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カテゴリ:うふふ日記
その日が近いと思った日から、それが伝わっていたのだと思う。
突き放す準備を、わたしは何とはなしにはじめていたのかもしれない。「突き放す」には、こころの準備や練習が必要だった。 チョロ(愛称)が、家に帰る日が迫っていた。 チョロをMさんから預かることになったのは、近所の火事が原因だった。火元のことも、近所の不安もすっかりおさまっているから、もうここへも書ける。類焼したMさんの家は、消防の放水で水浸しになったが、静かに家族で仮住まいのアパートへと越して行った。わたしのうちは結果的に被害がなかった。とはいえ火元に近かったから、火の力、火の動きを目の当たりにした。火事の恐ろしさが身に沁みた。しかし、火元への恨みごとを口にせず、終始冷静だったMさん家族の佇まいがこの胸に残したものが、いちばん大きかった。このひとたちのためにも、チョロを大事に守りたいと思った。5月はじめ、黄金週間(ゴールデンウィーク)ただ中のことだった。 「チョロ、どんなときも食べ過ぎちゃだめだよ。腎臓が頑丈というわけじゃないからね。水も、ちゃんと飲んでね。聞いてる? 水も……」 気がつくと云い聞かせる口調になっていて、それでじゅうぶん、別れの迫っていることは勘づかれてしまっただろう。こんなことなら、ことばの通じないお互いのままでいたほうが、楽だった。 そうだ、いまやチョロとわたしは、ことばを交わすお互いになっている。朝、弁当をこしらえるわたしのもとにやってきたチョロは、「きょうは、いつもより手間取ってるんだー。朝の連ドラ(NHK朝の連続テレビ小説)を一緒に観よう。それまでに帰ってきてね」と云われれば、「了解!」と見事な尻尾を振って、もうひと遊び庭に出てゆく。 午前4時から5時のあいだ外に出してやり、8時にもどるというのも、自然にできた決まりだった。その後はもうどう乞われても外には出さないことも、チョロとのあいだで約束していた。 夏の暑い時期、午前8時を過ぎてももどらないチョロに、「心配したよ。どうして、もどらなかったの?」と訊いたときには、あわてていた。散歩の途中でクルマの下にもぐりこんだら涼しくて、そのまま眠ったのだとすまなそうに云った。 何か伝えたいとき、こちらのはなしを聞くとき、チョロは首を傾(かたむ)け、じっとわたしの目を見る。 初めてうちにやってきた5か月前のチョロ(放水された家のなかでじっとうずくまってひと晩を過ごし、からだから焦げ臭い匂いがしていた)は、誰が近づいてもフーッと威嚇(いかく)したのだったなあ。うちのモノたちはチョロなんかはいないことにして、あたりまえに過ごすことにした。すると、2日めの午後には、チョロのほうでもあたりまえの様子になっていた。威嚇の甲斐がないと思ったのかもしれない。 10月はじめ、すっかりきれいになった家にMさん家族が帰ってきた。 「引っ越しの荷物が落ちつくまで……」と考えようとしたが、家族の待つ帰るべき家に明りが灯っているのに、チョロをここに置くのはどうだろう。荷物が納まった日の翌日、思いきって(ほんとうに思いきって)キャリーバッグに入れ……。入れようとしても、頑として入らない。 「チョロ、とうとうおうちに帰るんだよ。お別れと云っても、近所なのだし。朝の散歩のときには、庭においで。そうすれば毎日だって会えるからね。ねえチョロ、5か月間、ほんとにありがとうね。ありがとうね」 帰ってしまった翌朝、チョロはやってきて「家に入れて」と云い、誰も行かないでいたら、網戸によじ登って「おーい、おーい」と呼んだ。 数日が過ぎたいまは、チョロは朝、庭にやってきても、のんきにしている。 それでいいのよ、それで。わたしのほうでは、全身を覆うこのせつなさも、チョロを無事に返せたことも、この夏の褒美だと考えている。 居間の窓近くに置いた椅子の下に、 この夏、籠を入れました。 缶、瓶、ペットボトルなど資源ゴミの一時置き場です。 ほんとうの置き場は庭にありますが、 そこへ運んでゆくとき、網戸をあけるたび、 チョロが外に出たくなってしまうので、 一時置き場を思いついたのでした。 なかなかいい具合。 チョロのおかげで思いついた工夫です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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