2012/07/03(火)09:46
もしもあなたに……。
「もしもあなたに、これから3か月好きに使っていい時間が与えられたら、何に使いますか?」 --へええ、3か月も?
折しも電車の座席に腰をおろしていたわたしは、膝の上に詰め将棋の本を開いたまま、うとうとしていた。いくら考えても詰めず、あせっているうちにまぶたが落ちてしまったらしい。耳に「もしもあなたに……」という、くだんのささやきが飛びこんできたのは、そんなときだ。
わたしの隣りに坐っている若い女(ひと)に向かって、目の前で吊り革につかまり立っている友人らしい女(ひと)がかけた問いだった。
「もしもあなたに、これから3か月好きに使っていい時間が与えられたら、何に使いますか?」
わたしは寝ぼけ眼(まなこ)ながら、みずからに問われたかのように、聞いているのである。
3か月という自由な時間は、誰にとっても夢のような贈りものだという気がした。咄嗟に考えただけでも、わたしにも少なくとも9人はそれを贈りたい友人が、ある。そして、こっそり自分の分も確保したい。
と、舞い上がりかけたけれど、数秒ののち、われに返る。
ふわっと浮き上がったお尻がゆっくり座席に沈んでおさまった。最近の電車の座席には、臀部のおさまりのいいように凹みをつけて(バケットシートというらしい)設計されたものがある。凹みの数が定員数を示してもいて、「ここには全部で7つのお尻がおさまりますよ」という警告にもなっている。
お尻を浮かせた数秒のあいだにわたしが頭に描いたのは、昼寝、読書、散歩、山歩き、そしてまた昼寝(どれだけ昼寝が好きなのだか)だった。
が、それをのべつまくなししているところを想像するなり、答えが出た。
--いらないや。
いらないや、とは、せっかく手に入りかけた(?)3か月を返上することを意味する。昼寝、読書、散歩、山歩き、そしてまた昼寝は、どれも、いつもの暮らしのなかに割りこませることができるか否かという抜き差しならなさのなかにあって、初めて輝くものだからだ。そればかりしていたのでは、意味も、値打ちも、輝きも半減してしまうだろう。
そしてもしも、うっかり3か月を受けとってしまったなら、わたしは、いつも通りに暮らしたい。
「好きに使っていい時間」と云うけれど、それはいつも(いまも)与えられていて、わたしは好きなようにやっていると思えるもの。
--なんだ、わたしがもらいつづけている贈りもののはなしじゃないの。
と、呆気ない夢ものがたりの結末にしみじみしていると、お隣りの問いは進んでいる様子。
「過去にもどれるとしたら、いつにもどりますか? もどったそこで何をしたいですか?」
という問いが、あらたに聞こえてきた。
ふたたび、みずからに問われたかのように、聞く。
そして、こころのうちで叫ぶ。座席からはお尻が浮き上がっている。
--小学3年生! そこで、将棋をおぼえたい!
ふたつの問いに、翻弄された電車から降りた家までの道の途中、
スーパーマーケットで、きれいな鰯(いわし)と目が合いました。
一度、通り過ぎたのですが、また、もどりました。
こういう魅力的な出合いをなかったことにするのなんかは、
時間を与えられている意味をわかっているとはとてもいえないと
思いなおして……。
〈鰯の煮つけ〉
材料
鰯(1尾50gとして)………………………………………5~6尾
塩………………………………………………………………少し
酢………………………………………………………………50cc
しょうが(半分は薄切り、半分はせん切りに)………1片
合わせ調味料
砂糖………………………………………………………大さじ1
しょうゆ、酒、水……………………………………各大さじ2
梅干し…………………………………………………………1個
(1)鰯の頭を切り落とし、わたをとってよく洗う。
(2)鍋に、鰯がかぶるほどの水(分量外)と酢を入れて火にかけ、
煮立ったら鰯を入れて、1~2分煮る。煮汁は捨てる。
(3)鍋に、合わせ調味料と薄切りにしたしょうがと梅干しを入れて煮立て、
鰯を入れて煮る(中火)。煮汁がなくなる寸前まで煮る。
(4)器に盛りつけ、せん切りのしょうがをのせる。
※ほかの青い魚の煮つけも、この方法で煮ると、さっぱりと仕上がります。
〈お知らせ〉
『毎日の手紙のようなお弁当』(PHP研究所/1400円)を刊行しました。
弁当をつくってきた16年間のまとめみたいな本になりました。
どこかでご覧いただけましたら……。 ふ