that you claim you can see, your guilt remains.”
The Laodicean Church needed to know its true stature in Christ’s eyes.
In other words they needed repentance.
■The third point ... “Jesus is knocking at your door”.
The Laodicean Church was in a hopeless state. It was lukewarm and was self-satisfied. But Jesus continued knocking on the door of the church.
Jesus wanted the church to let Him in.
We know that salvation is there.
Jesus didn't cast aside the Laodicean Church but called.
And Jesus said, “If anyone hears my voice and opens the door, I will come in and eat with that person, and they with me.”
There is a great fellowship.
If the Laodiceans had had agape love for Jesus, the Laodicean church would be able to be reborn.
■Finally
All of you love the Midorino Makiba Church.
I love the Midorino Makiba Church, too.
I think the reason is that we listen to Jesus, accept His love, and go together.
I want us to realize that this is important.
Let us pray.

 Translated by sakai






最終更新日  2018.02.17 22:54:23

Copyright (c) 1997-2018 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.