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真理探究と歴史探訪

2016年10月23日
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前回の日記では、まるで現在の由布岳登山が危険であるかのように書いてしまったきらいもあるが、事前に登山解禁以降の登山者が記した数々のネット情報を入念に調べており、危機管理を自分なりに徹底して「覚悟」の上で登ってきたので、さしたる不安は感じずに東峰山頂へ辿り着くことができた。

そこで冒頭の画像は、由布岳東峰の山頂を示す標識と共に真東の方位を撮影したもので、その右側の山は「鶴見岳」である。その鶴見岳の前方には別府湾が広がっているのだが、当日は薄い雲に覆われていた。



上の画像は、東峰山頂より南方の九重連山から阿蘇山方面を撮影したもので、手前の町並みは由布院盆地である。その雄大で美しく拡がる眼前の景観に、何度も何度も魅せられるのであった。

当山頂には、今まで何度も由布岳に登った経験のある健脚のお年寄りが先客で二人いらして、昼食をいただきながら語らいを伺っていると、当日は雲が少し出てはいるが見晴らしは良いとのことであった。

その後の二人は、山頂部でも特別に見晴らしの良い岩場に立ち・・・さて「英彦山」は何処だろう・・・と探し始め、私の前で別の山を指差して・・・あれがそうだろう・・・と言うので、事前に英彦山を視認していた私は・・・あれが英彦山ですよ・・・と、初めて由布岳に登った私が大先輩に教える立場になったのは実に印象的だった。



この上の画像は、東峰山頂から西峰越しに「英彦山」が見える方面を写したもので、その英彦山は西峰のすぐ左側の遠方にあり、下の画像は英彦山を拡大したものである。

ちなみにこの “英彦山 “は、画像のように右から「北岳(標高1,192m)」・「中岳(標高1,188m)」・「南岳(標高1,199m)」の「三峰」からなり、山形県の “羽黒山” 、奈良県の “熊野大峰山” と並んで 「日本三大修験山」 のひとつに数えられている。



ところで、以下の記述は四方山話なのだが、今回の登山より帰宅し暫くしてから、この「由布岳」を通る軸線をネット検索で調べていた時に、たまたま「立花山(たちばなやま/標高367m)」(福岡県新宮町)と「英彦山」、そして「由布岳」をかすめて「佐伯湾」(大分県佐伯市)に至る、古代より大切にされてきたであろう山岳修験に纏わる軸線が見い出せたのだった。

それはさておき、一昨日の10月21日14時7分頃に、鳥取県中部を震源として発生したM6.6の地震・・・。この件に関して知人と語らいつつ日本地図を眺めていると、今年の4月に起きた「熊本地震」の震源地と今回の「鳥取県中部地震」の震源地を軸線で結んでみたくなったので定規を当ててみると、なんと!その軸線上に「由布岳」が通ることが分かったのが昨日22日の午前9時頃であった。

そして話が前後になるが、昨日22日の午前3時33分に大分県佐伯市を震源地とするM4.4の地震が発生し、たまたまその時に起きていてパソコンに向かっていた私はすぐに震源地を確認し、心中に激震が走ったことを憶えている。

というのも、上記の[立花山⇔英彦山⇔由布岳⇔佐伯湾]を結ぶ軸線を確認した直後の10月21日の午前中に、ネット情報として入手することになった内容を要約すると・・・太古より山岳修験を司ってきた「佐伯氏」の本貫は大分県佐伯市であり、「橘(たちばな)氏」につながる第一代「神武天皇」より、皇統を背後から支えてきた「金」の価値を知る冶金技術に優れた民こそ「佐伯氏」であった・・・となり、それはそのまま上の「由布岳」の絡む軸線が物語っていると直感したからである。







最終更新日  2016年10月23日 09時28分46秒

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