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p(^o^) 和の空間

2007年02月11日
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カテゴリ:歴史と教育
日の丸



新田均著『「現人神」「国家神道」という幻想 -近代日本を歪めた俗説を糺(ただ)す』(PHP研究所 2003年)》の第一部「現人神」という幻想」をまとめてみた。

 明治初期からいきなり天皇神格化がなされていたのではなくて、だんだんと過激(?)になってくる様子が伺える。




【修身・日本史小学校教科書の変化】


第〇段階
・明治26-27年の歴史教科書は、神話を省いて神武天皇から記述。
・明治32年頃から、神武天皇の前に「天照大神」「三種の神器」「天孫降臨」が加わる。

第一段階(明治36年~)  *教科書国定化が明治37年
・天皇「神孫」論。
・君臣「徳義」論。(天皇の徳と臣民の忠義)
   このときから「神武天皇が橿原宮で即位」と記述
   元寇を滅ぼしたのは「大風」

第二段階(大正10年~)
・「家族国家」論が加わる。(天皇は宗家で臣民は分家。天皇は父で臣民は子)
   昭和9年に「神風」と改められる。

第三段階(昭和14年~)
・「現人神」論が加わる。
・「八紘一宇」論が加わる。(昭和18年に初登場)
   「神の国」は昭和15年に歴史に、16年に修身に登場。
   昭和15年に北畠親房『神皇正統記』の「わが国は神国」を紹介
   昭和15年に冒頭に「天壌無窮の神勅」が掲げられる。




【日本社会の中で「現人神」がでてくる過程】


明治5年:「三条教則」(すなわち「敬神愛国ノ旨ヲ体スヘキ事」「天理人道ヲ明ニスヘキ事」「皇上ヲ奉戴シ朝旨ヲ遵守セシムヘキ事」)に基づき、神職・僧侶が「教導職」として大教院にて国民を教化。
明治8年頃:造化三神の礼拝拒否で真宗の離脱。(大教院分離運動)
数多くの「三条教則」解説書のうちで、「神孫だから現人神と称し奉る」とする例がいくつか見られる。

明治14年:大国主神の祭祀を求める出雲派と伊勢派との「祭神論争」により、明治15年に上級神主の布教・葬式禁止。

明治21年:国家の祝祭日における学校行事を導入。
明治22年:明治憲法の公布。(明治23年から施行)
明治23年:教育勅語の発布。
明治23年:内村鑑三不敬事件
明治25年:久米邦武糾弾事件
(以上二つの事件は学生・教員・神道家・国学者によるもので、国家弾圧ではない。)
明治26年:「陛下の御真影への最敬礼」「両陛下の万歳奉祝」「教育勅語の奉読」「校長の訓話」「式歌斉唱」という学校行事の基本形式が整う。

明治30年頃:「家族国家」論が巷に出てくる。

明治43年:社会主義者・無政府主義者が明治天皇の暗殺を企てたとされる「大逆事件」
明治45年:井上哲次郎『国民道徳概論』で「天壌無窮の神勅」論
明治45年:加藤玄智(浄土真宗の信仰をもち東京帝国大学で宗教学を教えていた)が『我が国体思想の本義』で現人神を創始。「代々の天皇陛下は、一方から申しますれば天神の神胤(しんいん)、即ち神の子と申すことが出来ますけれども、亦他方からは、陛下のことを明神(あきつかみ)とも亦現人神とも申し上げてをるのでありまして、神より一段低い神の子ではなくして、神それ自身であるといふことであります」(59-60頁)/「明らかにバイブルにおける神の位置を日本では天皇陛下が取り給ふて居つた」(同61頁)

大正2年:上杉慎吉(東京帝国大学教授で憲法学者)の天皇絶対論。彼の学説が陸軍の正統憲法学説の位置を占め、「天皇機関説事件」を理論的に準備した。「カミと云ふ者種々雑多なれど、所謂(いわゆ)る古神道を一の宗教なりとして、概念上神とすべきは唯一天皇、祖宗以来、一代には唯だ一人在ます、カミ御一人(ごいちにん)、絶対至尊の御方の外にはなしと申さねばならぬ。……神代の人は皆神、功績徳望ありし人は皆神では、皇道は成り立たぬ」(「皇道概説=古神道大義ヲ読ム」71-72頁『国家学会雑誌』第27巻第1号 大正2年1月)

大正2年3月:田中智学(在家の日蓮主義者)が「神武天皇の建国」(『国柱新聞』)の中で、神武天皇“橿原宮造営の詔”の中にある「掩八紘而為宇」という言葉を「八紘一宇」という四文字熟語に置き換える。

大正8年1月:「教育ノ効果ヲ完(まったか)ラシムヘキ一般施設ニ関スル建議」の中で「敬神崇祖ノ美風」が強調されたこともあって、神社参拝や神社奉仕といった神社とリンクされた学校行事が目立つようになった。

大正10年:『国体論史』が出される。これは内務省神社局が「我国体の淵源を明らかにし、国民をして国体に関する理解を徹底せしむる」ために刊行。江戸時代から大正10年までのさまざまな国体論の要旨をまとめた「参考資料」であり、当時はまだ国体論が一つに定まってはいなかった。編者の清原貞雄は「神話は其国民の理想、精神として最も尊重すべし。それは尊重すべきのみ、之を根拠として我国体の尊厳を説かんと欲するは危し」といって、科学的知識に抵触しない国体論にすべきと考えていた。

昭和3年:共産党員に対する全国一斉の摘発(三・一五事件)で、多くの学生が検挙され、国家の将来を担うべきエリート層に対する共産主義思想の浸透が政府指導者に大きな衝撃を与える。

昭和初期:田中義一が総力戦思想の国民への普及に奔走した。この思想の普及によって、軍人は政治・思想・教育の面に無関心ではいられなくなった。

昭和10年:天皇機関説事件

昭和12年3月:『国体の本義』において公文書の中に「現人神」が登場する。

昭和15年「基本国策要綱」において政府の公式文書として初めて「八紘一宇」が登場する。






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最終更新日  2007年02月11日 11時42分20秒
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