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真理探究と歴史探訪

2017年11月11日
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前回の日記の続きとなるが、「日の山」の麓の「月崎」という地名の海岸域には、今から約9,000年前より連綿と営まれてきた「月崎縄文遺跡」という、山口県内では珍しい縄文時代前期からの遺跡がある。

冒頭の画像は「日の山」の南側ピークより、まさしく「月崎」の地名にふさわしい三日月型の半島から東南方面の瀬戸内海を撮影したものだ。



上の画像は、冒頭画像の撮影地とは反対方向の月崎遺跡に立つ石碑から、なだらかな「日の山」を背景に映したものである。

注目したいのは(下の画像に映る現地の解説版にあるように)、この遺跡は約9000年前から約2300年前という長期にわたって、半島付根の海岸砂丘上という限定された地域に住み続けてきた集落跡というところだ。



この解説版の内容を信頼するならば、なぜ古代人たちは約7000年もの永きにわたって、この特定の場所での生活にこだわり離れようとはしなかったのだろうか・・・。

これに関して現在の私的見解は、おそらくは周辺地域の「天体観測を含む特別な祭祀場」だったからではないかと感じている。

前回の日記では「日の山」を、おうし座の一等星「アルデバラン(和名・赤星)」が地上投影された場所と比定したわけだが、以下に紹介する書籍には、古代より列島の各地域で天体の「アルデバラン」が地上に投影されたとみられる数例の祭祀場が記してあったので、参考かたがた以下に代表例を挙げておこう。

伊勢の斎宮(三重県明和町・現在の斎宮跡)
※斎宮とは、古代から南北朝時代にかけて、伊勢神宮に奉仕した斎王(さいおう)の御所のこと。
※斎王とは、天皇に代わって伊勢神宮の天照大神に仕えるために選ばれた、未婚の皇族女性のこと。

賀茂の神山(京都府・上賀茂神社の神体山)
※上賀茂神社でも皇女による斎王制度が行なわれていた。上記の伊勢神宮の斎王を「斎宮(さいぐう)」、賀茂神社の斎王を「斎院(さいいん)」とも称した。

大和の畝傍山(奈良県・大和三山の一山)
出雲の天狗山(島根県・熊野神社の神体山)
吉備の造山古墳(岡山県・全国第四位の巨大古墳)

◎書名「星空の卑弥呼(上)」榊 晶一郎 著・星雲社(2004年初版)
◎書名「星空の卑弥呼(上)」榊 晶一郎 著・星雲社(2004年初版)
☆書名「かいま見た闇の世界」榊 晶一郎 著・星雲社(2006年初版)
☆書名「マヤ・ナスカ・モアイ・聖徳太子」榊 晶一郎 著・星雲社(2016年初版)



上の画像は、近年になって新設された「学びの森くすのき」(宇部市船木)にある博物館に展示してあった、月崎遺跡にて出土した文化財の数々を撮影したものだ。

丁寧に加工された姫島産の黒曜石を原石とする数々の石器類もさることながら、やはり目を引くのは画像の向かって右上にある縄文土器の大きさであった。

画像では分かりづらいかもしれないが、その復元された土器の開口部分の両端の長さが60cm前後なので、おそらくこの縄文土器の開口部の直径は70cm以上になるのではないかと思われる。

これまで全国各地で様々な縄文土器を見てきたが、これほど大きなサイズの土器を見たことがなかったことから、驚嘆と感動の入り交じるなかで、その全体像をワクワクしながらイメージしたことを憶えている。

最後となる下の画像は、「日の山」の麓にして月崎遺跡の前に広がる遠浅の干上がった砂浜から、北方に見える優美な佇まいの「日の山」を映したものである。

今の私にはこの「日の山」が・・・日(太陽≒天照大神)に仕える巫女の山・・・つまり「日巫女(ヒミコ)の御山」に観えている。







最終更新日  2017年11月11日 00時07分26秒

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